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選択型お題「雨後に芽吹く」

作者: 875@

二人の視点で話は進みます。

頑張った良き親友に捧げます。

遅れましたが、おめでとう。

 小学校の帰り道に咲いていた名も知らぬ花が好きだった。集団で咲く小さな花に親近感を覚えた。

 普通の人から見れば私の家族は少し変わっていたかもしれない。小学校は六年間同じ学校に通えたことはなかった。幾度となく転校を繰り返し、友達も少なかった。家族には、半分しか血のつながらない姉妹が五人。実の母親の他、妹の父親が一人。高校の頃は妹の父親と母、そして妹と五人で住んでいた。その父親に、母に気付かれないよう体をまさぐられることは毎日だった。母に相談もできず、よく家出や外泊などを繰り返した。

 怖かったのだ、血のつながらない父親も、気付かない母も。血のつながりのない家族がいることが、恐ろしくてたまらなかった。


「それで、名前は決まったの?」

「まだ。だって、修司って変な漢字ばかり使おうとするの。遼子からも言ってやってよ」

 そう愚痴をこぼす私を微笑ましそうに眺めながら、遼子は冷めたコーヒーを口に含んだ。

「名字が二文字だから、私は四文字がいいのよ。でも修は蓮がいいって……。園蓮って、変でしょ?」

 ノートを眺めながら私は唇を尖らせた。せめて三文字がいい、と呟くと、遼子はそうねえ、と頷いた。

 高校を卒業してから四年。私は七年付き合った彼との間に子供を儲けた。来月生まれる予定だ。

 遼子は、小学校からの知り合いだった。五年生の時同じクラスになって仲良くなった。中学では話すことが少なくなったが、偶然高校が同じになり、それからまた一緒にいるようになった。一番長い付き合いの、親友と呼べる存在だ。

 私が家出した時も、当時の彼とのいざこざがあった時も、親からの猛反対があった時も。ずっと一緒にいてくれたのが遼子だった。

「強く育ってほしい。太陽って、そういう感じの意味もあるの。私、太陽って名前がいいと思うんだけど、どう?」

「いいんじゃない。有香がいいと思うなら。私は断然快晴を押すけどね」

 快晴もいいけど漢字がなあ、と私は呟いた。かっこいいのに、と遼子は言った。元気に産まれそうじゃない、と続ける。

「あんたが無事に子供を産んで育ててくれるなら、いい。ずっと、悲しかったでしょう」

 私は過去に二度、妊娠していた。一度は中絶して、二度目は流産した。

 血が止まらなくなって、痛くて辛くて悲しかった。

子供ができたのは私も悪かったのだ。最後に一度だけ、と別れていた彼に頼みこまれ、断りきれずに一度だけセックスした。それを遼子に告白した時、彼女はひどく怒った。どうするつもり、と怒りを抑えた声音で私に言った。おろすしかないとはわかっていた。二度目よ。そう言って遼子は部屋を出て行った。自分の愚かで浅はかな行動を、心の底から後悔した。

「でもよかったね。修司が結婚する気で。性格からしておろせとか言うと思ったけど」

「修、産むのに賛成じゃなかったのよ。今でも言うわ。その前に何かしらやりたかったことがあったって」

「今すぐ連れてきなさい、あいつのせいのくせに。修司のくせに」

 遼子は気が強い。修司のような頼りない男は頑として認めたがらなかった。私がそういう性格の男ばかり好きになって、ひどい目にあっていたのを知っていたからでもあるけれど。

「自分のせいのくせに、あいつはまだそんなことを言うのね。ならちゃんと計画しなさいってのよ」

 遼子には、彼氏がなかなかできない。気の強さもあるだろうけれど、きっと、私のせいだろう。

 私がろくでもない男に引っ掛かってばかりいたから、心配かけさせっぱなしだった。彼氏を作る暇もないだろう。

 それに。

 そんな私を見ていたから、怖くなってしまったのかもしれない。恋をして、傷ついてしまうことが。

「なあに」

「……何でもない。大成はどうだろうと思って」

 考えていたことを気づかれないように、私は慌てて話をそらした。

「いいわね、大成。あんたの好きな大っていう字も入ってるし」

 遼子の気をそらせるためにふいに出た名前に、彼女はやけに乗り気だった。どうやら好きな感じの名前だったようだ。

「私、産むのがすごく怖い。修司は私に死なないでって言うし。私、ちゃんと産めるのかな?」

 今まで不安だったことを口に出してしまった。私は体が弱く、しょっちゅう入退院を繰り返していた。小学校の修学旅行では、空気が変わって喘息の発作も起こしてしまうほどだった。

「……私には、わからないけれど。きっと大丈夫よ。この子はきっと、丈夫に生まれるし、あんたも、無事よ」

 大丈夫。気休めをめったに言わない遼子の言葉に、少し気分が浮上した。彼女はいつも冷静で客観的で、毒舌な時がある。それは私を心配してくれているということも分かっていた。

