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14少女漂流記  作者: shiori


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第二章「導かれる者たち」5

 一限目が始まると職員室はすっかり静かになった。

 私はこの時間が空いていることもあって、少し心を落ち着かせて考え事をしたい気持ちになった。


 とりあえず職員室の中にいると気が滅入りそうなので、学内をうろうろして歩いた。

 そうして歩いていると気付けば口が寂しくなって喫煙場所を探している自分がいた。

 そんな時、始業式があった昨日には見かけなかった若い男性教諭と正面から見合わせる形となった。


「これはこれは稗田先生……今朝は職員室に女生徒三人が押しかけて、さっそく慌ただしくしていたようですね。特徴のある三人組ですから、私も覚えていましたが」


「えっと……先生は……守代(もりしろ)先生……ですね? 先生もこの時間は担当する授業がない様子で」


 昨日見かけなかったこともあり、頭の中から名前を引き出すのに時間がかかったが、なんとか私は話しを合わせて返答した。


 話し方や風貌を見るにしっかりした大人のようだが、どこか内に秘めた闇を感じさせる。

 守代先生はパーマを掛けているのかゆるいウェーブが掛かった無造作な髪型をしており、短すぎず、長すぎず、日頃手入れを欠かせないのか、無頓着でいるか分かりづらい自然な姿をしていた。


 身長は女性の中では高い方である私よりさらに高く、185センチはあるようで、不健康にも見える猫背をしてスラッとした体格をしているが、目は鋭くそこから強い生気を肌で感じた。


 年齢も高校教師の中では若く、肌艶などが良いところを見ると恐らく二十代か三十代も前半だろう。

 しかし、高い身長によるものだけではない、やけに大人びていて威圧感がある、身体から伝わって来るオーラのようなものだろうか。

 身に纏った強い濃度の気配は、ネットリとこちらの心の中まで覗いて来るかのようだった。


 白衣の下に黒いシャツを着ていて、両手をポケットのある紺色のズボンに入れた姿勢ながら、きっちりとしたネクタイを首に締めている。


「そうでしたか、赴任早々、時間が空くと落ち着かなくなるものです。

 守代蓮(もりしろれん)です、理科教師をしています、こう見えて美術部の顧問ではあるんですけどね。でも、こっちは道楽のようなものでして、部員の数も指導する機会のないほど少ないですから、自由にやらせてもらっています。

 あぁ……気になったのですが、先生はコンタクトですか?」


 何が気になるのか、こちらの様子を探るような目で見る守代先生。手を顔にやり、表情を隠し瞳だけを真っ直ぐ向けてくる仕草は、なかなかに男前で顔がいいだけあって妖艶なものだった。


「コンタクトのようなものです、父がイギリス人でして、欧米人の血が半分混ざっているんですよ」


 少し引っ掛かる言い回しで私は守代先生に説明した。

 本格的な実用化手前の先端技術である生体ネットワークと接続された魔法使いの宝石のような瞳、緑色に輝くそれはエクソシストをしていた欧米人だった父の血が流れているからという単純なものではない。


「そうでしたか、私はコンタクトと眼鏡を使い分けていまして、今はコンタクトです。すみません、あまりに美しい瞳をしていたので、つい」


 ナンパのような話し方に私は警戒心を思わず表にしてしまいそうになった。


「いいえ、気にしていませんので。先生は……推測ですが苦労をしていそうですね」


 高身長で色気のある若い男性、自然と制服姿の女子生徒を惹きつけてしまうであろうことが想像に苦しくなかった。


「若いうちは苦労しろと言われるのが慣習というものです。

 ここだけの話ですが婚約者がいるんですがね、相手は遠方で暮らしているので人には迂闊に話さないようにしています。これを卑怯と笑うのは勝手ですが、私にも事情があるのですよ、簡単には言い表せない深い事情がね。

 実のところ、どちらかと言うと同性から向けられる嫉妬の目の方が、見ていて嫌になりますよ」


「確かに、先生は同性相手に愛想よく振舞ったりしなさそうですね」


 単純に女好きで男嫌いなのかもしれないと私は不謹慎にも思いながら言った。


「そう見えますか、いやはや、友達付き合いは不器用でなかなか上手くいかないもので」


 容姿が優れている男性ほど女性と関わる機会が自然と多くなり女性慣れしていて、相手をするのにも余裕を持っている。この守代先生にはそんな空気が感じられた。


 気付けば廊下で立ち話をしてしまっている。意外とこの先生は話し好きなのかもしれない。


「それはそうと、稗田先生は喫煙場所を探していましたか?」

「よく分かりましたね」

「私は匂いには敏感でね、先生が愛煙家であることはすぐに分かりましたよ」


 ニヒルな笑みを浮かべながら、さらに先生は言葉を続けた。


「それに胸ポケットが膨らんでいらっしゃる。タバコとライターでしょう? こうして教壇に立つ立場になりながら我慢できないと見える」

「あぁ……そうです、癖なんですよ、ここに入れておくのが。タバコを吸い始めたのはずっと昔からですが」


 守代先生はシャーロックホームズの真似でもしたいのか、探偵のような紐解き方で私がヘビースモーカーなのを言い当てた。


 吸いたいときに限ってどこに置いているのかが分からなくなる。

 そんなストレスを何度となく経験してきた私は、探さなくて済むよう胸ポケットに入れておくのが癖になっているのだった。


「私は内ポケットに入れておく派なんですけどね。

 セッターですか、それは月城(つきしろ)先生と同じ銘柄ですね」


 私が愛用している煙草の銘柄を言い当てて見せる守代先生。透視していると疑いたくなるくらいの違和感を私は覚えた。もしかしたらブラの色までこの男には見えているのでは怖くなる。


「月城先生? あぁ……保険医の月城先生ですか。あの方もタバコをお吸いになるのですね」

「医療関係者というのには喫煙者が意外に多いですから。私も肩身の狭い者同士、よくご一緒していましたので」


 喫煙者同士、意気投合して仲良くなっているということだろう。守代先生は言いたいことを言えたからか満足そうな怪しい笑みを浮かべ「それでは私は美術準備室に戻りますので、ご武運を」と言い残し去っていった。

 何がご武運なのかと考えてみたが、恐らく喫煙場所の事だろうと思い至った。

 ヒントは与えたから後は自分で解決して見せろということなのかもしれない、私は彼がくれたヒントに従い保健室へと向かった。

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