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003 甘味と酸味と塩味と

 甘味(かんみ)酸味(さんみ)塩味(しおあじ)

「まずは、スライムや似せ狼がいる魔境だから、身を守る手段だな。大福(スライム)は何が出来る」

『何故、我を頼るところから始める』

 呆れた声が脳内に響く。

「大福が俺を呼び寄せたんだから、大福に責任がある。当然だろ」

『我が召喚したのは大福餅であって、お前ではないぞ。そもそも、人種(ゆうしゃ)を召喚するのは世界であって、それを無理に為すのは邪法の扱いとなる。そのような正道に外れる行いを魔王さまやマルバスさまを尊敬する我が行うと思うてか』

 異世界からの物の召喚も禁忌だったりする。しかし、そんなことは真造が知る由もない。

 少し大福の勢いに気圧されながら、自分がここにいることがその証だと主張する真造に残念な事実が告げられる。

「だから、責任逃れは醜いぞ!」

『はぁ~、お前が大事に握っておる包み(ビニール)袋がお前だ。我は美味なる大福餅を求めた。すると、世界はお前が食べていた大福餅を選択したようだ。そして、その時、お前は死んでいた。結果、食す前の大福餅がその包み袋に入っていたように、食べていた大福餅の廻りにあったお前が包み袋=物として認識されたということなんだろ。理屈を紐解くだけの話しだ。少し考えれば分かることだろーに』

「俺がコレ?」

 真造が空のビニール袋を眼前に掲げる。

『我が大福餅を召喚しなければ、向こうの世界でお前は死んでいた。

 我が救命措置を行わなければ、こちらの世界でお前は死んでいた。

 我がこの身を摩臓に変えなければ、お前はまたしても死んでいた。

 だから、お前はその“桃色の宝玉(アーモンドボール)”を我に捧げなければならない。分かるな!』

 ビニール袋をポイ捨てすることが出来なかっただけだったが、話を聞いて尚更に捨てづらくなった。

「そうか、悪かったな、ありがとう。

 って、なるかボケ。これは自分へのご褒美に食べるの!

 それでなくとも、食生活が当分の間、貧しくなりそうなんだから」

 見事な独りボケツッコミである。実際、周りから見れば真造しか見当たらないのだ。観客動員数ゼロである。

『チッ!』

 こ、こいつ、舌なんかない癖に、舌打ちしやがった。どこで、そんな悪い態度を学んだんだ。

 感謝する気持ちが湧いてこねえ。

『それよりもいいのか。似せ狼に感づかれたようだぞ』

 大福の言葉に、真造が慌てて辺りを見渡せば、数百メートル先に一匹の四つ足の獣の姿が見える。こちらに向けて、のっそりと歩いてくる。

 望んでいない観客があらわれた。

「逃げられないか」

 真造がいる丘の上の一本樹以外には、これまた、数百メートル先に森が見えるだけである。残業続きだったサラリーマンが、獣の走力に勝つことはあり得るだろうか。

徒手空拳(ステゴロ)は無理だから、武器だな」

 しかし、身近な所に石塊どころか小石もなく、棍棒代わりとなりそうな枯れ枝も落ちていない。

 バックパックに手を伸ばしたところ、似せ狼が走り出した。

 マズイ、マズイ、マズイ。

 そりゃあもう、必死の思いで樹によじ登った。子供の頃にも木登りなど体験したことなどはない。生まれて初めての試みである。

 ガゥッ、グルル

「うひゃっ!」

 ぎりぎりのところで、一番下の枝によじ登ることに成功した。

 似せ狼は前脚を幹に掛け、後ろ足二本で立っている。唸り声が近い。吐く息の匂いまで感じられそうな気がする。

「えだ、枝っ!」

 似せ狼を追い払うために枝を折ろうと試みるが、不安定な姿勢で生木は折れるほど(やわ)ではなかった。折れそうな細枝を手に入れるためには、もっと枝の先端にいかなければならないが、日頃運動もしていない、木登り初体験の20代後半のデスクワーカーには無理な注文だった。

「あっちいけ、シッシッ」

 手を振っても、なんの効果も得られない。

 脚で蹴るか。しかし、樹の枝に跨った状態で脚を振っても、全くと言っていいほど力がのらない。蹴りというのは、全身の体重移動があって、初めて威力を得るのである。逆に足を噛まれて引きずり降ろされる展望(ビジョン)しか浮かばない。

「向こうにいい感じに焼けたお前の仲間がいるだろ、それでも食ってろよ!もう冷えてるだろーけど」

 ガゥッ、グルルルル

 咆え声が激しくなった。

『はぁ~、お前、さっき、ご褒美と言ったよな。我がアレを追い払ってやる故に“桃色の宝玉(アーモンドボール)”を献上することを約束せよ』

 呆れた声が再び脳内に響く。

「マジか、本当に、追い払えるんだな。良し、約束した。但し、一個だけだぞ」

『ケチ臭いのぅ。では、奴に向けて口を開け』

 樹の下で咆える獣に対して、枝に跨り大口を開けるのは、もはや人と言うよりも猿の行為である。うっきー。牙があるだけ、猿の方がまだ優位(まし)かもしれない。うっきー。

 真造の口から白い息が漏れると、今度は逆にまわりから光の粒が集まり口の中に吸い込まれていく。

『ほれ行け、“ファイアボール/火球”』

 口の中の光が強くなり、それはソフトボール大の火の玉となって放たれた。

 超至近距離である。外れようがない火球は似せ狼の頭を直撃し、その身を火で包んだ。

 キャイィ~ン

「ぐわっ、熱っ!ぐはっ!」

 真造が悲鳴を上げ、口を押えて、樹の枝から落ちた。枝でぐるんと半回転して背中を地面に打ち付ける。2m程度の高さとは言え、結構な衝撃である。

 煙る似せ狼の横で、真造が転がりまくる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 仰向きに息を吐く真造に大福が(のたま)う。

『落ち着いたか。では、約束のものをよこすのじゃ。早う早う(またしても、大福餅の摩力が火球に消えたのだ)』

「いや、今はむり…『……ダマシタノカ』

 いや、今は口の中が……いいよ、分かったよ、もう!

 丁寧に一個分取り出せるだけの取り口を開いて、口に放り込む。

『「ほおぅ~」』

 字面は同じだが、悲鳴と歓喜である。

 アーモンドの粒が痛え!

 これはまた甘美な……。

『何をしている。かめ、噛まぬか』

 ごくん。

『何をするか、きさま~!』

 大福の怒りの声が脳内に響く。

「いや、ごめん、マジで、無理。口の中が痛くて……」

『チッ!軟弱な!致し方ない。“ヒール/癒し”』

 口の中の痛みが引いて行く。上半身を起こせば、背中の痛みも消えていた。

「痛くない」

 切れてな~い。

『またしても、摩力がすっからかんだ。もう、何も出来んぞ』

「今の何?」

『癒しの摩法だ。もう大丈夫だろ』

「そうか、悪かったな、ありがとう」

 アーモンドボール(ラズベリー味)を一個、口に放り込んだ。

 よく噛む。

『ん?ほおぅ~、これはまた、甘みだけではない、酸味の刺激が絶妙な……アーモンドの脂質が絡み合うと、また……至福だ。すばらしい』

 大福の歓喜が伝わってくる。

 ほんと、大福(コイツ)は甘みと酸味が入り混じってるよ。大福(もち)は甘味だけでいいっちゅーねん。


 目尻に少し浮かんでいた涙は塩味だろうか。


筆者注)大福には塩味も必要です。すぐ近くの樹に登ったぜ……orz

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