191220【雨】雨宿り
空を覆う雲。
土砂降りの雨。
まるで私の心のようだなんて自嘲気味に笑って
道の端っこで傘も差さずに立ち尽くした。
この体も、心も、全部洗い流せればいいと思ってた。
何もかも忘れてしまいたかった。
今までの全てを、何もかも。
《雨宿り》
「おい、傘は?」
突然後ろからかけられた声と自分を覆う影。
振り向くとそこには見知った顔があった。
部活は違うけど何故かよく話しかけてくれる同じ学校の先輩だった。
「あー、忘れました」
そういえば、と思い出す。
勢いで帰ってきたから何も考えられなくて、あの人の家に忘れて来てしまった。
まあ、どうでもいい。
もういらない、あんな傘も。
「先輩、そんな近くにいると濡れますよ」
私びしょびしょだし。
傘の半分を私に差し出す先輩は、何か言いたげな表情で私を見て。
「何でこんなとこで突っ立ってんだお前」
「洗い流したいものがあったんですよ」
あんな男を好きになった心も。
あんな男に弄ばれたこの身体も。
全部全部嫌になった。
ずっと、家庭教師の先生を好きだった。
私が高一の時からずっと担当してくれていた大学生の男の人。
その人のためなら勉強も頑張れた。
担当が変わってしまうと聞いて、思い切って告白した。
先生は受け入れてくれて、思いが通じたのだと思った。
でも、違った。
あの人には実は彼女がいた。
それに私が気付いた途端、付き合ってるつもりなんてなかったと告げられた。
そうして
この体に残った思い出は
私の全てを捧げた初恋は
醜く汚れた記憶となって私に残ってしまった。
「だからって、こんな中いたらお前、風邪ひくし」
「あー……」
別に風邪とかひいてもいいや。
何なら死んだっていいかなとすら思うし。
身体に残った見えない傷痕は、決して消えることはないのだ。
ずっとこのままなら、いっそ。
「てか、何? 洗い流したいものって」
何だか悲しそうな顔で先輩が私を見る。
そんな顔をされると思ってなかった私は、少しだけ困惑してしまう。
「先輩、失恋したことありますか?」
どこから説明しようかとそんな質問を投げかけた。
この気持ちは、きっと失恋しないとわからないと思うから。
先輩は「あるよ」と返してきた。
「っつーか、今したところ」
「今……?」
先輩も失恋してたんだ。
今ってことは、告白とかして来たところなんだろうか。
運動部のレギュラーで目立つ人だし、何だかんだ人気もそれなりにあったはずだけど
そんな先輩でも振られるんだな。
なら私が振られるのも仕方ないことかもしれない。
それにしても、そんな状態で私を見かけるなんて、かわいそうな人だ。
「そういうわけだから、お前がびしょ濡れなのを放っておくわけにいかねえんだわ」
先輩の理屈がわからず疑問符を頭に並べていたら、顔にポンとタオルが飛んできてびっくりした。
「それ使ってねえから。とりあえず拭いとけ」
「はあ……」
どうでもいいのにと思ってタオルを見てたら「拭け」と強く言われた。
その上怖い顔までされたので渋々髪を拭く。
まるでお母さんみたいだ。
帰ったらお母さんもきっと同じことを言うだろうな。
お母さん、心配するかな。
私、一人じゃないんだな。
でも、先輩も傷心の身なんだからそんなに私に構うことないだろうに。
「あと傘も貸すから」
ほら、と渡される先輩の傘。
私は先輩を見上げて当たり前の疑問をぶつける。
「先輩はどうするんですか」
「……折りたたみが」
「ないですよね?」
ぐ、と先輩が口を噤んだ。
そのやり取りがいつも通りで何だか面白くて、思わず吹き出してしまう。
「な、なんだよ」
どう足掻いてもこの思い出は消えない。
初めてというものは、無かったことに出来ない。
ずっと、どんな人と恋をしたって、きっと付き纏うだろう痛みになる。
でも、日常を歩く上では、忘れられるのかもしれない。
そんな風に思えてしまって。
「いえ、わかりやすいなと思って」
「わかってねーよ、お前は何も」
ため息混じりにそう言う先輩。
一体私が何をわかってないと言うんだろう。
せっかく答えを見つけたというのに。
不満を表情に浮かべると、今度は先輩がふっと笑った。
「そんじゃ、失恋した者同士一緒に帰らねえか?」
先輩はどうしても私に傘を差してほしいようだった。
ここまで濡れたら今更変わらないのに。
でも、何となくそんな優しさが心地良い。
「さっきも言いましたけど、先輩も濡れますよ?」
「いいよ。別に」
そんなこと言って優しい顔をするから、もしかして先輩も濡れたい気分だったのかな、なんて思いながら
結局、隣を歩くことにした。
END