異世界へ
夢だろうか?
爺ちゃんと婆ちゃん。それに早苗が大きな箱の前で泣いている姿が見える。あぁ、アレは棺桶か?中には俺が入っているのか。泣かないでくれ。来世ではないが別の世界で生きろって神様の様な光に言われたから安心してほしい。……とは言っても無理か。
しばらく三人を眺めていると、みんなの姿が薄くなっていく。漠然と、もうお別れなのかと理解した。
「じゃあ、元気でな。みんな」
俺は笑えただろうか?
俺の意識も無くなっていくのか、眠いような不思議な感覚。だけど悪くない。
バシャッ!
「わっぷ!」
「起きたな小僧」
「……酒呑童子」
どうやら寝ている俺に、酒呑童子が水をかけたらしい。寝ぼけて重い身体を起こし辺りを見回す。どうやら森の中らしいが、近くに水源でもあったのだろうか?
「それで小僧。これからどうする?私としては、さっさと酒を手に入れたいのだが」
そんな事を言う酒呑童子に呆れながら一度死んだらしい自分の身体の確認をする。痛みも無いし確認出来る所に痣もない。森の中でも行動には問題なさそうだ。
「お金なんて持ってないから無理だ。先に言っておくけど盗んだり、脅して奪い取ったりは禁止だからね?」
次は不思議な話だが頭の中にある刀の使い方も確認する。えっと、この刀と酒呑童子が繋がるイメージ?……犬のリードみたいな感じか?
「なぜ私が小僧の言う事を……む?なんだこの鎖は」
この刀の能力確認はできた。
刀から酒呑童子の首に光の輪ができそこへと光の鎖がつながった。いや、犬のリードを考えたからってこれは……。睨むなよ、ごめんて。
「小僧、殺されたいのか?」
「……お手」
「貴様!……む?な、なぜだ!」
「これも成功か」
光が言っていた様に、俺は酒呑童子の主人になっている。だから酒呑童子は俺に危害を加える様な事はできなくなっているようだ。
確かめる為とはいえ少しばかり緊張したな。この刀がない状態で、こんな態度を酒呑童子にしたら普通は殺されるだろう。
「……いつまで、このままに……させるつもりだ」
「あぁ、もういいよ。悪かったな」
さて、これからだな。
街とは言わないが、多少は現地人がいる場所へと行きたい。光が俺達に与えた能力はこの世界の言語理解、酒呑童子にはかつての肉体と能力。俺には酒呑童子を制御する刀とこの世界で必要になる力。他にも多少体力が増えたり、毒や恐怖への耐性なんてものもある様だが、その辺りはゆっくりと休める場所についてから確認でもいいだろう
これは酒呑童子がいるからできる余裕だな。
「とりあえず移動しよう。途中にでも、この世界の生き物を狩って物々交換ができないか考えながら行こうか」
「なぜ私がそんな面倒な事を」
「貴重な物だったりしたら、お酒とかも手に入るかもよ?それがダメでもお金になったら少しは何か買えるだろうし」
「そうか、ならば私に任せよ。気合を入れていくぞ小僧!」
「こりゃ酒が原因で殺されるわけだよ」
その辺のセーブは俺がしっかりとしていこうと決意した瞬間だった。巻き込まれて寝首をかかれるなんてごめんだし……。
それからは慣れない森の中での移動だったが、不思議と疲れが少なく、体力に余裕がある。日本ではあまり見ることができない様な深い森の中でも、景色を楽しみながら移動することができた。物語の中でしか見ないような大きな木もあったりとするからだろうか?遭難中の不安もあるが、知らない景色に対する好奇心の方が大きい。だがそんな俺とは対照的に、酒呑童子は眉間に皺を作りながらうんざりとした表情で……。
「おい小僧。人どころか獣にも会わんぞ?」
黙っていたがついに文句を言い出した。
「何処かで野宿になるかなぁ。目印として川の近くを歩いてるけど、中々うまくいかないなぁ」
水を飲みにくる動物とかいればって思ったがそう簡単に出会う事はないか。時計は持ってないしどれだけ時間が過ぎたのかもわからない。感覚ではもう一時間以上は歩いているのだが……。
「……小僧。少し止まれ」
「何かあるのか?」
「私に少し考えがある」
ニヤニヤとしながら酒呑童子は俺の肩に手を置く。
「ククク、安心しろ。そんな不安そうにしなくとも、我が主人様にそう悪い事はしないさ。ほら、後ろを向け」
肩に置いた手を使い、俺をぐるりと回す。
そのままグッと俺の脇に手を入れ込んだ。
「ちょっと待て。何をする気だおい」
「なーに。小僧も赤子の頃にでもされた事ぐらいあるだろう?私も人里に降りた時に何度か見ていたことがあってな。……暴れるなよ?」
非常に嫌な予感がする。
刀の力を使って酒呑童子を止めようとした時だった。急激な加速と共に俺の視界に映る景色が流れていく。そしてふわりとした浮遊感。……な、投げられ
「そーれ。高いたかぁぁい!!」
「たぁあぁあぁああああー!!」
こわいこわいこわいこわい!!!