 大丈夫、としか言えないくらい、彼女も不安になっているのかも知れないけれど。

「生まれたら、真っ先に来てね」

「仕事第一よ」

 減らず口を叩く遼子は、いつもの飄々とした雰囲気に戻っていた。



*    *


 予定日を何日か過ぎたころ、私は有香に連絡をとってみた。

「……まだ」

「ええっ? まだ?」

 私は度肝を抜かれた。普通がどのくらいなのかはわからないが、予定より早かったりはしないのだろうか。

「初産は予定日より遅れるのが多いんだって。もうやだあ。私、怖い。遼子、代わってよ」

 無理だ。

 有香はずいぶんと弱気になっている。無理もないとは思うが、しかし私には言葉をかけるしか出来なかった。

 そんなことを言っていたのが、つい二日前。有香からは陣痛がきたとだけ連絡があり、その後音信は不通。

 どうにも私は彼女のことになると心配症になるようだ。

 昔からそうだった。彼女があらゆる理由で家出したと、何回も泣きついてきた時、私は律儀にも有香に付き合って夜を過ごした。家に泊めたりはできなかったから、深夜営業の飲食店で朝まで話したり、ひどい時は、試験前日に徹夜で話を聞く羽目にもなった。おかげで母親からは、私が非行に走ってるんじゃないかと心配したと、後になって聞かされた。

 それでも、彼女と付き合いをやめないのは、私が彼女を大事に思っているからだ。

 私は有香が大好きで、無二の親友で、できれば傷ついてほしくない、大事にされてほしい。あいつが精神的にダメな男ばかり好きになるのも、私はずっと反対してきた。

 それでも、有香が好きなら、私はできるだけ口出しせずに見てきたつもりだ。

 そして裏切られて有香が泣いていても、私には怒るか慰めるかのどちらかしかできなかったし、傷ついた有香に対して、かけられる言葉もその時の私には思い浮かばなかった。

 有香は、自分のせいで私に彼氏ができないんだと思っているようだが、私は本当に恋人という存在を欲しいと思ったことはなかった。

「だって、面倒じゃない」

 口に出してみた。そう、私にはまだ必要ない。でも、それも思い込みかもしれない。いなさ過ぎて、自分がどう思ってるのかもわからない。そんなことはどうでもいいの。

 今は自分より有香なのだ。

「どうか……」

 部屋に立ちすくんで、私は有香を思った。


 陣痛がきたとメールがきてから、もう何時間経っただろう。

 もう夜の十時をまわっていた。そわそわしながら有香からの連絡を待った。

 むやみに冷蔵庫を開けたり、シャワーを浴びたりするけど、落ち着けない。早く連絡が来ないかと思っていた時、携帯が鳴った。

 携帯を開くのも煩わしい。メールボックスを開くと、それは私の待っていた彼女からのメールではなかった。

「こんな時に! 紛らわしいのよ」

 手にした携帯を投げ付けそうになりながら、私は乱暴に放った。同時にまた鳴り始める。いらいらしながらもう一度開く。

「――っ」

 ――生まれたよ。

 一言のメールで、私の体から一気に力が抜けた。視界が霞んでくる。

「よかった」

 小さく口に出せば、涙はこぼれ落ちた。有香も子どもも、無事だった。


 ずっと心配だった。子どもは五体満足で生まれてくるのか。もしかしたらという気持ちもあった。彼女は体が弱いし、医療関係に疎い私には、あいつは早死にするんじゃないかと、思うこともあった。

 彼女の家は複雑で、苦労してきた人は、最後まで苦労するのかと思ったものだった。

「おめでとう」

 だからこそ、心の底から嬉しさが込み上げてきた。自分のことのようにほっとした。

 あとは、子どもがすくすくと育ってくれればいい。そう願いを込めて。


 数日後、お見舞いに行ったときの有香の様子は元気そうだった。

「あれだけ苦しんだのに、お腹を切ろうとしないなんて。鬼かと思った」

 くたびれた雰囲気は出ていたけれど、達成感も感じた。母になった人の表情は違って見えた。

「小さいね」

「うん」

 ガラス越しに子どもを見つめながら、私は思ったことを口に出した。小さい。生まれたばかりの子どもは、びっくりするくらい小さかった。

 私は末っ子で、滅多に子どもと触れ合う機会がなかった。苦手意識もあった。従姉妹が生まれたとき、私は小学生で、抱かせてもらったときは、こんなに重いのかと思ったものだった。今抱いてみると、なんて軽いんだろう。愛しくてたまらなかった。

「名前は?」

 そう聞くと首を傾げて少し意地悪く有香は笑う。快晴はやっぱり駄目だったよ、と残念がっていた。

「大地」

 大きく、元気にのびのびと育つように、祈りを込めて名前を呼んだ。




H21.9.3


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