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入学して半年が過ぎた。前世の私からは考えられない程、今の私は勉学、そして魔法と武術の鍛錬に励んでいた。
ソフィーの頭脳は素晴らしく優秀で、面白いように知識を吸収してくれる。その為、勉強が楽しくて仕方がないのだ。
魔法と武術は、どうせ将来は殺されるか騎士かの実質一択だし、使えないからと消されるより、使える国の奴隷になる方がマシだろうと思い、面白いように技能を吸収し思う通りに動いてくれる若い身体を動かしまくった。
何より魔法はヲタクの身としては夢がありすぎて特に楽しい。他人から見たら、自主的に訓練してるまである。
ちなみにこの学院、大学みたいに必修科目と選択科目の単位制なのだが、貴族の子女が通うだけあって必修が「王国史」「世界史」「経済学」「経営学」「政治学」「王国法律学」「基礎魔法学」「外国語(最低3ヶ国)」という、中々にガチなラインナップ。まあ騎士になるとしても、経営・経済学はともかく、他の科目は身になる科目ばかりだから、文句は無いわな。ミュンシュ国語が、英語みたいに共通第一言語扱いされてんのにはビビッたけど。
そんで、10人ちょいしか居ないAクラスだけど、一人はそこそこ仲良くなったけど、その子以外はほぼ交流が無い。それでも特別嫌われたりしてはいないし、授業で接する事があっても嫌がられることなく、ボチボチ表面上は友好的に交流はしている。
それと、格好を少し変えた。女子用のパンツタイプの制服があったので、寮にあった予備用の2着をそれにして、普段はパンツタイプを着用している。動きやすくて良い。髪も後ろで縛っているので、可愛らしい見た目には違和感が強いが、まあ別に他の御令嬢達のように、恋愛を楽しんだり結婚相手を見つけたりしたい訳では無いので気にしない。
そして、私には誰にも言えないが最強の趣味ができた。それがこちら。
「かァー…………、めェー…………、はァー…………、めェーーー…………。ッ波アアアァァァァーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」
ドゴォーーーンッ!!!!
「へへッ、完璧な再現度だぜ」
そう、魔法の使い方を覚えてからは放課後にこんな事をしている。必殺技再現だ。マジで楽しいんだなコレが。
流石に人に見られると恥ずかしいので周りには細心の気を遣っている。
ドサッ!!
つもりだったんだよなぁ……。
「え゜っ」
「な、なな、な、」
振り返って鞄を取り落とした主を見遣る。どぅえーーーい、ジュリエッタ=ソラル公爵令嬢様やないかぁい……。
まあ、見つかったもんはしょうがない。
けれど、流石にはっちゃけ過ぎた場面を見られ、いたたまれず閉口していると、公爵令嬢様から爆弾発言が飛び出す。
「もしかして、ドラゴン○ール……?」
「っはァア!?なぜそれを……ッ!?…………、な、ま、まさか!!?」
「なっ、やはり、貴女もですのね!!?」
どわーーーッ!!!!お、お前も転生者かァーーーーーい!!!!!!!!!
「そう、やはり貴女も転生者ですのね……。ではこの世界が『マジコイ!』と同じというのも?」
ジュリエッタ嬢が祈り捧げるように言葉を紡ぐ……美しいなおい……、じゃねえわ。そうじゃなくて、待ってくれ。いや待ってください。
えっと…、その……、『マジコイ!』とやらは、ナニ?
「どぅえあいっ?その、ま……?マジコイ……?って、なんですか?」
「えっ?!」
「え?」
ジュリエッタ嬢曰く、この世界は『マジコイ!』とかいうスマホ向け乙女ゲームと同じだそうだ。いや、知らん!
「マジック(魔法)+本気+恋」でマジコイってか。やかましいわ。
そしてヒロインのデフォルトの姿が私と同じだとか。どこぞのヒロインかと思った私は正しかったらしい。
「ヒロインの貴女が転生者の可能性は考えておりましたが、『マジコイ!』を知らない転生者というのは想定外ですわね」
「いやぁ、まあ、その乙女ゲームとかあんまり興味無くてですねー」
「殿下達に近付かないどころか、女性らしさから遠ざかるのも想定外でしたわ」
「あー、恋愛自体、最早興味無いですからねぇ……」
「えぇっ!?そうなんですの!?殿下やゲマール侯爵家のクロード様を熱心に見つめていらっしゃったけれど……?」
「ウッ!」
ヤベェ!バレてた!心肺停止!しかしあれは……あれは……
「!ははーん、なるほど〜?」
顔面蒼白で口篭っていると、ジュリエッタ嬢が何かに気付いたようにニヤリとした。
「薔薇、ですわね?」
「ヒゥ……!!」
ああ、ジュリエッタ嬢の鬼の首を取ったような表情。……終わった。自首しよう。鞭打ちを受けるしかあるまい。そうだ、そうだとも。高位貴族の御令息方は本当、輝かんばかりのイケメンばかりでよ。特に殿下の御尊顔の耀かしさたるや。前世で好きだった『東 たけのこ』先生のビーのエルの攻め顔が三次元に降り立ったかのよう。そんな存在が他のイケメンと仲が宜しいところを見るとさ、煩悩がさ。しょうがないだろ。前世からそうだったのだ。更生の余地は無いのだ。死んでも変わらんのだ。
なので、ここで私が取れる選択肢は謝罪一択。
現時点を持って感情は消え去った。気分は最早、ギロチンの処刑台に昇る気持ちである。
「……その……、すみません、その通りです。申し訳ございません……」
「!!!!嗚呼!あぁ、神よ、感謝します!!!!嗚呼、同志よ!」
……んぁ?
