007 大福、ハウス!
六角柱面が重なりあった形状を持ったそれは、手の平に載る大きさで、玻璃のような透明感の中に炎の揺らめきを映していた。
「これが、そうなのか」
『そうだ。これで例の物が作れる』
それは、魔結晶と呼ばれる。自然界の中で生成されると言う摩素の塊だった。
真造の目は、それを映すと共に、それに捧げられるように積まれたものも映していた。
金貨、銀貨、刀剣、指輪、腕輪、何かの留め金……キラキラの金属製のものがいろいろである。それらが真造のバックパック2つ分ほどの山になっていた。
「なあ、大福、ここにある物って」
土鬼は、金属を集める習性があるらしい。山地に棲むゲノーモスの中には、それで鉄工を営む集団も稀に出て、源人の間で大騒ぎになるのだとか。森に棲む集団では、その代わりに石工の技を発展させ、風の摩法も使うようになると。
それを聞いて真造の頭の中に、それぞれの土地柄によって文化の発展の仕方も変わって来るのかぁ~なんてことは浮かばなかった。
「ふ~ん。で、これらは誰のもの?かな」
浮かんだのは、もっと即物的な思考である。真造の目が¥になっていた。
『ん?確か、源人の規定では討伐者にその所有権が在るとなっていたと思うが……そんなことは良いから、早く、魔結晶を持て。術を行使する故、落ち着ける場所に移動するのだ』
真造は、宝の山を見て、天井を見て、首を傾げ、うーむと唸る。
当初の目的を果たして、予定していた次の行動に移るぅ~気配がない。
バックパックは、もう容量一杯である。身体のあちこちにもワイシャツの袖を裂いた紐で、いろいろなものが結いつけられている始末である。
「なあ、大福。お前ってさ、無限の摩力が貯められるんだよな」
『うむ、その通りだ』
「でかい摩物も倒して、全て糧にしたって言ってたよな」
もう戦いの最中も『我ならばこの程度の敵、一瞬で喰ろうてくれるわ』とか頭の中で、煩い事、煩い事……。
『ぷるる、我故にな』
鼻高々な声が返って来る。
「それって、どこに行ってる?どこに格納してる?」
自然界の摩素も実体化して、結晶になっているとすると、石塊と間違う程度だった大福の有限の身体に無限の摩素が貯められるということに疑問が生じる。
「お前、アイテムボックスとかインベントリとか、物を別空間に収納できたりするんじゃないの?」
別世界から俺を召喚できるくらい(まあ、大福餅の包装としてだけど……orz)だから、それくらいの空間を操る術を持っていたとしても驚かない。
『なっ、なんで、それを知ってる!』
こいつ、結構、正直というか、誤魔化せないというか……いい奴なんだよな。
「まあ、大福が言うところの推察ってやつかな」
『な・ん・だ・と……』
いや、そこまで驚かれると逆にショックだわ。俺ってば、そこまで、ダメダメに見られてるの?
