第2話 事情説明
「あー……えっと、困ってる事はわかったので、もうちょっと詳しく教えてくれませんか?」
連れ戻してほしいだけだと俺に出来る事なのかもわからないし……と、人魚たちに事情の説明を求める。
すると、1人の人魚が歩み出て来た。
「私は末姫の姉の1人です。私からご説明します、勇者様」
とりあえず2つ分かったことがある。
この人魚は王女らしい。姫の姉なんだからたぶんそうだろう。
それから、俺は勇者という扱いらしい。……俺は勇者の血筋ではあっても勇者本人じゃないんだけどなあ……。
あー……光大ばあ様、元気だろうか……。
しばしの間を挟んで。
末姫の姉の人魚……長いな、姉人魚でいいか。姉人魚が説明してくれたところによると。
・ここは海の底にある人魚の国
・ゆるい感じの王制で、今代の王様は子沢山だったらしく王女様がいっぱいいる
・姉人魚は4人目の子供らしい
・捜索対象の末姫は7人目の子供で、一番下の娘ゆえに可愛がられていた
・末姫は好奇心旺盛で前々から陸への興味を隠していなかった
・その末姫人間の王子に恋してしまって、そして勢い余って魔女と契約してしまった彼女は、人間の足を得て陸に上がっていってしまった
・魔女は今はいない(姉人魚の笑顔が怖かったので、たぶん報復されてどこかに逃げたか死んだかしたんだろう)
そういう、まるで童話のような状況だった。
「状況は理解できた。陸に行って、末姫を捕まえてくればいいってことだよな?」
「はい。あなたには、妹をなんとかして王子から引き離し、この国に連れ戻してほしいんです……!」
姉人魚が深々と頭を下げると同時、周りに居た大勢の人魚も一斉に頭を下げる。
「ちょ、王族が簡単に頭さげるなって! やれることはやってみますから!」
「本当ですか!? ありがとうございます……!」
「ここって海の底なんですよね? 俺そんなに長時間は泳げないんですけど、地上にはどうやって行けば……」
「えーと、それでしたら海の生き物たちが協力してくれるはずです。彼らは彼女が陸に上がった事を大層悲しんでいましたから」
そう言って、あ! と姉人魚は何かを思い出した素振りで後ろを振り返る。
「良かったらこの子をお連れください」
姉人魚が差し出してきたのは、淡いピンク色のイソギンチャクだった。
……なにこの……ええと、魔物でいいのか?
ど、どういう用途で彼女(?)を託されたんだろうか……。
「この子はとても賢い魔物のようなので、海を移動する助けになってくれると思います」
怪しむ心情に出ていたのか、姉人魚はそう付け加えた。
まあ……別に受け取って損は無いか。
そう納得して、イソギンチャクを受け取った、その時。
『これからよろしくね、人間さん』
「喋った!?」
はっきりと少女の声が聞こえ、俺はかなり驚いた。
喋る魔物は余程強く、長く生き延びて知能が長くなった個体か……転生者で、なんとか念話とかそういう手段を獲得したものだけだ、って大ばあ様は言ってたんだが。
人魚にとっては魔物って喋るのが普通……なのか……? あ、いや姉人魚が「賢い魔物」って言ってたし普通ではないのか。
でも賢いなら喋ってもおかしくは……うん、おかしくはない、かもしれないよな?
そう思って自分を納得させ、動揺する思考を落ち着けたのだが。
『え、わたしの言葉分かるの!?』
「この子の言葉を聞き取れるのですか!?」
イソギンチャク当人と姉人魚の驚いた、という言葉に、推測は間違っていたことを知った。
……え、じゃあほんとどういう原理?
「わ、わかりますけど……」
引け腰になりながらそう返事をすると、ぷるぷるとイソギンチャクが震えて。
……あ、なんかイヤな予感。
触手を広げて勢いよく突進してきたイソギンチャクを、横に動くことで回避する。
『わたしの言葉が分かる人なんて初めて会ったわ!』
きゃあきゃあと嬉しそうなイソギンチャク……口調からしてメスなんだろうか……をどうどうと宥めつつ、姉人魚に説明を求める視線を向ける。
彼女は俺の目が求めるものを察してくれたのか、溜め息をひとつついて説明してくれた。
「この子は末姫が居なくなってしばらくした後、ふらりと現れた生き物で……。ただのイソギンチャクに見えますが、私たちの言葉を理解し、地面に文字も書いて見せたことから賢い魔物のようだ、ということはわかったのですが……他にはほとんど何もわかっていないのです」
その言葉を聞いて、ふと「このイソギンチャクが呪いかなんかでこの姿になった末姫っていう事があるのでは」という考えが浮かぶ。
だって、「姫がいなくなってしばらくして、現れた」だろ?
小説なら、こういうのはマスコットが実は目的のお姫様が変身した姿でした! なんていうフラグだったりするんだが……。まあ、これは現実だしな。
姉人魚とかが気付いて無いのも変だし、王子に恋したはずなのに、王子の所に居座ったりせず故郷に戻ってきたのも不思議だし。
流石に無いよな、うん。
補足コーナー
Q.イソギンチャクってこんな動けるの?
A.リアルのイソギンチャクは通常、時速数cmぐらいで移動する生き物らしいですが、ナトカのナビゲート役を務めるあのイソギンチャクは、若干動きがにぶいぐらいで、ひとと比べても遜色ない速度で動く、という設定です。
動きの速さについては、ファンタジー世界のイキモノだから、という事で気にしないでください。