虎浜翼は殴りたい ─零壱─
「世界は実は5分前に始まった事を信じてもらえますか?」
南十字棐という人間は虎浜翼にとって理解しがたい人間の一種だった。
勿論の事僕がクラスメイトの名前、否、すれ違った人間の名前すらも覚えているのだから忘れる筈はないし必要もない。そうとはいえ南十字棐という人間は影が薄かったと言わざるを得無い。はたまた真面目と言うべきか。偏差値は県内でも上から数えた方が早いとはいえ真面目な人間は極稀だ。個々の個性が強すぎるとでも言い換えようか。
それはともあれ、先程の内容に入ろう。『世界五分前仮説』というのは知ってる人も多いだろう。言わずもがな文字通り世界五分前仮説とは、「世界は実は5分前に始まったのかもしれない」という仮説である。そんな事が実際であれば僕も大喜びだがそれを証明する知識も論理も記憶もない。肯定も否定も出来ない。しかし、証明さえ出来れば救われる人は多い。何故なら、不運も不幸もそれなら“特殊”も全て元から決まっていた事と等しいからだ。全てを自分の所為じゃないと投げ出せたらどんなに楽なことか。
…とはいえ、これはあくまでも「世界は五分前に始まったと思いますか?」の場合の質問であり、「世界は実は5分前に始まった事を信じてもらえますか?」ではない。それとこれとでは全くを以て話が違う。誤解も甚だしいとも言える。但し、至って真面目な相貌を見るまでもなくそういう聞き方をしたのには意図があり、答を求めているのだ。
まるで、自分は五分前から世界が始まったかを知っているかのような口ぶり。奇妙奇天烈極まりない。
興味が湧く掻き立てられる関心を覚えて感心をして心を惹かれる惹かれて惹かれる惹かれて惹かれる好きだ。
頭の天辺から爪先に至るまでこれは面白い関わるべきだ、と叫んでいる。
僕が変わっている事もそれがおかしいことも認識しているし事実確り認めている。異端の何がおかしい。もしおかしいと言ってきた奴にはそう言って鼻息を吐いてそれで吹き飛ばしてやろうとくらいは思っている。
違うそうじゃなかった。考えているうちに別の思考を働かせてしまうのは僕の悪い癖だ。
「はぁ」
長い沈黙を以て、分かったような分からなかったような声を出した。考えている時は無駄な所に力を割きたくないという僕の意思表明に近いのだが、それをすっかり分からないと勘違いされてしまったのか、少し悲しそうながっかりしたような…肩透かしを食らったが的確な感じの雰囲気だ。ここを相談所か何かだと思ってもらっては困る。れっきとした『読書部』なのだから。因みに読書部に部室がいるのか?なんて笑って来るやつが来たら本の角について研究してもらった末に死んでもらう予定だ。
それは置いておくが、そんな勘違いをされてしまっては読書部員のプライドが許さない。どちらかというと個人のプライドの方だが。
それにいつまでもこうして考えていると帰ってしまう可能性もある、なんか最早帰ってしまいそうだやめてほしい。
だから、手始めにこう言ってみた。
「キミを信じよう」