そして、大福がインベントリの能力を保有していることが確定と。
今まで、苦労して物を持ち運んでいたことや、涙を呑んで捨てた物の数々が頭をよぎる。
「良し、大福。これらを収納して!」
『いや、待て、真造。それは危険なことだと理解しているのか』
大福曰く、それらがどこに仕舞われているのか、まだ未研究だったらしい。そして、大福が死んだとき、それらの行く末がどうなるのか不明であると。
そのままにその場所にずっと仕舞われたままなのか。どこか知らない空間に流失するのか。または、その瞬間に全てが現実の空間に放出されるのか。
要は、真造の身体のなかに溢れて、某一子相伝の暗殺拳の伝承者にやられた敵のようになるんじゃないかと言うことを心配しているらしい。
ひで~ぶ~って、奴だな。
右手に魔術回廊を伸ばす時も、大福が死んだ時、それらの組織が壊死する可能性や、摩臓を取り出す時の危険の増大を訴えて、反対していたっけ……。
でもな……もう、俺らは文字通りに一心同体なの。心と身体、二人で全部。どっかのCMみたいだが、どちらかが死ぬ時は両方死ぬ時なのだと、もう腹は括ってるんだってーの。
「大福、インベントリ!大福、ハウス!」
大福が嘆息しながら、右手をそれらの近くに掲げるように指示する。
おおぅーっ、掲げるそばから、右手の甲の紋章が光っては、金貨とかが消えていく。右手に吸い込んでいるようにも見える。
但し、右手が熱くなるとか、身体の中に何か入ってくるとかの感覚は一切ない。
最後に魔結晶が吸い込まれて、その場に残るのは、ただの洞窟の床だけとなった。
ふふふ、ははは、ふぁはっはーーー。これは凄い能力じゃないか。
『……悪用はせぬぞ!』
「……」
何故にバレた。もしかして、大福さんってば、俺の脳にも実は内緒で触手を伸ばしていたりしないよね。
◆
洞窟を離れて、森の中を移動する。
歩きながら、異空間に何を収納しているのか、真造にも分かるように、取り出しやすくなるように、摩法による機構の構築を大福にお願いした。
提案したのは、手の平大のタブレット端末である。
『まあ、考えてみよう』
大福の返事を頂いて、本題に入る。
そのために、土鬼の塒を襲撃して、彼らの宝物を奪ったのだから。
辺りに摩物などの気配がないことを確認して、作業に移る。
『紋章を上に、手を伸ばせ』
3枚の羽根を生やし王冠を被った龍の紋章が青灰色の光を放つ。
真造は思わず、左手で己の目を覆った。
伸ばした手の平の下に浮かんだ摩結晶が、手の平のアザから漏れる青灰色の光と白い霧の摩素を浴びて、その内側に光の揺らぎと外側に光の粒の瞬きを見せる。
『構築式を展開』「構築式を展開」
大福の思念に続いて、真造が唱和する。
紋章の上部に摩法陣が浮かび、その上にさらに摩法陣が展開し、その廻りにも……大福と初めて会った時と同じように、光る円環が空中に展開される。
多重積層摩法陣である。
『知識領域から言語情報を移行』
最初の摩法陣が回転し、周囲を廻る摩法陣が魔結晶に吸い込まれ、その形を変えてゆく。
そして、再び、摩法陣が生まれ、また、魔結晶に吸い込まれ、その色が黒く染まっていく。
極小の文字が結晶のなかで舞っているようにも見える。
それが“情報の断片”と呼ばれるものであり、ある意味、命の欠片であることを真造たちは知らない。
『最後の工程です。声を重ね…て……「再現!」』
光が集束し、半透明で手の平大だった魔結晶は、いまや、漆黒で親指ほどの大きさに変わっていた。
宙に浮かぶそれを、真造は掴みとり、大福に事前に言われていた通りに、それを額に押し当てる。焼香をしているかのような仕草だが、“情報の断片”は一筋の煙を発して消え去った。
『それが、この世界の言語情報…です』
本来ならば、それに加えて地理や生活習慣などの社会様式も加えて、習得することも可能なのであるが、保有摩素の消耗などを考慮して、今回は言語情報のみの構築である。
「あ、あ、ありがとう……こんな感じでいいか」
真造の初の異世界語は感謝の言葉だった。
『も、もん…だい…な…さそ……』
大福の様子がおかしい。
「おい、大福!だいふくさん?どうした、返事しろ!」
真造は自分の胸を叩いてみる。が、大福の返事はなかった。
自分の身体に違和感は見られない。
「おいおい、問題おお在りだろ……」
呟くその言葉に応えるものはいなかった。
真造が少し震える唇を自らの右拳で押さえる。
その手の甲の龍の紋章の羽根が一本減って、残り二本となっていた。
序章 了
取り敢えず、ここまでです。
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