真上に放り投げられたのだ!そう理解した瞬間また景色が変わっていく。落下しているのだ。
「お、お前、おまえなぁあああ!!ぐふっ」
「暴れるなと言っただろう?受け止めにくい。それで、何か見えたか?」
「み、見えるわけ」
「もう一度だな。そーれ!」
「うわあぁあああ!」
こ、こいつ!!!
俺が何か見えるまでやるつもりか!!!その予感も当たりポンポンとお手玉をする様に投げられるし、まだ見えんか?とか言いながらもっと高く投げられる。詳しく調べたわけではないが、多少強化されたと思われる身体だがこれには限界。
無理、吐く。
「うぇえええ……」
「なっ!?きさ、やめ」
あの酒呑童子を唯一殺した人間と言われたが、その上でゲロまで浴びせた人間は俺しかいないだろう。なぜかあの光が爆笑してるとわかる幻覚を見ながら気絶した。
また何か夢を見ている様な感覚。
こっちにの世界に来てからすぐに見た夢よりも、爺ちゃんと婆ちゃんが少し年老いていた。縁側で特に会話があるわけではないが、二人で仲が良さそうにお茶を飲んでいると、玄関の方から少し騒がしい音がした。それを聞いた二人は少し顔を見合わせて優しい笑顔を作る。
早苗の声だった。いつもと変わらず校則を守り着崩していない制服には花が飾られており、卒業証書が入った筒を持っている。そうか、高校を卒業したのかな。あちらの方が時間の流れが早いのかな?それとも未来を見ているのだろうか?
爺ちゃんと婆ちゃんの二人に最後の制服姿を見せに来てくれた早苗は二人と長い時間会話してくれている。進路が違う友達との遊ぶ約束もあるだろうに、三人笑顔で話している姿はすごく嬉しくて、これからもずっと続いてほしいと心から思った。
「起きんか小僧」
「.…酒呑童子?」
「ほれ、小僧もさっさと脱げ。着物も洗わんと匂いがとれんぞ」
朦朧とした意識の中無理矢理服を脱がされる。
こいつ、意外と面倒見がいいよな。と、酒呑童子の意外なところを見た気がする。鬼の頭領だったからなのか?面倒だ酒をくれと言うくせに、今のところはなんだかんだと助けてくれてるよな。
「ほれ、行ってこい」
「わぶぅ!!」
ザブンっと水の中に放り込まれる。
目印にしていた川に放り込まれたのだ。
「しゅ、酒呑童子!いきなりすぎるぅっ!?お、お前!服はどうした!!」
水面から顔を出して酒呑童子に文句を言おうとする。だがその意思も酒呑童子の格好を見て吹き飛んだ。なせがって?全裸だったのだ。
「小僧のせいで私も汚れたのだぞ。それともなんだ?小僧は私に、ゲロを被ったままでいろとでも言うつもりか?」
「んなっ!?ちが、隠せよ!!」
「……ははあ。もしかして小僧、女を知らんか?いや、これは私が悪かった。どうだ?今なら詫びとして揉んでも構わんぞ?ほれ」
「アホかぁああああ!!!!」
「クハハハハハハ」
健全な元高校生には目に毒すぎるぐらいに、豊満な胸を持ち上げながらニヤニヤとイラっとする表情をした後、爆笑している酒呑童子が迫ってくる。
「ほれほれ小僧。偶然とはいえ私を殺した褒美としてもいいぞ?ククク……む?」
「隠せと、言っとるだろうが!!!」
「ちょっ!まっ!」
無我夢中だった。
手に持っていなかった刀が何故か手に現れて、刀から光の鎖がいくつも飛び出す。それは酒呑童子の身体が顔以外、鎖で見えなくほどグルグルと巻きつき川に叩きつけた。
「こ、小僧!私、溺れるぞ!」
「服を、着ろぉおおおお!!」
「まだ洗っとらんではないかぁああ!」
その後、少し落ち着いてから思ったが、いくらなんでも焦りすぎだったと思う。いや、酒呑童子が悪いんだが……。うん、俺は悪くない。
とにかく身体と服の汚れを落とし、酒呑童子が用意した焚き火に当たりながら服を乾かす。大胆にも全裸で過ごそうとする酒呑童子には胸や下半身に光の鎖が絡み付いているが、着る物がないのだから仕方ない。
「ふん。誰もおらんのだし、気にすることではないと思うがな?」
「俺が気にする。いいから今は黙ってて」
「……童貞と言うんじゃったか?」
「はぁん!?健全なんですぅ!!」
「クハっ!何を言うか。アレから入れられた知識では現代の高校生とやらはそれなりに乱れとると思うがなぁ?その点、小僧は女に対して腑抜けであっただけではないのか?ん?早苗というのもいただろうに」
「早苗は歳は一緒だけど妹みたいなもんだ!それにその、俺はまだ恋愛とかは」
「ヘタレめ」
「お、お前!現代の言葉知りすぎじゃないか!?」
これは不思議だった点の一つだ。
酒呑童子は一千年以上も昔の存在だというのに、俺と会話が成立している。アレから入れられた知識と言ったが、やはり転生に必要な物はインストールされているようだ。その辺りのすり合わせも必要だな。
