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14少女漂流記  作者: shiori


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第二章「導かれる者たち」3

「今日から車なんだ、乗せてもらってもいい?」


 私が車のキーを手に持ち玄関で靴を履こうとしていると凛音に背後から話しかけられた。学園まで乗せて欲しいと甘えてくる凛音。

 振り向き凛音の姿を確認すると既に着替えを済ませ、プリーツスカートを履いた制服姿でそこに立っていた。


「もう……今日だけよ?」


 頑張り屋で世話焼きで、思いやりのある可愛い娘の姿を見た後では、拒否する理由を考えるのも鬱陶しかった。


「分かってるって」


 いつものように遠慮なく凛音はそう言って、私の後ろに付いてくる、

 私が靴を履いて立ち上がり、玄関を開けているところで凛音は上機嫌な様子で後を追って靴を履いた。


 昨日、モノレールを使って学園まで通勤した経験もあり、車で行くのに比べてモノレールを使えば時間がかかってしまうことは分かっている。


 今からモノレールで通学するとすればその分だけ到着するのは遅くなる、満員電車の車内を娘に味わわせるくらいなら自分の自家用車で学園まで送迎してあげるのが親心というものだろう。


 凛音が進んでやり始めたことだが、気付けば家族として生活する上での家事全般は凛音が率先して担当するようになった。

 今日の朝食にしたってそうだ、私の方は朝はコーヒーさえ飲めればいいと思ってしまう性格だから、そういう私を見かねて凛音が用意してくれている。

 そういったことは稗田家本家から出て三人で暮らすようになって日常となっていたので、少しは凛音のことを思いやってあげるのが適当だろう。


 白のセダン、アクアに乗り込みエンジンを掛け、シートベルトを着ける。

 ここ数日は雨が降っていないので、車が濡れている様子もなく、空は快晴だった。


「すっかり、この街に移り住んで新生活になったのを実感するわね」


 ガレージから出て、住宅街の細い道路をハンドルを握り走行する。

 職場と自宅を行き来するだけとはいえ、まだ見慣れない街を運転するのは新鮮そのものだった。


「お母さんはお父さんと離れてさみしくないの?」


 テレパシーでも意思疎通できる距離で凛音は口を開いた、見ているだけで見惚れてしまいそうな綺麗な唇だった。横目で見る助手席に座る凛音の表情は少し俯き加減で寂しげに私には見えた。


「あぁ、凛音は寂しい?」

「お母さんの気持ちが知りたいのっ!」


 制服姿なのもあって、昔の自分を見ているような感覚になっているのに気付く。

 だけど、凛音の頭の中で流れる感情は、私にはない凛音だけのものだった。

 感情的になる凛音の言葉を聞き、私は赤信号で停止している間、返答を真面目に考えた。

 広い交差点には通勤や通学へと向かう、人それぞれ違った容姿をした人々が行き交っていた。

 人の数だけ人生がある、複雑に入り組んだ社会の中では、人は人の気持ちが一層見えづらくなっているのかもしれない。



「そうね……結婚してから色々あったから、距離を取った方がいいこともあるのよ」



 夫と過ごしてきた日々は私の記憶の中にある箱の大部分を占めている。


 全てを理解しているとは言わないが、一緒にいればお互いが我慢していることに気付くこともある。だが、それを口にしない理性が必要な事だってあるのだ。


 だから、時々距離を取ることもあれば、無心でセックスに没頭することもある。そうして、嫌な心の淀みを残さず水に流して明日に繋げる、それもまた長く夫婦生活を続けるための秘訣だと思っている。 


「ふーん、不倫したくなったりしないの? 距離が離れたら危ないって思ってしまうのが自然なのかなって凛音は考えちゃうけど」

「どうかしらね……でも、離れた期間が長い分だけ、次に会った時にはうんと甘えたい気持ちになるのよ」

「そんなラブラブな二人、見たことないけど……」


 凛音にとっては想像するにはちょっと刺激的な内容だったのだろう、頬をピンク色に染め、身体が敏感に反応しているようだった。


「子どもには見せないだけよ、大人っていうのは」


 目が泳いでいる凛音に私は大人ぶるような調子で言った。

 

「ふーん、確かに見たくないかも、絵面的に」


 失礼なことをいう思春期真っ最中の愛娘、凛音がどんな男性を好きになるかを測りかねている私には、凛音が何を望んでいるかは不明なままであった。


「生意気な子ね……」

「お母さんの子どもだからね」


 会話が一段落着くころには凛翔学園の姿が車内から見え始めた。

 一部が埋め立て地の上に建設された学園都市、舞原市の多くの生徒がこの一帯の地域で勉学に励む。学生向けのアパートやマンションもここには多くあり、そのおかげでどんどんと栄えていっている様相だった。


「私だけ車で通学してるのは、ちょっと愉悦感があるかも」

「明日からは一人で通学しなさいよ」

「分かってるって」


 車から降りた凛音がカバンを手に持ち、胸元のリボンとスカートを揺らしながら意気揚々と走って校舎の中に入っていく。


「……まだ、引き返せるのかしらね」


 凛音がいなくなった一人の車内で私は愚痴のように呟いた。

 おっとりとした温和な性格の凛音、それが誰に似たのかは分からないが、少なくとも私たち家族の影響を受けたことには変わりないだろう。


 色んな感情が頭の中を去来する。

 夫と離れることになった寂しさ、凛音を巻き込んでこの街にやってきたことへの責任。そして、昨日公園で見た非現実的な戦闘風景。

 

 無我夢中で正義のために戦う姿は実に美しいが、彼女たちが悲しむ姿も苦しむ姿も見たくはない。危険を犯してまで人のために行動するには、彼女たちはまだ人生経験も浅く若すぎるのだ。


「どう関わっていいのかは分からないけど、避けて通れない道なのかしらね」


 出来ることなら、見なかったことにしたいが、あの時見た片桐茜の目は確かに私を捉えていた。覗いていたのが稗田黒江、自分のクラスの担任であると気付いたに違いないのだ。


「さて、日常と非日常が交錯する日々を始めましょうか」


 私は自重気味にそんな言葉を吐き捨てて、駐車場に止めた車から降りて、職員室へと真っ直ぐ向かった。


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