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18 俺が選んだミドリだぜ

 切り株の上に、男のが一人座っている。クサキによく似た男の子だ。膝を抱えて、隣にいる女の子のことをじっと見つめている。その女の子は、髪の毛が腰のあたりまであって、しろいワンピースを着て笑っている。


「クサキは絵が上手だね」

「……ありがとう」


 クサキが、嬉しそうに微笑む。素敵だな、と思う。

 画用紙をめくっていく。とても細かく描かれた森が目に入る。私はごくりと唾を飲み込む。これを私も描くんだ。楽しみでもあるし、緊張もする。できるかなって気持ちと、できるよって気持ちが、心の中でゆらゆら揺れる。


 クサキの文字は、とっても几帳面な文字だった。私よりもきれいな字。もしかしたら習字を習っていたのかもしれないと思いながら、ゆっくりと物語を読み始める。


 じっくり時間をかけて文章を読んで、絵を見て、もう一度文章を読む。

 それを何度も繰り返して、ページをめくっていく。

 時々感想を言ったりもしたけれど、ページをめくるごとにそれは少なくなっていった。物語に引き込まれていったのだ。




 物語の主人公は、切り株の妖精。切り株はもともととても大きな木で、彼はその木の妖精だった。大きな木だからすごいんだ、と、妖精はずっとえらぶっていたから、他の妖精の友達がいなかった。でも、彼は、木の上で景色を見ているだけで充分幸せだった。木のてっぺんに立ってみる景色は、他の誰にも見られない景色だったから。


 大きな木は、ある日人間に切られてしまう。立派な木だといって人間は喜んでいたけれど、妖精は嬉しくない。切り株から離れられず、他の木の妖精にもえらぶっていたやつがなんだいと馬鹿にされた。何も言えない彼は、すねて、地面を見るばかりの日々を過ごす。


 するとある日、知らない妖精が現れる。白いワンピースを着た女の子の妖精だ。その子は、木の近くに生えた小さな花の妖精。木の妖精は、初めての友達ができる。


 それでも花はすぐに枯れてしまう。花の妖精も木の妖精も、そのことは知っていた。


 木の妖精は、別れがつらくて、だんだんと話せなくなっていく。それでも、花の妖精は木の妖精に話しかける。木の妖精は泣くほど悲しくて、でも、花の妖精に強くあたることもできない。


 木の妖精は考える。お別れが悲しいのにどうして出会ったんだろう。星空を見上げながら、自分の小ささと、出会いの偉大さを知る。こうやって彼女と出会わなければ、僕はこんなことすら知りえなかった。


 木の妖精は、ぽつりぽつりと、花の妖精に話をするようになる。今まで見てきた景色のこと、たくさんの出来事、そして、ちっぽけだった自分の話。


 花の妖精は、あなたに会わなかったら、こんなにたくさんのことを知ることができなかったと、笑って消えていく。


 木の妖精は涙をぽろぽろと泣きながらも、いなくなった彼女のそばに、新しい芽が生えていることに気がつく。また、友達ができる気がする。そう言って、木の妖精は晴れ渡る空を見上げ、ありがとうとつぶやく。




 読み終わって、私は静かに目を閉じた。

 たくさんの感情がかけめぐって、うまく言葉にならない。

「……どうだった」

 クサキの声がぽつりと聞こえて、私は静かに目を開けた。私の目の前を、心配そうな表情で、クサキがふわふわと浮いている。

「なんとか言ってくれよ」

 そっか、自分の作ったものを見てもらって、何も言われなかったら不安だよね。


「よかった」


 どんな感想を言っても、その言葉に勝てる気はしなかった。


「すごくよかった。私、このお話好き。たくさんの人に読んでほしいと思う」

 クサキはそっか、と笑った。私の思いは、きっとクサキに届いているはずだ。

「緊張するよ、私が作るの……うまくできるかな」

「できるさ」

 クサキが両手を広げる。

「できるに決まってる。俺が選んだミドリだぜ」

 嬉しい。陽だまりの温かさだ。

「ありがとう。できるよね」


 死神さんふたりに視線をやって、頭を下げる。

「この下書き、こうやって画用紙に描いてあるのを見られてよかった。本物に限りなく近いものを見ることができて……すごく幸せです。きっとどんな形でこれに触れるよりも、これが一番、伝わってきます。クサキの気持ちも、ビズムさんとロットさんの優しさも」

