ヒールの痛みを伝えたい!
私が、昨今のゲームやラノベで既にテンプレと化している異世界召喚に遭ってしまったのは、今から一年ほど前だ。
普通に路地裏を歩いていたのに、突然足下で召喚陣が光って、地面に吸いこまれ異世界に、という非常に基本に忠実なパターンの召喚だった。
その私の前に最初に跪いたのが、マディールだ。
フルネームは、マディール・ディム・ゾムド。
銀髪碧眼、国一番の騎士で王族の血もひくという絵に描いたようなイケメンハイスペック騎士さまは、この国の王の御前に私を連れて行った。そして、王直々に“聖女”として魔王討伐の旅に同行してほしいと懇願されたのだ
そこからのやり取りを、あえて説明する必要はないだろう。
私は、二つ返事で王さまからの依頼を引き受けた。
だって、私はオタクだし、引き籠もりとまではいかなかったけれど、運動するよりは家でマンガを読む方が好きなインドア派。異世界召喚は憧れで、ご褒美となっても忌避するものでは、まったくなかったからだ。
あ、もちろん魔王討伐の暁には、元いた世界の元いた場所と時間軸に帰してもらえることはしっかり確認済みである。
実際プチ帰宅を果たして、家でストックしていたお気に入りのチョコを取ってきたから間違いない。ちなみに私はタケノコ派で、マディールは断然キノコ派だった。
あまり信じてもらえないのだが、こう見えて私は案外しっかり者なのだ。
その後、村人出身の細マッチョイケメン勇者と、ネガティブ根暗メガネ男子魔法使いに引き合わされ、マディールと私を含めた四人で騎士の一個師団を率い、魔王討伐の旅に出ることになった。
意気揚々と旅立った私たち――――いや“私”は、その直後から大きな問題にぶつかっている。
その問題とは、他でもない聖女である私の使う聖魔法『ヒール』のことだった。
既にお察しのことだろう。なんと、私の『ヒール』は、とんでもない“激痛”を伴うものだったのだ。
悪い箇所を、問答無用で消去して無理やり再生するのであれば、その痛みも致し方ないのかもしれない。
「……ハッ! あ、あ、あ、うわぁぁぁっ!」
「嫌だ! もう嫌だ! 俺は騎士なんて辞めてやる!」
「こんな痛み、これ以上我慢できるものか!」
「逃げろぉぉぉっ!」
私がマディールと見つめ合っている間に、あまりの痛みに動けなかった騎士たちが復活し、一目散に逃げ出していった。
なんせ、彼らは『ヒール』で健康になってしまったのだ。その逃げ足はとんでもなく速い。
脱兎のごとく駆け去る彼らの姿には、騎士の矜持も何もなく、ただただ恐怖あるのみだ。
情けないと笑うことなかれ、私が彼らの立場なら間違いなく同じ行動を取る自信がある。
それほど私の『ヒール』は、痛かった。
ちょっとお試し気分で、自分の虫歯に『ヒール』をかけてしまい、死ぬほど後悔したから、よくわかる。
麻酔なしで歯をガリガリと削られて、神経むき出し状態で無理やり治療されてみてくれたら、きっと誰でもわかってくれることだろう。
しかもその痛みは、一瞬に襲いかかってくるのだ。
なおかつ、同時に治癒されてしまうため、気絶することすら許されない。
ジクジクとずっと続く痛みと、一瞬で終わるけれど死んだ方がマシだと思ってしまうほどの痛み。
一瞬だから、そっちがいいと思ってしまう人もいるかもしれないが、私はここで声を大にしてに訴えたい!
止めろ!
悪いことは言わないから止めておけ!
本当に死にたくなるから。
ともかく、私は、もう二度と自分に『ヒール』は、かけない! と、そのとき口の中から出てきたインプラントに誓った。
「おやおや、困ったものですね。また騎士が減ってしまいそうです」
ちっとも困った風もなく、マディールがうっそりと笑う。
「どうして、みんなあの程度の“痛み”を我慢できないのでしょうね?」
心底不思議そうなマディールの疑問の声は聞こえなかったことにする。
彼の感想は、痛いのが“大好き”なヘンタイだからこそ言えること。
喜々として私の『ヒール』を受けるなんていうヘンタイは、マディールだけである。
「これでは、魔王城に着く頃には、みんないなくなってしまいそうですね?」
「さすがに、少しは残るでしょう?」
「だといいのですが」
ガランとした部屋を見ながら、私とマディールは会話する。
残念なことにマディールの危惧は、一ヶ月後に的中した。
魔王軍との連戦の中で、何度も『ヒール』で癒やされ続けた騎士たちが、痛みに耐えきれず全員逃亡してしまったのだ。
そして、逃亡者の中には――――“勇者”もいたのだった。