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5 黒い二人

 次の日の朝、教室に入ると「ねえねえ知ってる?」と、突然クラスの女の子が声をかけてきた。


「どうしたの?」

「みーちゃん、好きな人いるんだって!」


 きた、と思った。好きな人。私の苦手な話。

 どうして苦手だったかは、昨日分かった。何かを好きだということを、私が恐れてしまっているから。人でも、物事でも、なんでも。

 なんとなく、それじゃあだめな気もして、それでもやっぱり苦手だから、ぐちゃぐちゃの気持ちのまま、そうなんだ、と言って笑って逃げるようにその場を去る。私があまり興味をしめさなくても、彼女たちは気にしないようで、ほっとする。


「恋の話、好きだよね」


 教室の後ろにあるランドセルの棚に今日の荷物を入れていると、後ろから話しかけられた。ランドセルを入れて、振り向くと、まいまいがそこに立っていた。おはよう、と笑う彼女は、恋に興味はないのだろうか。


「もうすぐ合唱会があるでしょ。それで、だれそれは合唱係になるらしいから、あの子もしちゃえばいいよーとか、そうやって、なんでも恋の話につながるの。びっくりしちゃった」


 合唱会。年に一度、クラスのみんなで歌う日。私の一番苦手な日。

 その話になるのが嫌で、私は好きな人の話をすることにした。本当は、こちらも苦手だけれど、まいまいなら、さくっと返事をしてくれそうだ。


「私は好きな人、いない。まいまいは?」

「私もいない。よくわかんない、そういうの。今は勉強が一番大事」


 思ったよりさくっとした返事に、私は思わず笑ってしまう。まいまいは、受験生だ。この夏も、ずっと塾に通うと話していた。

「まいまい、は、さ。どんな学校に行きたいの」

 きっとまいまいは、夢があって、そこに向かうために受験が必要なのだろう。そんなことを考えていたら。

「お母さんとお父さんが行っていた学校」

 やっぱりさくっと、まいまいは言った。意外な答えに、私は言葉を失ってしまう。

「びっくりした?」


 クサキに負けず、私も嘘がつけないのかもしれない。ちょっとね、と答えると、まいまいは照れたように笑った。

「受験生ですって言うと、クラスでも少ないし、すごい! って言われるけれど、初めてきかれたよ、どんな学校に行くのって」

「そ、そうなの?」

「うん。なんとなくミドリとはそういう話、しなかったね」


 少し大人びた口調のまいまいは、ときどき大人のような表情をするときがある。今もそうだ。どうしてだろう、どこか少し、悲しそうに見える。


「どんな人になりたい! って気持ちで受験するわけじゃないんだ。親がしろっていうから。でも塾には、夢を持った人がいるし、面接ではそういうことをアピールするんだって、先生たちが言ってる」

 まいまいは、はあ、と深いため息をついた。うんざり、なのかなあ。

「ごめん、朝から。毎日悩んでいるんだ、私」

 驚いた。受験生のまいまいはいつも勉強熱心で、将来になんの不安もないと思っていたのに。


「それでも、まいまいは勉強をしているのは、すごいことだとおもう」

「ん?」

「何かに一生懸命になっている人を見ると、勇気をもらうって、昨日、そう思う出来事が、あって……それで」

 うまく言えない。でもまいまいは、笑ってくれた。同い年の笑顔。


「ありがとう、ミドリ」

 まいまいが両手を広げて、私にがばりと抱きついた。私は慌てて、ぎゅっと抱きしめかえす。元気出たよーと叫ぶまいまいの声に気がついたクラスメイトが、なんだなんだ、と集まってくる。私は笑いながら、少し、泣きそうにもなる。

