Tips6「最後の祝祭」5
麻里江は眠っていた千尋を起こし、心配する家族の下へと戻っていた。
両親や祖父母に加え、兄弟も含めると望月家は大家族で、集まれるだけ集まるだけで壮観な光景だった。
避難場所は揃って凛翔学園付属であり、姉妹神楽を担当する麻里江と千尋は家族の中でも重要な存在である。
「うにゅ……千尋姉まで最近は帰りが遅くなって、不良姉妹なのじゃ!」
末っ子である実椿が二人の側にやってくる。その手には寂しさからか猫のぬいぐるみが握られていた。
「ごめんよ、私も結局、姉さんと一緒に頑張って街の平和を守らないといけないから」
千尋は歳の離れた実椿を一人置き去りにしてしまったような心境になり、優しく慰めた。ゴーストとの戦いが始まってからは麻里江とほとんど行動を共にしていた千尋は申し訳ない気持ちになった。
「神社の猫にも会えないなんて、面白くないのじゃ……」
「今は我慢だね、避難しないと危ないから」
正論を言うと視線をそらし、不満げに頬を膨らませる実椿、同じく神社で暮らす猫たちが心配な千尋は実椿の気持ちが誰よりも良く分かった。
「猫たちは心配だからね、大人の人に保護してもらいましょ」
「その方がいいのじゃ。置き去りにされたら可哀想なのじゃ」
膨れたままの実椿の相手を続ける千尋、そんな中、千尋は遠い校舎の入口辺りに見知った人影を見つけた。
「静枝ちゃん……」
今日一日ずっと見ていなかったクラスメイトで同じ魔法使いである浮気静枝の姿。心配をしていただけに千尋は迷うことなく校舎へと向かって小走りした。
「こっちに来てたんだ……今日も家に帰ったままこっちに来ないと思ってた」
ゆったりとしたサイズ感をした白のニットにジーンズ姿の静枝は巫女装束で小走りしてきた千尋の声に気付き、表情を変えることなく千尋を見た。
「うん……何だかいい匂いがしたから。千尋は変わらず元気そうね」
冗談かは分からないが静枝はそう言葉を返した。
「ゴーストは街にまだ出現してなかった?」
自分たちの天敵であるゴーストの話しであれば静枝も真面目に答えてくれる。千尋はそう考えて静枝に話した。
「ゴーストは見てないけど、街の方はそれどころじゃない雰囲気かな。
いつ余震があるか分からないから、今は避難所にいる方が安全だよ」
淡々と答える静枝。抑揚のない話し方だが、誰に対しても静枝はこのようなコミュニケーションの取り方をしているので、しっかり会話をしてくれているだけで千尋は静枝のことを安心することが出来た。
「そっか……街にまでゴーストが出現したら大変だもんね、よかった……」
「千尋こそ、大丈夫なの? ちゃんと霊体と適合できてる? 不安定になっていないの?」
まだ魔法使いに覚醒したばかりの千尋を気遣い、静枝は言った。
「うん、千尋は大丈夫だよ。姉さんのおかげもあるけど、力になれるだけで今は充実してるから」
迷うことなく答える千尋。可憐がゴーストとの戦いで帰らぬ人になったにもかかわらず、千尋の戦う意思は固いと静枝は感じた。
「周りの期待もあると思うけど、無理しない方がいいよ」
「うん、心配してくれてありがとう、静枝ちゃん」
会話を交わす二人、静枝の視線の先には千尋のことを大切にしている望月家の人々の姿が映っていた。
既に心を許せるような家族のいない静枝。そんな静枝にとって千尋は眩しくもあり、羨ましくもあり、遠い未知の存在だった。




