16 大切なのは
家について、さあ、クサキに話をしよう! と思って部屋のドアをあけたら、そこにはビズムさんとロットさんがいた。ベッドと勉強机の椅子にそれぞれ腰かけて、どこからか出した机を挟んで、お菓子を食べている。優雅な死神。
「お帰り、ミドリ」
ビズムさんが手をたたくと、机とお菓子はどこかに消えてしまう。
「ど、どどど、どうしましたか」
「クサキからの伝言だ」
おなかのあたりが、きゅっと痛くなる。
クサキに、何かあったのだろうか?
「クサキは、缶詰だ」
「……へ?」
どういう意味だろう?
「クサキ、缶詰になっちゃったって、どういうことですか」
おそるおそる聞いてみると、死神二人はきょとんとした顔で目を合わせて、同時にからからと笑い始めた。私はどうやら、何かを勘違いしているみたいだ。
「何ですか!」
「いや、あはは、だめだ、かわいいぞこの子。ロット、頼む、ひひ」
「ビズムさん、笑いすぎですって、はは、ああかわいい」
かわいいと言われても嬉しくない。むっとしていると、なぜかその顔を見て、また、かわいいと笑われる。大人ってこういうところがよくわかららない!
「ミドリさん、缶詰っていうのは、ふふ、部屋などにこもって、作品を作ることに集中するっていうことですよ。クサキさんの場合は、部屋ではなくて、絵本ですね」
「ということは……出てこないってことですか?」
「そういうことです。集中したいそうです。なかなか納得するものができなくて、このままだと、ミドリさんの夏休みがはじまってしまう! と。今日の昼ごろに、暴れていましたねえ」
うんうん、とビズムさんが苦笑しながらうなずく。私には、そんなクサキは想像できない。
「それなら、仕方ないですね……クサキと話したいこと、あったんですけど」
「ほう、どんな話を?」
「今日の昼休み……」
言いかけて、気がつく。そういえば、この二人も、男女だけれど、恋人ではない。
「あの、お二人は、上司と部下の関係なんですか」
「どうしましたか、急に」
ロットさんが目を丸くする。ビズムさんが「そうだが」と首をかしげる。
「その……私のクラスでは、男女が一緒にいると、すぐに、恋だのなんだのって言うんです」
「ああ、この前も話していたな……」
言いながら、ビズムさんがにやにやと笑い始める。
「おい、まさか、私とロットが……なんて、考えたか?」
ビズムさんが、天を仰ぎながらお腹を抱えて笑い始める。一方のロットさんは、恐れ多いです、と何でも手を横にぶんぶんと振っている。
「ミドリ、あのな、あはは、ロットは、恋人がいるぞ」
「え、そうなんですか!」
「ビズムさん!」
ロットさんの顔が、一瞬にして真っ赤になる。大人が子どもみたいな表情をすると、とてもわくわくする。
「どんな人ですか!」
ほら、答えてやれ、とビズムさんがロットさんを肘でつつく。わくわく。ロットさんは、ええ、と困ったように首を何度もかしげている。
「どんな人って……素敵な」
耳まで真っ赤だ。こんな風に、好きな人の話をしている人、クラスにはいない。
「すごい、誰かを好きになると、大人でもこんなになっちゃうんだ……」
ビズムさんが「そりゃあそうさ」と笑う。
「ロットは、それはそれは、恋人にめろめろなのさ」
「どんな人ですか!」
「空の色をした髪の毛と瞳、笑顔が可愛らしい、地元でも評判の優しい天使さ」
死神と天使!