「詳しい事はアレに聞かねばわからん。だが私のほぼ全盛期の身体があり、小僧との会話も成立するという事は、それなりに何か弄られているのだろうよ」
「……なぁ酒呑童子」
「なんだ改まって」
ここらで一度話し合っておきたい。
現状、俺は酒呑童子におんぶに抱っこ状態。こいつが居なければ火も起こせなかったし、この森の中で生きていくことも出来ない。
だからこそ、俺はこいつと協力しなければいけない。
「小僧と呼ぶな。俺には、宝田修二という親にもらった名前がある」
「ほぅ?小僧は私に名で呼んでもらいたいと?……ふむ、今まで思っていたが、随分と馴れ馴れしいな人間。アレのせいで貴様が主人になったとはいえ、我の気まぐれで付き合ってやっている事、分かっておらん訳ではなかろうよ?」
ゾワリとあたりの空気が変わる。
目の前で鎖に巻かれているはずの酒呑童子が今にも飛びかかってくる様な、覆い潰される様な殺気と存在感。酒呑童子の変わる雰囲気と共に、彼女の胸元から首、頬にかけてアザの様なものが伸びていき、真っ黒だった角が根本から白く変わっていく。
前世から短い時間の間に、酒呑童子の恐ろしさは更新され続け、恐ろしさに身体が震えそうになるが、ここで引くわけにはいかないのだ。刀をギュッと握りしめて酒呑童子を睨みつける。
「正直にいうと、小僧と呼ばれるのも腹が立つ。それにお前を酒呑童子と呼ぶのも長い。これからは酒呑と呼ばせてもらう」
「……」
沈黙が怖い。
だが俺もただ何も考えず、無意味に時間を使っているわけではない。この刀は酒呑童子に対して絶対である。
あの光が託してくれたこの刀は神器とでも呼べばいいのだろうか?さっきの裸騒動の時の様に念じれば手元に無くとも現れる。そして酒呑童子に対する絶対的な服従権。本当に力を出せば物言わぬ操り人形にまでできるだろう。
そしてそれは酒呑童子も分かっている。
「大事に握っているそれで、我にそうせよと命令すれば良かろう」
「これから、長い付き合いになるんだ。そんな事で対立したくない」
深呼吸。
覚悟は決まった。なに、今まで何回もやってきた事だ。初対面の相手、というには少し時間が立ちすぎているが……。
やる事は変わらない。
「俺は、宝田修二。酒呑、お前と友達になりたい」
「……」
だから沈黙怖いって!
酒呑は未だに変わらず圧倒的な殺気をぶつけてくる。だが、それはスッと収まり。
「クハ、クハハハハハハ。下着姿で言われてもなぁ」
「んな!仕方ないだろ!?まだ乾いてないんだから!それに酒呑の方だって鎖を解けば全裸じゃねぇか!」
「それもそうか。ふむ、友か……。まぁよかろう。修二、私を酒呑と呼ぶことを許そう」
脱力した。
全身にこれだけ力が入っていたのか、と驚く程の疲労感がある。まぁともかくだ。これでやっとスタートラインかもしれない。
まだまだ問題は山積みだろうが、俺が酒呑のせいで死んだ事もとりあえずは水に流そう。協力しなければ俺は生きていけないのだから。そして世界は違えど、爺ちゃんたちより長生きする事を目標の一つとしよう。
さて、とりあえず問題の一つが解決したし友好の証として酒呑にはこれを渡さなければな。俺はもう一つの能力であるアイテムボックスを使い、瓢箪をボックスから取り出す。
ゲームの様なことが出来ないかと思い、幾つか試行錯誤してみてできると分かったうちの一つだ。早苗がこのジャンルの話をしてくれていて本当に助かったよ。ありがとう。
「それじゃあこれを」
「む?それは、その瓢箪はまさか!!」
「光が渡してくれた神酒らしいよ。神変奇特酒じゃないから安心していいってさ」
「おぉ……。おぉおお!!でかした小ぞ、いや修二よ!!」
「一応特別な物だから量は用意できないけど、一日にその瓢箪一つ分だけ毎日補充してくれるってさ」
「腐るほどあると思うが……まぁよいよい。神のくせにケチケチしとるなー、とは思うがこの際どうでも良い」
ご機嫌に瓢箪を受け取り早速楽しもうとする酒呑。蓋を開け香りを嗅ぎ……ん?ちょっと危ない人みたいになってる。いや、千年以上ぶりの大好物だし、それも高級なんてものを越してる一品だから仕方ないのか?うっわ震えてるし……。
俺はちょっと引いていたが、酒を一口飲み、静かに涙を流す酒呑を見てそんな気は無くなってしまった。
「……うまいなぁ」
ほぼ全裸状態で格好がつかないが、二人で静かな時間を過ごし、やっと一息つけた気がして、俺も身体の芯から脱力ができた。
おそらく次の話の前に設定でも載せると思います。




