ボロアパート
公園の横、雑木林に囲われた細い階段をくだると、左手に少し開けた場所がある。
「すきま風、雨漏り、益虫害虫、今なら妖怪も付いてくる。匠の築70年!お家賃驚愕ゴセンエェェン!!」
『何だよ。』
「何だよじゃねぇっす。なんすか、今日の現場。」
ツナギの背中には【コソドロ引越しセンター】の文字。
「手運びの距離なげーし、そもそもこんなトコ仕事になるんすか?」
ツナギの胸には【ほっかむりが風呂敷担いで小走り】のマーク
『解ってねぇなぁお前は、仕事になるから来るんだよ。』
手に持っている古い地図とモバイル画面上のマップには、一箇所だけピタリと揃う場所がある。
『いいか、この家は昔からの地主さんで、税金対策でワザワザ70年物の木造建築を残し、至る所に現金を隠してるパターンだよ! 所得隠しだよ! だから・あるんだよ。』
「本当っすか?まぁ・来たからにはやりますけどぉ。」
昼間からテンションのややこしい二人は引越し業者を装う盗人。これまでに数件荒らした腕はお見事である。
「なか入るとすげぇっすね。なんか旅館みてぇ。」
『お宝ってのは、こーゆーとこにあるんだよ。』
「セキュリティバッチリなタワマンも良いっすけど、こーゆーのも良いっすね。」
『そうだろ。廊下は鶯張り、雨戸は立て付けが悪い、階段は無駄に急だし手摺が無い、各部屋は引き戸、当然トイレは共同。これは本物だよ。プライベート空間ゼロ!こんなトコに住もうと思う奴は一人もいないよ!至る所に何か隠してるよ!』
二人のテンションは更にややこしく、一人はヒートアップ一人はクールダウン。
「そぉっすか?なんか、逆にシャレてません?風情っつーか趣きっつーんすか?有りか無しかで言われたら、ありっすね。」
『嘘だろ!お前どんな神経してんだよ!夜とかどーすんだよ!お楽しみ中にガラガラ引き戸開けられたら もぉ パニックだよ!』
「まぁ。それもお楽しみっ事で。」
『無理だよ!どぉやったらそんな風に考えられんだよ!』
「5年も入れば充分っすね。」
『あぁ…そう。ボロアパートの方がましに感じちゃうんだ。』
公園の裏、学生に人気のマンションの入口に自販機がある。
「社長、今日の現場は楽勝っすね。あ!ゴチでーす。」
ツナギの背中には【洗足引越しセンター】の文字
『専務の手際が良いから助かるよ。はい!』
ツナギの胸には【丸の中に足跡】のマーク
二人の手には缶コーヒー。階段を下れば…