第三章「諦めきれない想い」1
放課後、残りの雑務は帰宅してから済ませようと荷物をまとめていたところで凛音が職員室まで顔を出してきた。
「お母さん、今帰るところ?」
凛音がいつもの人当たりのいい雰囲気で聞いてきた。凛音はあまり自分を作るタイプではない、自然体なまま誰にでも接している。その分、口調が丁寧に寄っていて真面目に見えるが、特に本人はそのことを気にしていないようだった。
どうやら一年生の凛音は今日日直当番で遅くまで残り、今になって教室の鍵を返しにきたようだ。同じ日直の子と早速仲良くなったようで話が盛り上がっため遅くなったのだと事情をわざわざ私に伝えてくれた。
陽が落ちてくるのがまだ早い四月上旬ということもあり、今日は凛音の要望通り、一緒に車で帰路へと向かう事とした。
「やっぱりお母さんの車で送迎してもらうのが楽だなぁ」
車を発進させる私に遠慮することなく、助手席に座るとシートベルトを着用し、悠々と寛ぎながら凛音は言った。
「運転してる私は楽じゃないわよ」
凛音といると気持ちが楽になっていく私は軽口を交わしながら帰り道を走行し、駐車スペースまで辿り着いた。車の運転には慣れていることもあり、道に迷うこともなかった。
「ねぇ! お母さんっ!」
「どうしたの?」
先の車から降りた凛音が大きな声を上げるのを聞き驚いた私は後を追って車から下車した。
凛音のすぐ隣には制服姿の片桐茜が真剣な表情でそこに立っていた。
「後部座席に忍び込んでたみたい、この子、お母さんのクラスの生徒さん?」
学年は校章のカラーの違いで一目でわかるが、私は茜の姿を目の前にし、言葉を失った。彼女がここまでしつこく追いかけてきて、執念を見せてくるとは想像だにしておらず、想定外の事態だった。
「先生ごめんなさい……あたし、諦めきれなくて。
あたし達は、この街をあの魔物たちから守りたいんです!
遊び半分なんかじゃない、本気で知りたいんです、命を懸けて向き合っているんです」
周りのことなど気にすることなく、私の前に立ち塞がって声を張り上げる茜。
どうして出会ったばかりの私にここまで訴えかけてくるのか。何もそこまでしなくてもと思うのは、思春期特有の真っ直ぐな感情を私が見誤ったからだろうか。
「お母さん? どうしたの? この子、お母さんの生徒さんなんでしょ?」
「あぁ、凛音は気にしなくていいのよ」
頭を抱えたくなるほどに胸の鼓動が早くなる。
しかし、凛音の顔を上手に見れなかった。
凛音を不安にさせるようなことだけはしたくないのだ。
「帰ってちょうだい、あなたとは何も話したくないわ」
考えた末、私は無感情に茜を突っぱねた。ここまで来てしまった以上、避けようのない言葉のぶつかり合いだった。
必死な表情を浮かべていた茜だったが、迷惑を掛けていることを自覚し始めたのか、身体から力を抜いた。
「すみませんでした、家の前まで押しかけて。
話しを聞いてくださるなら、どうか、明日の放課後、社会調査研究部の部室へ来てください」
反省を示すように頭を下げる茜、体育会系だとは聞いていたが、礼儀正しいのは間違いないのだろう。
私は凛音の手を握ると、茜の言葉に返答することなく踵を返して家の中に入った。
罪悪感を覚えるほどのあまりにも力強い瞳が頭にこびりついて離れない。それでも、私は彼女の期待に応えるわけにはいかなかった。
「お母さん、無視してよかったの?」
「まだ、あの子は子どもなのよ。命を懸けて戦う理由なんてないでしょう?
親御さんだって大切にあの子を育て上げたはずよ。
こんな誰にも感謝されることのない戦いに巻き込まれて将来を蔑ろにするべきではないわ。
命を懸けて戦うっていうのは、そうするしかない人がすることよ」
私が淡々と凛音に言い聞かせるように告げると、凛音は寂しそうに俯いて、反論はおろか、返事をすることもなかった。