 ビズムさんが足を組み、満足そうにうなずいた。ロットさんがふいと顔をそらす。もしかして、泣きそうなのかな。


「最高の絵本を作ります」

 ビズムさんが立ち上がる。

「完成を楽しみにしているよ」


 黒い煙に包まれて、私は元の世界に戻る。最初は怖かったこの煙も、今では優しく、温かい。




 私の部屋に戻ってすぐに、買ってきた白紙の絵本を広げた。新しい鉛筆を用意して、準備完了だ。


「じゃあさっそく、ミドリが、俺の絵を真似て下書きをする作業からだ!」

「さっきの下書きが、手に入ればね」

「本当だよな。世界が違うから無理、っていうことらしいけれど」


 クサキは肩をすくめると、自分が立っている絵本の隅に移動した。両手を振って、一ページ目を頼む、と叫ぶ。すると、真っ白だった絵本に、下書きが浮かび上がってきた。クサキが描いた下書きだ。

「さっき白いところで見たやつ!」

「うおー!」


 絵本の隅で、ぴょんぴょんとクサキが跳ねている。かわいい。


「案外便利かもな、これ。俺が移動しながら、ここはもうちょっとこうしてほしい、とか言える……すごい!」

「ね! 楽しくなってきた! じゃあ、まずは全部のページ、下書き?」

「そうだな。見開き十ページ! それと、表紙と裏表紙!」

 すごい量だ。こんなにたくさんの絵を描いたことは、今までにない。

「よろしくお願いします、クサキ先生」

「まかせたまえ!」

 二人で目を合わせて、大声で笑う。大変な道も、二人で歩けば楽しそうだ。



 絵本の下書きは、クサキと話をしながら、黙々と作業を進めた。

 クサキの言う通り、たくさんの濃さの鉛筆を用意しておいてよかった。最初に薄い濃さである2Hの鉛筆で、どこに何があるかをざっくりと描く。次に、少し濃い濃さのHの鉛筆で、細かな部分を書いていく。最後に、いつも私が使っているBの鉛筆で、影になる部分に線を入れていく。

 私がいつも使っていたBの鉛筆は、絵本の中ではすごい存在感を放つ。


「Bの鉛筆で描くのは、本当に濃い部分だ。あまり描きすぎると、水彩絵の具が映えない」


 クサキはいろんなことを知っているなあと思いながら、私は懸命に鉛筆で絵を描き続けた。文字は色鉛筆で書こうと言うことになり、一番薄い鉛筆でうっすらと下書きだけしておく。

 見開き一ページ分描くだけで、右手の側面が鉛筆で真っ黒になってしまう! 一日目は慣れるのに時間がかかったから、見開き一ページでへとへとになった。


「今日はここまでにしよう。時間はまだたくさんある。一ページできただけでも上出来だ」


 クサキ先生がそう言ったので、私はありがとうございますと言ってベッドにダイブした。枕に顔をうずめて、目を閉じる。疲れが、ベッドにしみこんでいく感覚。

 何時間かかったんだろう。へろへろだ。私は、今まで読んできた絵本や漫画の作者さんを尊敬した。絵を描くって、何と言うか──「魂から疲れる作業だね」。

 私のつぶやきに、クサキはげらげらと笑った。


「何でそんなに笑うんですか、クサキ先生……」

「いや、なるほどなと思ってさ。物語を考えるときも、俺の魂を削ったぜ」

「そっか……そうだよねえ、大変だね」

「大丈夫か?」


 クサキの真面目な声に、私はがばりと顔をあげる。その声は、もうやめたくなった? と言っているようにも聞こえたのだ。クサキは、心配している。いらない心配だ。


「大丈夫に、決まってる!」


 私が叫ぶと、クサキは嬉しそうに白い歯を見せて笑う。


「そっか、ならよかった!」

「変な心配してたでしょ。顔に、ミドリがやめるっていったらどうしようって、書いてあったよ」

 私が笑うと、クサキはまじか、と両手で自分の顔をかかえこむ。無意識だったみたいだ。

「相棒を信頼してくださあい」

「う……ごめん」

 しょげるクサキ。まっすぐで、分かりやすくて、正直な男の子。


「うそうそ、クサキの気持ちもわかる。でも、信頼していいよ」

 親指をつきあげると、クサキも親指をつきあげた。



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