VS魔王
サクサクサクと魔王軍を倒し、ついに私たちは魔王城にやってきた。
本来ならば、ここで魔王四天王みたいな準ラスボス級の魔物と戦って魔王の玉座に辿り着かなければならないのだろうが……私たちの目の前にあるのは、ガランとしたもぬけの殻状態な城内だ。
――――敵は、みんな逃げ出してしまったのである。
「ここまでの私たちの戦いを見れば、仕方のないことでしょう」
「ああ、己が所業とはいえ、あの戦いは、あまりに無慈悲すぎる」
しみじみと呟くマディールと暗い表情のツバルツ。
「仕方ないでしょう? 情けなんてかけられるだけの余裕がなかったんだもの」
敵は、人間よりも何倍も強い魔物なのだ。
一瞬の隙を見せれば殺されてしまうような相手に対し、無慈悲も何もあったもんじゃない。
情けは人の為ならず。巡り巡って自分の為になる――――というのが、本来の意味合いだそうだが、魔物に情けをかけたところで、到底自分のところに返ってくるとは思えない。
それなら完膚なきまでに、やっつけるしかないだろう。
なにより、私は魔物を殺してもいなければ傷つけてもいないのだ。
犠牲者ゼロなのに無慈悲とか、異世界は世知辛い。
「――――それより、いよいよ魔王との戦いよ。覚悟はいいわね?」
自分の意見に賛同を得られないことがわかっている私は、無駄な議論をせずにそう言った。
自分より頭一つ分以上背の高い二人を見上げる。
ツバルツは、ギュッと唇を噛み、静かに頭を下げた。
マディールは、私の前にスッと跪く。
「聖女さまの御心のままに。……私は、あなたの盾となりましょう」
…………正直、滅茶苦茶カッコいい。
しかし、彼の内心が――――盾役になってボコボコにやられたい!――――なのだということを知る私に、感動などできるはずもなかった。
むしろそのセリフで、不安がこみ上げてくる。
わざと魔王にやられたりはしないとは、思うのだけど……。
「魔王に勝ったら、好きなだけヒールをかけてあげるから、全力で頑張ってね」
そうお願いすれば、マディールはキラキラと瞳を輝かせた。
「全身全霊で挑みます!」
……意欲が出たようで何よりである。
「…………帰りたい」
反対にツバルツのテンションは、ズン! と下がってしまった。
まあ、ここまできて帰るなんて選択肢はありえないから、頑張ってもらう以外ないのだが。
私たちには、前進あるのみ、なのである。
最後にもう一度念入りな打ち合せをしてから、魔王の玉座を目指した。
そうして、ようやく魔王と対峙する。
「――――よくぞ、ここまでやってきた」
玉座から立ち上がった魔王は、身の丈三メートルはあろうかという美丈夫だった。
真紅の長髪の両脇に立派な巻き角が付いていて、なんとなくヒツジを思い出してしまう。
もちろん、目の前の魔王にヒツジのような可愛らしさは微塵もないけれど。
その上、魔王のマントの下からは、恐竜みたいに立派な尻尾がのぞいていた。
魔王って、哺乳類? それとも爬虫類?
…………いや、魔物だった。
「聖女よ、そなたは我が眷属を散々に痛めつけてくれたようだな。……しかし、それも、ここまでだ。魔族の頂点に立つ我は、完全無欠。傷も病も我が足下にも近寄れぬ。聖女、そなたの『ヒール』など、恐れるに足らぬわ!」
魔王はそう言い放つと呵々と笑った。
自分で自分を完全無欠とか……相当のナルシストのようである。
この世界には、マゾとか根暗とかナルシストとか――――そんな男性しかいないのだろうか?
私が残念に思ったことが顔に出たのだろう。魔王はムッとした顔になる。
「なぜ、恐怖に震えない?」
「怖いと思う必要がないからです」
質問に答えただけなのに、魔王はますます怒りだす。
「ナルシストの上に短気だとか――――重症ね」
私の言葉に、魔王は、ほんの一瞬ビクッとした。
「……重症だと?」
「ええ。そうよ。あなたは病が肉体的なものだけだと思っているの? 世の中には精神的な病だってあるのよ」
魔王は、本気で驚いたようだった。
底の見えない闇色の瞳がゆらいで、微かな怯えを宿す。
「そのような戯れ言に惑わされるものか! 我の精神が病んでなど、いるはずがない!」
「病気の人間ほど、己の病を認めないものよ。……ヒールをかけてみれば、すぐわかるわ」
「ならばやってみるがいい! 我は負けん!」
退くに退けなくなったのだろう。尻尾をビシッと床に叩きつけ、魔王は仁王立ちとなった。
ものすごい迫力だったが、私とてここで退くわけにはいかないのだ。
「ヒール!」
私は、声を張り上げた。
眩いほどの光が魔王を包みこみ、魔王はその長身を強ばらせる。
――――しかし。
「…………痛くない! 痛くないぞ!!」
魔王は、そう叫んだ。