快進撃!
その後、私は宣言どおりの進撃を開始した。
私を助けてくれたのは、なにより魔物の習性と性格だ。
弱肉強食で、強さこそ正義。戦って得た傷は己の勲章と誇りこそすれ負い目に感じる者など皆無の魔物たちは―――― 一言で言うと“満身創痍”だったのだ。
つまり『ヒール』がとんでもなくよく効くのである。
「エリアヒール!」
「クギャァァァッ!」
「グォォォッ! ……お、俺の、失った右目が――――見える!」
「ギゲェェェ! 角が! 欠けた角が元通りに!」
「背中の古傷が!」
「腰痛が!」
「関節痛が!」
「白内障が!」
…………うん。魔物は長命種。
皆さんいろいろお体のトラブルを抱えこんでいたようだ。
そのすべてを治癒されてしまった魔物たちは、とんでもない痛みに体を蹲らせることになった。
「…………うぅっ、五十肩が!」
「はっ!? 五百歳もさば読んでいるんじゃねぇよ!」
なにやら、どさくさ紛れの詐称と告発もあるようだが、そこは気にしない。
事実、そんな暇はないのである。
「今よ! ツバルツ!」
「ファイアーダンス!」
私の声に合わせ、魔物の軍団が痛みでまだ動けないうちに、ツバルツが炎系の全体攻撃魔法を放った。
燃えさかる炎が、健康になったばかりの魔物たちに襲いかかる。
「くっ! ……しかし、この程度の炎では、我らの動きは止められんぞ!」
「こんな軽い火傷、我ら魔物にとっては怪我のうちに入らん!」
体を炙る炎もなんのその。魔物たちはすっくと立ち上がる。
――――そう、そのままならば、きっと火傷は、それほど痛くはなかったのだろう。
魔物の誰一人、怯むことすらなかったに違いない。
しかし、
「エリアヒール!」
問答無用で、私は再び『エリアヒール』を放った。
途端、
「グゲェッ!!」
「ブォッ! ブォッ! ブォッ!」
「ギャァッッッッ~!!」
たった今立ち上がったばかりの魔物たちは、白目を剥いて、倒れ伏すことになる。
なにせ、私の『ヒール』は、悪いところをすべて消去して再生するもの。
つまり、この場合、彼らは火傷した皮膚を生きたまま剥がれて無理やり再生させられたと同じ目に遭ったのだ――――と思う。
その痛みは……想像を絶したようだ。
凶悪極まりない魔物たちが、全員涙目で叫んでいる。
かくいう私自身も、皮膚を剥ぐとか想像してしまい――――気持ちが悪くなってしまった。
しかし、同情は禁物だ。
なんといっても相手は魔物。
彼らの耐久力と根性は、人間の騎士よりずっと強いはず。
「ツバルツ!」
「……ファイアーダンス!」
「エリアヒール!」
「…………グッ、グッ、グッ」
「ウォォォ…………」
「……(ピクピクピク)」
二度目は立ち上がれなかった魔物たちに対し、私は情け容赦なく三度目の攻撃命令を発した。
「ツバルツ!」
「…………うぅ、ファイアーダンス!」
「エリアヒール!」
「ギェェェッ!!」
ここまでが、ワンセット。
――――私は、この後、同じことを五セットほど繰り返した。
トータル七セット。
結果、
「…………う、うわぁぁぁ~! もう、もう、嫌だ!」
「鬼だ! 悪魔だ! 鬼畜がいる!!」
「た、助けてくれぇぇぇぇっ!」
魔物の軍団は、全員這々の体で泣きながら逃げ出した。
私とツバルツ、そしてマディールの三人だけとなった戦場で、私はホッと息を吐く。
「……何故だろう。圧倒的な勝利を得たのに、罪悪感が半端ない」
ツバルツは、自分の両手を見つめ項垂れていた。
そんな彼の肩を、マディールがポンと叩く。
「次は、私も攻撃しよう」
「……ゾムド卿」
男二人でいい雰囲気を作っているが、マディールが攻撃に参加したいのは、絶対自分も『ヒール』の巻き添えになりたいからに決まっている。
感激するとバカを見るわよと言ってやりたかったが、今は我慢した。
まだまだ戦いは続くのだ。
こんなところで、優秀な魔法使いを落ちこませるわけにはいかない。
「行くわよ、魔王城!」
私の快進撃を阻む者は誰もいなかった。