「素敵!」
「だろう? その天使は、とある魔法使いの元で働いている。気立てのいい明るい子だよ。ミドリ、ロットは、とっても優しく見えるだろう?」
こくりと頷くと、でもな、とビズムさんが微笑む。
「誰にでも心を開くわけじゃない。なかなかに難しいやつなんだ。私だって、ロットの本心を垣間見るのに時間を要した。でもね、その天使の子は、一瞬にして、ロットのすばらしさに気がついたって、あるとき言っていたよ」
「そうなんですか?」
ロットさんが、目を真ん丸にして笑っている。おっと、とビズムさんが肩をすくませる。
「しまった、秘密の話だったか」
「彼女はなんて?」
「目を見れば、分かるそうだよ。ロットは優しくて、でも強いから、本当の気持ちを隠しがちだって思ったそうだ」
はあ、とロットさんがベッドに腰かける。相変わらず顔が真っ赤だ。
「かないませんね、彼女には……」
ふふ、と笑いながら、ビズムさんは肩をすくませる。
「面白いだろう、大の大人が、恋をすればこれだ」
「びっくりしました……」
恋って、私が考えているよりもっと難しくて奥深いもののような気がしてきた。
「男女が並んでいるだけではやし立てるのは、ほんの少しの期間だけさ。やがて、聡いものから気がついていく。本当は、最初から知っているものもいる。大切なのは性別でも見た目でもない、向かい合って、何を考えるかだ」
「……今日、そんな話を、友達としました」
「ほう、それはまた随分と、素晴らしい話をしたんだな」
はい、と私はうなずいた。
「クサキのことを、恋ではないけれど、大切な友人ができたって友達に話したら、その子はわかってくれました。それで、私もそう思ったんです。大切なのは、相手を大切だって思う気持ちだって。いろんな種類があって、恋も、愛も、友情も……全部、素敵だって」
「尊敬の気持ちもあるぞ。言葉にできない関係もある。そういうのを、きっとこれからたくさん……っていやだな、なんだか偉そうなことを」
「ビズムさんは偉いからいいんですよ」
ロットさんがまだ耳を真っ赤にさせながら、すっくと立ちあがった。
「ミドリさん、僕はね、ビズムさんを尊敬していますよ。実は僕、結構面倒な魔力の持ち主で、誰も師匠になってくれない時期があったんです。そのときは落ち込みました……たくさんの偏見と闘いました。そんな中で、ビズムさんと出会ったんです」
やめろ、恥ずかしい。そう言って、今度はビズムさんの頬が赤くなっている。
「ビズムさんは、僕のことを、僕として見てくれました。きっと、クサキさんも同じことを、ミドリさんに対して思ってるんじゃないかな」
「同じこと?」
「クサキさんを、あなたはクサキさんとして見たでしょう。幽霊でも、妖精でもなく。最初は驚いていたかもしれませんけれど。この前ビズムさんが言ったように、あなたは、あなたが思う以上にすごいことをしているんですよ」
私の頬が赤くなる。ビズムさんといい勝負かもしれない。
「……嬉しいです。今日、学びました。言葉にするって大切ですね。あの、私、二人のこと、最初は怖いって思いました」
こんななりだからな、とビズムさんが苦笑する。
「でも、でも! 今は怖いって思いません。クサキをつれていってしまうなんてひどいって思ったこともあります。でも、二人は仕事で……私たちのことを、しっかりと見守ってくれていて! 寄り添ってくれて」
私は、二人に頭を下げた。
「ありがとうございます。クサキと、頑張って、絵本を作ります! それまで、よろしくお願いします」
顔をあげると、そこに二人はいなかった。代わりに、黒い煙がかすかに漂っていた。
「やめろよ、ミドリ」
どこからか、ビズムさんの声がする。
「泣いちまうだろう」
ず、と鼻をすする音がする。私は、思わず笑ってしまった。心優しい、死神さんたち。
「泣き顔を見せたくないからな、私たちは退散する。引き続き、何かあればいつでも呼び出すように」
黒い煙が消えていく。私は、もう一度頭を下げる。
机の上に置いてある絵本を見つめる。あの中で、クサキは頑張っているのだろう。
「私も、何かを一生懸命したいなあ」
脳裏に、いろんなことが浮かぶ。
ふわりと、体が軽くなる。
こんなことを、思える日が来るなんて。
私は絵本にそっと触れた。
「ありがとう、クサキ」




