191018【誕生日】特別な日常
2019年10月18日。お題は「誕生日」。
清々しい秋空の中、いつもと同じように授業を受ける二時間目。
先生の解説を聞きながら黒板を見て、視界に入る『友人』の背中。
また今日も屋上で話すのかななんてことを考えていたらふと思い出す。
(そういえば、あいつ今日誕生日とか言われてなかった?)
《特別な日常》
窓際の私の席から、一つ飛んで右斜め前。
教室では滅多に話さないけど、屋上ではよく話をする不思議な関係の男友達。
人気者で優しいと称され、いつでも友達に囲まれていた茶髪の彼は
最初は息抜きがしたくて屋上に来たと言った。
私は元々屋上に居座っていたため、そこでたまたま遭遇してしまったのがきっかけで。
気づけば約束もないのに毎日のように屋上で話す関係になっていた。
そんな友人が誕生日らしい。
さて、どうしたものか。
(そんな親しい間柄でもないし)
「おめでとう」と言うのすら何だか憚られるというか。
彼を囲む友人らと比べたら、恐らく私はただのクラスメイト。
そもそも、今日は誕生日をみんなから祝われて屋上には来ないかもしれない。
でも知ってしまったからには、何かしないとなぁと思ってしまったりする。
いつもと同じはずの日常が、急に誰かの記念日だ。
そんな小さな非日常に、適応できない自分がいて。
(困ったなぁ)
先生の並べる数字なんて頭には入ってこないまま
授業は簡単に過ぎ去っていった。
「何か今日は調子おかしいな」
屋上で空を見る私に後ろから声をかけてきたのは、悩みのタネであるその友人。
「ずーっとぼーっとしてただろ」って楽しそうに笑う。
誕生日の祝い方について悩んでる、なんて言えるわけはなく
「まあね」と返してまた空を見て。
「お前いつも空見てるなぁ」
「楽しいよ、空見てるの」
「俺はそんなお前見てるほうが楽しいかな」
何だそれ。
私はおもちゃではないのだけど、と心で呟いて
いつものように手すりに背を向けて
いつものようにパンを開けて
隣のそいつは、地べたに座ってお弁当を広げる。
何も変わらない景色。
「ねえ」
「んー?」
私も、彼の友達のように、突然「おめでとー!」なんて言えたらいいのだけど
何をこんなに悩んでいるのか
自分でもわからなくて。
「あんたさ、ここでご飯食べてていいの?」
「何だ? 急に」
「いや、今日ってだって」
――特別な日なんだし、きっと、みんなから祝われるんじゃないの?――
「……何でもない」
「何じゃそりゃ」
言いかけて感じたのは疎外感。
私は『みんな』には入っていないのだ。
だから息抜きとかいうこの時間も気にせず一緒にいられるのだろうし。
私は"友達"ではないのかもしれない。
(それは何か悲しい)
空はいつも変わっていて、それでもずっと空でいられるけれど
私はきっと、変わってしまったらもう戻れなくなりそうで。
「もしかして、今日が何の日か知ってる?」
「……まぁ、わりと、それなりに」
「何だそのボケた感じ」
その結論を知りたくないと、心が騒ぐ。
目を背ける。
『君の特別な日に私は合わない』なんて考える、そこにある真実。
「むぐ!?」
急に口に突っ込まれた卵焼きに変な声を上げる。
びっくりしてそいつを見れば暗い顔だと指摘されて
「そんなことないよ」って苦い顔で否定した。
そしたらそいつが優しい顔で笑うから。
「あのな、今日俺誕生日なんだよ。
だから、いつもみたいに笑ってくれると嬉しいんだけど」
知ってた事実と、想像してなかった言葉の組み合わせにきょとんとする。
「……そんなのでいいの?」
「ん?」
せっかくの誕生日なのに、と、言葉が零れる。
そいつはなぜか、嬉しそうに笑う。
「何で笑う」
「いや、俺の誕生日を特別に感じてくれたんだなって」
「それは、だって」
「充分だな」って笑う。
満足そうに、キラキラした顔で。
まだおめでとうも言ってないのに、笑う。
「俺な、この時間が一番大事なんだ。誰にも邪魔されないこの時間が」
その言葉の意味なんてわからない。
わからないけど、変な感じ。
心臓が、騒いでる。
「だから、今はそれだけで充分」
「今はな」なんて付け加えて、また日常に戻っていく。
置いてかれた私は『みんな』の中に入らないのは、つまりどういう事なんだろうなんて
出かけた答えに首を振って
戻れるはずのないいつもの時間に、必死に帰ろうとした。
END