004 武器or摩法
ワイシャツのポケットに留めておいたダブルクリップを外して、アーモンドボールの取り口を閉じる。この分量を一度に食べずに後に残すことになるとは……なんだか、切ない。
まずは、何はさておき、飯と武器だ。
『ん?それは食わぬのか』
それとは、仕舞った“桃色の宝玉”ではなく、いろいろなものを代償にした炎の玉によって、焼かれた似せ狼のことであろう。え~と、正確には、似狼犬だったか。
よく見れば、頭部周辺は焼け焦げているが、他の部分は体毛もまばらに焼け残り、生焼けの状態である。見た目を我慢するとしても、無理に食せば、腹に当たること間違いなしである。
「ちょっと無理……」
『そうか。だが、人種は銭も必要としよう。魔結石ぐらいは、えぐり取っておいたほうがいいと思うぞ』
摩物には体表面に硬組織になった部分があり(この部分を化石化というらしい)、その奥に必ず魔結石というのがあるのだそうだ。
それを体内に持つ生物が摩物と呼ばれる。そして、それは金になる。
幸いにも、それは炭化した範囲の胸部にあり、折った枝でなんとかほじくり出した。えぐっ、えぐっ、くるものがある。空きっ腹状態で良かったかも知れない。
しかし、身体の中に石があるなんてな。胆石、尿路結石、痛そうな病気しか思い浮かばないぞ。
いや……そう言えば、俺の身体の中にも巨大な石が入ったばかりのような……それは忘れよう。
ほじった魔結石はビニール袋の中に入れて、バックパックに収納する。
ついでにバックパックの中も確かめるが、通勤用のバックである。軽ければ軽いほど良いと思い、大したものは入っていない。こんな事態になると想定して、準備しながら日々を生活している者などいないだろう……いないよね?
取り合えず、スマホの電波が来てないのを確認して、電源をオフにする。
折りたたみ傘は武器になるだろうか。背後から忍び寄り、傘の骨を首筋にぶすりと……仕事人には為れそうもない。
この場で役立ちそうな物は、お茶のペットボトルと、地震災害時に何かの役に立つかもと折り畳み携帯が入るくらいの布の袋に入れておいたLEDライトの付いた十徳くらいであろうか。布の袋に入れたまま、十徳と救命笛は一緒に付けておいたカラビナを腰のベルトに回す。刃渡り35mmのナイフは武器にはならないが、何かを削ったりすることくらいはできるだろう。もしかしたら、ペンチや缶切りなどの方で使い道があるかもしれない。
おっ、試供品の大豆のお菓子棒を発見。これは、大福との交渉用に使える。貰ったのいつだっけ……賞味期限は問題なかった。
枝はそのまま武器として保持。役に立たないと思うが、何か手に持っていないと不安が先に立つ。
向かう場所は、森だ。
『森は摩素と摩物の生まれる場所だ。お前には共に危険な場所となるな』
そんなことを言われても、いろいろと手に入れるには森に向かわざるを得ない。
森に入り、何とはなしに下生えを枝で払いながら進む。
そして、思った。革靴じゃなくて良かった。うちの会社は、会社に革靴を置いておけば、通勤は運動靴の類で可である。なので、俺の足元はトレッキングシューズとなっている。革靴で森の中での行動は最悪だったに違いない。
森の中で得られる武器ってなんだろう。サバイバル的には、石器?森に黒曜石なんてあるのか。火山地帯じゃないとないよなー。日本でも産出場所はだいぶ限られていたと思うし。
じゃあ、石を投げる?一回こっきりの武器。厳しー。職業=忍者でもない限り、無理だろー。取り敢えず、手頃そうなのは拾うけど。
蔦かなんかで結んで振り回す?あちょー、わちゃわちゃ!……自爆する絵面しか想像できない。
やっぱり、無難に棍棒か。持ち手の部分を削れば、多少は使いやすくなるかも……。
『おい、お前、さっきから、石とか枝とか拾ってどうした』
「いや、武器にならないかと思って……」
『……お前、正気か?それよりも、そこの樹の右側の方に入って行け。その先の灌木の黄色い実は食えるぞ』
さすが相棒。あいらぶ大福。
「おっ、これは木苺か。うまっ」
直径20mm弱で、表面がぽこぽこした果実がなっている。
『この甘みと酸味、酸味がだいぶ勝っているが、宝玉の感じに似ているの~』
「アーモンドボールの外側の粉がラズベリーだからな。似たような種なんだと思うぜ」
『ほう、そう思うと、また格別だな』
