191220【雨】雨宿り2
それは土砂降りの雨の中。
部活の帰り道にある路地裏で、傘も差さずに突っ立ってるそいつを見つけた。
《雨宿り》
そいつは、いつも淡々としていてわかりづらくて
それなりに失礼で生意気だけど
妙に目が離せない後輩で
いわゆる『好きな奴』という存在だった。
そんな相手がずぶ濡れで立ってるのだからさすがに見過ごせるわけもなく
鞄に入っていた使ってないタオルを準備して、そいつに近づいた。
「おい、傘は?」
そいつが収まるように傘を傾けて、そう問いかける。
振り向いたそいつの顔は、いつもより一層無表情になっていて驚いた。
「あー、忘れました」
気にも留めてないような様子でそいつは言う。
何かあったとしか思えないだろ、それ。
「先輩、そんな近くにいると濡れますよ」
余計な気を遣ったような言葉。
どっから突っ込んだらいいのかわからない。
そんな場合じゃねえだろって。
「何でこんなとこで突っ立ってんだお前」
意味もなくこんなことするとは思えないんだ。
クールで生意気で、どこか大人びていたこいつが。
「洗い流したいものがあったんですよ」
ふっと遠いところを見る。
まるで何かを思い出しているように。
俺を見てない様子で、どこかを。
「だからって、こんな中いたらお前、風邪ひくし」
思考を遮るように声をかけると「あー」とやる気のない声。
自暴自棄にでもなってるんだろうか。
何があったんだろうか。
俺は、力にはなれないんだろうか。
「てか、何? 洗い流したいものって」
俺の質問に少しだけ間を置くと、苦しそうな笑みを浮かべてそいつは言った。
「先輩、失恋したことありますか?」
その台詞と、その表情とこの状況。
さっきからのやり取り全部繋げたら、何となくわかった気がした。
こいつは大人に一つ近付いたんだろうなってこと。
俺のことなんて、最初から見ちゃいなかったんだなってこと。
だから返す言葉は一つしかないってこと。
「あるよ」
正直、こんな形でするとは思ってなかったけど。
「っつーか、今したところ」
「今……?」
意味がわかってなさそうな顔で俺を見上げる。
いつも色々察するくせに、どうしてこういう時だけ察し悪いんだろうこいつは。
自分のことには無頓着なのか。
それとも、わざとか。
「そういうわけだから、お前がびしょ濡れなのを放っておくわけにいかねえんだわ」
半ばヤケクソでそう言うが、相変わらず伝わってる様子はない。
握っていたタオルを顔に軽く投げて「拭いとけ」と渡す。
納得いかなさそうなそいつはただタオルを見つめていて。
「拭け」
威圧してそう言えば、不貞腐れた様子で髪を拭き始めるそいつ。
こいつこのままで大丈夫なのか。
ちゃんと帰るんだろうか。
突然死んだりしないだろうか。
どんどん心配になってくる。
「あと傘も貸すから」
持ち手の部分を差し出すと、視線がぶつかる。
濡れた瞳でじっと見てきたそいつは
俺に一言問いかけてきた。
「先輩はどうするんですか」
正直、予想外の言葉だった。
「……折りたたみが」
「ないですよね」
もちろん言い訳なんて用意してるわけもなく、そんな物を持ち歩いたことのない俺の適当な嘘はすぐにバレる。
(だから何でこういうのはわかるんだよこいつ)
そんな文句を心で呟くと、そいつはふふっと笑い出して。
「な、なんだよ」
「いえ、わかりやすいなと思って」
いつもこいつの口から出る言葉だ。
本当にわかってほしいことはわからないくせに。
いや、俺もはっきり言う勇気はねえんだけど。
「わかってねーよ、お前は何も」
ため息と一緒にそう吐き出せば、不満そうな顔でこちらを見てくる。
そこには先程までの陰りはどこにもなくて。
それがすごく、嬉しくて。
「そんじゃ、失恋した者同士一緒に帰らねえか?」
少しでもお前の力になりたかった。
微塵も伝わらない想いだとしても、敵わなかったとしても。
それこそ、傘のように、一時的でもいいから。
「さっきも言いましたけど、先輩も濡れますよ?」
「いいよ。別に」
お前の傘になれるなら、なんて
こっぱずかしい台詞は結局頭の中だけで
俺は冗談も言えないまま
隣に並ぶそいつに傘を傾けた。
END