「わたくしもね!その、動く殿下達が仲睦まじくされているのを見るとやっぱり想像が止まらないのよ!一応名ばかりとは言えね、許婚ですから、イケナイって分かっているのだけれど、分かってはいるのだけれど!」
お、おう……?あの、あれ?様子がその、大変におかしい、違うえーと、頭悪い展開だな……??違う考え過ぎて失礼極まりない。
「でも流石にね!この世界では本物の殿下ですから!ネット上に思いの丈をぶつける訳にもいかず、ずっと悶々としておりましたの!ですが!神は見放さなかったのですわ!ねえソフィーさん!わたくしとお友達になってくださらない!?」
「じぅゅ!?ジュリエッタ氏……!?あいや、ジュリエッタ様もこっち側だったんですね」
「ウフッ、ジュリエッタ氏……、良いわね……!今後ソフィーさんは私をそう呼ぶことよ?って、そうそう!それで!?お友達になってくださるかしら!?」
お、ぉおう……、私の考えを遮ってまで熱い想いをぶつけてくるじゃねーか。てか、ジュリエッタ様、じゃないな……、うむ、ジュリエッタ氏が鼻息荒くギラギラとした眼差しで私を見つめる。
まさかの展開だが、なんだかこういうの懐かしくて、良いな。
「もちろんです。ソフィーで良いですよ、ジュリエッタ氏」
「ッッッッ!!!!!ありがとうっ!!ありがとう!!!!」
興奮しながら私の手を握ってブンブン振るジュリエッタ氏は、大変可愛らしかった。
ジュリエッタ=ソラル公爵令嬢。
ここ、ミュンシュ王国筆頭公爵家の長女にして、エドモン=ミュンシュ王太子殿下の許婚。煌めく銀の豊かな長髪の巻き毛と意志の強さを伺わせる燃えるような瞳はガーネットの美しい顔立ち(ちなみに私の好みのかっこいい系美女)。100人に聞けば100人が美少女だと答えるような彼女の美貌と、類稀なる聡明さ、立ち居振る舞いの優雅さに右に出るものはいない。一部の隙も許さない御令嬢。紛うこと無きレディ。貴族に牛耳られた経済圏にも影響を与え得る叡智を有している。そう、既に貴族社会でも一目置かれた存在である。
と、いうのが学院に入ってから私が聞いたジュリエッタ嬢のもっぱらの評判だった。
だったんだけどなぁ……。
「オラに元気を分けてくれーーーーーッ!!!!!!!!!!!」
今私の目の前にいる、鈴の鳴る声で腹一杯叫ぶジュリエッタ氏はどういうことだろう。
「ソフィー!早く!元気分けて!」
「わ、分かった」
元気○の再現の為に私はジュリエッタ氏が掲げた手元に魔法を生み出す。
「くたばっちまええええぇぇぇぇぇーーーーーっっっッッッッ!!!!!」
ドゴオオオオオーーーーン!!!!!
今代最高の淑女と謳われる公爵令嬢様が「くたばっちまえ」って。親が見たら卒倒するぞ。
「ソフィー凄い!これ物凄く楽しいわね!わたくしはソフィー程魔法の才が無いから今まで考えもつかなかったわ!」
「でしょ?けど、社交界で名高いジュリエッタ氏がくたばっちまえって叫んでるの、めちゃめちゃ面白いっすよ」
「ウフフ」
私の友達になったジュリエッタ氏は、早速自分も必殺技を撃ってみたいと言ってきた。
しかし残念ながらジュリエッタ氏に攻撃魔法の才は余りなく、自力での必殺技の再現は難しかった。
そこで、私がジュリエッタ氏の動きに合わせて魔法を発動させることにした。それがさっきの元気○。
ちなみにもう5発目だ。
「あら、もうこんな時間なの……。流石に運転手が心配してしまうわね。名残惜しいけれど。付き合ってくれてありがとう、また明日ね、ソフィー!」
「ええ、また明日」
笑顔で別れを告げるジュリエッタ氏は、元気○をぶっ放していたのと同一人物とは思えない程優雅だった。