口に運びながら、コンビニ袋にもイン。大阪のおばちゃんの教えの通りに、コンビニ袋はキープしておくと便利である。サイズはLで。
「よく、ここにあるのがわかったな」
『我らスライム種は摩素の動きで物を見るからな』
「えっ、俺の視界を共有しているんじゃないの」
『我が摩臓になった時に、スライムの活動は停止しておると言ったであろう。まあ、触手が伸ばせそうな感じもしているのだが、摩素が不足していてはどうにもならんわ』
外部とも言える口内と食道、胃の表面に関しては、摩素の浸食によって、判別が可能になっているらしい。だから、味覚が分かると。
「摩素はどうやって溜めるんだ?」
『今、溜めてる。お前が食ったものを摩素に分解して吸収している。だから、いくらでも食ってよいぞ。だが、この味は、もう飽きた。次に行くぞ』
俺に必要な栄養に関しては考慮してるから心配するなだって。いやはや、女子の視線が突き刺さりそうだわ。スライムダイエットは流行るかね。
◇
おっ、いい感じの枯れ枝を発見。真っすぐだし、長さも重さも手頃だ。
さらば、タンホイザー(最初の枝)。よく来た、ローエングリン!(いい感じの枯れ枝)
『ところで、お前は武術は何を修めているのだ』
躰術などという武の基本的なことが出来ぬと言っておったが、と前置き付きでの質問である。
「それって、剣とか槍とか格闘技とかの意味だよな。何も出来ないけど」
『本気で言っておるのか……無能だな』
「いや、俺のいた国ではそれが普通なの。せいぜい、授業で剣道や柔道の真似事をするくらいのもんなの」
『では、我が摩法が身を守る唯一の術という訳か』
ふん、はぁっと、ローエングリン(二代目木の枝bros.)を振り回すが、その棍棒に大福はのって来なかった。
「相談なんだけどさ。あの摩法って、どうにかならないかな。もっと、他の種類のとか……」
演者にやさしくとか、だんだんと声が小さくなる真造に大福がため息をつく。
『摩法とは、自身の摩素を呼び水に周囲の摩素に働きかけ、事象を生み出すものなのだ。その理から、自らの近くで発動させた方がより効率的な運用ができる。簡単に言えば、あの僅かに保有する摩素で、似狼犬を一撃で倒すには、口内ぎりぎりで発動させるのが最善だったということだ』
確かに中途半端にダメージを与えた後に、自分が止めを刺せたのかと問われたら、否である。その逆もまた、否である。
摩法のことなど何も知らない。理論武装する相手に、突っ込める知識もなく、何も返せない。
「うっ、だけど、火じゃなくてもよくねっ」
印を結んだ片手を口に添えて炎を吐く=火遁の術!とかなら格好もつくが、実際の姿は「ガアッ!」と炎の玉を吐くP大魔王である。しかも、その後、口内の火傷でのたうち回るなど最低の自爆攻撃である。
『はぁ~。例えば、土の初級摩法は石の礫を打ち出すものだか、口の中がじゃりじゃりになるだけじゃなく、石の礫とともに、お前の歯も外に飛び散らすことになるだろうな。風や水の摩法は、回転させたそれらの周囲を刃とするものだ。口の中がざくざくになるだけじゃなく、風や水の刃とともに、お前の歯も巻き散らかすことになるだろう。そちらの方が好みなら、我に否やはないが、どうする?』
顔を青くさせて、ぶんぶんと首を振る真造である。
『それも摩素を溜め込めば済む話しだ。故に、我に様々な食を献上するのだ』
その言葉は真造の耳に届いていなかった。
大福が身代わりとなった摩臓の近くからと言えば、食道、喉、口内を通じて、外気へとつながるのは理屈としては分かる。だが、常に身を切らねばならぬ手段を許容するのは難しい。しかし、豆大福程度の食物の摩素で、大型犬大の摩物が倒せるのならば、原価的には優秀と言えるのではないだろうか。
『ん?勘違いするなよ。お前が異世界から持ち込んだ食べ物に内包された摩素量は想像を超えるものであった。だが、それは召喚時の摩素が影響したのであろうと予測づけることができる。お前の身に染み込んだ摩素も相当量なものだった故な』
だから、その摩素をつかって、摩臓の再現摩法陣も構築することが出来たんだと。そして、染み込んだ摩素を使い切ったお陰で今も生きていられると……はぁ、全く以て、ツイてるんだか、いないんだか、わからねえ。
『おっ、これはツイておるな』
大福が宣わった。
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