ヒールとは?
お久しぶりです。
あっさりスッキリ終わる軽いお話です。
多分、4~5話くらい?
お楽しみいただけたら幸いです。
『ヒール』は、ファンタジー小説、あるいはゲームにおいて、万能な聖属性魔法である。
どんな傷や病も、たった一言呪文を唱えれば、みるみる内に治ってしまう。
聖なる癒しの魔法で、慈悲と善意の象徴。使い手は聖人、聖女と讃えられる。
しかし、ここで少し考えてほしい。
古今東西、どんな小さな傷や病でも完治するまでには時間がかかるというのがセオリーだ。
早くて数時間。ヒドければ何年、何十年と病んで治らずに死んでしまうことだってよくあるケース。
それを『ヒール』は、あっという間に治してしまうのだ。
しかも、怪我の痕も残らず後遺症も皆無。
これらのことから、私は『ヒール』は、傷や病の治癒ではなく、傷ついたり病んだりした部分を消去して、その後元通りに再生させるものではないか? ――――と、考えた。
だからこそ、どんな傷や病にも分け隔てなく効果を発揮し、何事もなかったかのような状態にするのだろう。
とまれ、それはどうでもいいことである。
『ヒール』の働き方がどうであれ、間違いなく効果があるのならば、そんなものどうでもいいのだ。
問題なのは――――、
「うわぁぁぁっ! 寄るな! 来るな! 俺は、絶対ヒールなんてされないぞ!」
「いやだぁ~! ヒールなんてされるより、死んだ方がマシだ!!」
「頼む! 殺せ! 今すぐ俺を殺してくれ!」
「助けて! 助けて! 母ちゃ~ん!!」
私が部屋に入った途端、周囲は阿鼻叫喚の巷と化した。
しかも、泣き叫んでいるのは、か弱い女性や子どもではなく、すべて屈強な男たち。
ここは戦場で、彼らは人間世界を侵略する魔物との戦いで傷ついた騎士だったりする。
そのほとんどは重症で、中には腕や足を失った者すらいるしまつ。
こんな戦場で重症を負ったままでいれば、いずれ死に至るのは火を見るより明らかなのに――――。
「だ、大丈夫だ! 俺は元気だから、ヒールなんて必要ないからな!」
私の前で、頭部を包帯でグルグル巻きにして、なおかつその包帯が血に染まってグショグショになっている騎士が、ジリジリと後退りながら叫んだ。
「……だから! その、ヒールは、こいつにしてやってくれ!」
彼が叫んで指さしたのは、片足を失って逃げようにも逃げられない重症な騎士だった。
二人とも、私が入ってくる寸前まで、息をするのも辛そうなくらいの様子だっただろうと思われる。
「てめぇ! 何を言っていやがる? さっきまで死にそうだって泣き喚いていただろう!」
「そういうお前だって、これじゃ戦えないと悲嘆にくれていたくせに!」
瀕死だったはずの彼らのどこに、こんな風に必死で怒鳴り合う元気があったのだろう?
「俺はいいんだよ! 侘しい独り身だからな! てめぇは婚約者が待っているんだろう? ということで、ヒールはこいつにしてください!」
「あ! こいつ、俺を犠牲にして自分だけ逃げる気だな? 俺よりこいつが重症なんで、ヒールはこいつにお願いします!」
二人は、互いに相手にヒールをかけてくれと、私に頼んできた。
聞きようによっては、美しい譲り合いの精神と言って言えないこともないのかもしれないが。
「ごちゃごちゃ五月蠅いわね! みんなまとめて――――エリアヒール!」
私は問答無用で、『ヒール』の広範囲バージョン『エリアヒール』を唱えた。
眩いほどの光が部屋いっぱいに広がる。
途端――――、
「ぐぇぇぇぇっ!!!!!!」
「ぐぉぅっ!!」
「ぎぎゃぐぉぇぇぇぇっ!!」
「…………(ピクピクピク)」
大絶叫の嵐が起こった。
思わず耳を塞いでしまうほどの大声だ。
そして――――光を浴びた騎士たちは、すべてきれいに治癒されていた。
足を失っていた騎士だって、五体満足になっている。
――――まあ、痛みに悶絶してもいるけれど。
やがて、悲鳴が途絶え、シンと静まりかえった部屋の中に、パンパンという手を叩く音が響いた。
「お見事です。さすが“聖女”さま。今日も実に素晴らしいヒールでしたね」
ほとんどの騎士が、項垂れるか泣き伏しているかしている中で、多少顔色を悪くしながらも普通に立って歩み寄ってきた騎士が、私に頭を下げる。
「マディール、あなたまたいたの?」
私は思わず呆れてしまう。
「はい。私にとって、聖女さまのヒールは、この上ない“ご褒美”ですから。あなたさまがおいでになると聞いたので、最前線で戦ってちゃんと負傷しましたよ」
マディールは、見惚れるほどのイケメン顔に恍惚とした表情を浮かべた。
「…………ヘンタイ」
「マゾヒストと、言ってください」
それは、どう違うのだろう?
私――――異世界に“聖女”として召喚された女子大生、安西静香は、眉間に深いしわを寄せた。