 朝の少しの時間、ちょびっと話しただけで、知らない世界が見えた気がする。

 こんな気持ち、忘れていた。

 クサキのおかげだなあと思う。




 お昼ご飯を食べて、すぐに私は図書室にかけこんだ。隅っこの隅っこの席に座って、絵本を開く。

「おはよ!」

「おはよ、ミドリ。びっくりした、昼間で会えないなんて」

「ごめんね、でも、ゆっくり話をしたくて、昨日のこと」


 私が切り出すと、クサキは不安そうに、おう、とうなずいた。昨日の私のひとりごとは、クサキには聞こえていなかったのかもしれない。


「クサキの夢の話」

「あ、ああ。考えてくれたか」

「クサキ、すぐに消えちゃうんだもん。本当はすぐにでも返事ができたよ。あのね、私、クサキの夢をかなえるの、絵本を作るの、手伝うよ」

 そう、言った、その瞬間だった。



「よく言った」

 私の頭上からふってきたのは、昨日も聞いた、女性の声。

「契約は成立だ」

 私の肩に、足に、顔に、黒い煙が触れた。

 あっと思ったときにはもう、私の体全体が黒い煙に包まれていた。




「クサキ──」

 私の声は、煙に吸い取られていくように、響かない。目を開けていられないほどの煙に、私は怖くなってもう一度叫ぶ。クサキ。返事はない。どうしよう、何が起こったのだろう。

「──リ、ミドリ!」

 遠くからクサキの声がして、わっと目を開けると、そこは真っ白な空間だった。椅子に座っていたはずの私は気がついたら立っていて、目の前に、クサキが浮かんでいる。ふわふわと。絵本はない。


「……ここは」

「黒い二人だ」


 クサキが私の後ろを指さした。



 ゆっくり振り向くと、そこに、二人の人がいた。

 一人は、長い黒髪をひとつにまとめている、格好いい女の人だった。赤い口紅が目立つ。背が高い。ぎろりと私をにらみつけている。怖くて思わず視線をそらす。

 もう一人はさらに背の高い男の人で、薄茶色の髪の毛は鳥の巣みたいにふわふわとしていた。女の人に比べて優しい表情で、まんまるのメガネをかけている。


 二人とも、真っ黒の格好をしていた。

 黒い人。クサキが言っていたのは、この人たちのことなのだろう。



「ミドリだったか」

 女の人が、低い声でたずねてくる。怖い。私が何度もうなずくと、女の人の隣にいた男の人が、もおーと優しい声で女の人に話しかけた。

「どうしてそう怖がらせるんですか、ビズムさん」

「む、怖いのか、ミドリ」

「怖いに決まってますよ、ねえ」

「ロットは黙っていろ」


 不思議な名前。ビズムとロット。どういう漢字を書くのだろう。もしかしたら、日本の名前ではないのかもしれない。

 ロットと呼ばれた男の人は、もうーと苦笑しながら、黙ってしまった。あのお兄さんとお話がしたかった。女の人は、怖い。


「怖いよ、ビズム!」

 私の後ろにいたクサキが、私の肩を通り越して、私の目の前にふわふわと移動した。クサキが叫ぶと、ビズムと呼ばれているお姉さんは、む、と険しい表情になった。


「怖がらせるつもりはない……契約が成立したから、その詳細を伝えたいだけだ」

「いきなり黒い煙に包まれて、よくわからない空間に飛ばされたら、誰だって怖い! 俺だって、まだ二人のこと、ちょっと怖いんだからな!」

「それにしてはまあ、よくしゃべる……まあいい。驚かせたのならすまない。私はビズム。職業はまだ秘密だ」

 言わないんですか、と割り込んできたお兄さんが「僕はロットです」と微笑んで、手を差し伸べてくる。手を取ると、クサキと違ってしっかりと握れた。でも、やけに冷たい。ちょっと怖くなる。


「秘密だ。いろいろ話したいが、ここは学校。休み時間には限りがある。ミドリ、今日学校が終わったら、話がある。いつでもいい、クサキの夢の話についてだ」


 クサキの夢の話について、どうしてビズムさんとロットさんが話す必要があるんだろう?

 職業が秘密ってどういうこと?

 そもそも、ここはどこ?

 何が起こっているの?

 クサキはどうして浮かんでいるの? 絵本はどこに行ったの?

 たくさん聞きたいことがあったけれど、全て飲み込んで、はい、と答えるしかできなかった。何より怖くて、立っているのがやっとだったのだ。


「怖がる必要はない。私は、怖いものでは──」

 ビズムさんはそう言って、はて、と動きを止めた。

「ロット。私たちは、怖いものであるかもしれないな?」


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