14 相棒ってかんじ
家に帰ると、いつの間にかクサキの姿は消えていた。カバンを覗くと、絵本が二冊入っていた。友情絵本と表紙に書いてある方がクサキのいる絵本で、真っ白の絵本が本物の絵本。わかりづらい。
部屋の机に絵本を両方置いて、クサキのいる方を開くと、クサキはごろんと横になっていた。
「今日はもう眠る。明日から、さっそく絵本づくりにとりかかろうぜ」
次の日、さっそく絵本作りがはじまった。夏休みまであと一週間あるけれど、早めの自由研究スタートだ。といっても、私は本当に夏休みの自由研究として絵本を提出しようとは考えていなかった。あくまで大人に対する建前だ。六年間で初めて、夏休みの自由な時間をありがたいと思う。遊ぶだけじゃなくて、何か自分のしたいことに打ち込める。少しだけ、大人になったようにも感じる。
クサキと最初に行ったのは、絵本を描くための道具がそろっているかを確認する作業だった。ベッドに座って、二人で向き合う。作戦会議だ。
「色を塗るのは、何がいい? 色鉛筆、絵の具、クレヨン……」
「クサキは何にしようとしたの?」
「俺は絵の具と色鉛筆を使おうと思っていたけれど、ミドリがやりやすいのが一番いいよ」
「クサキに合わせなくていいの?」
「いい。ミドリと俺の合作なんだから」
じゃあ……と私は絵本を想像する。
例えばユウ君が喜ぶような絵本は、どんなものだろう。
「折り紙とかをちぎるのも面白いかも」
思いついたアイディアを口にすると、クサキは目を輝かせた。
「いいじゃん! 楽しい! そうやって、どんどん二人で素敵なものにしていこう」
わくわくしてきた。
「そうしよう! いろんなことをしてみようね。絵の具は学校に置いてあるし、色鉛筆も、ユウ君がたくさん持ってるから、借りよう。もちろん、ユウ君には秘密だから、部屋でするけどね」
「ありがとう、ミドリ」
クサキが照れくさそうに笑う。昨日の夜、落ち込んでしまったかなと思ったけれど、元気そうでよかった。
クサキがあぐらをかいて、あとは……と考える。
「そうだ、鉛筆が必要だ。下書きするための。消しゴムも」
「鉛筆も消しゴムもあるよ」
「いろんな濃さのものがあるといい」
「Bしかないな……白い絵本を買いに行くときに、一緒に買うよ。どれぐらいの濃さ?」
うーん、とクサキが眉間にしわを寄せて考える。
「すっごい薄いのとHBとBでいいと思うんだよな……2Hとか」
「2H? そんな鉛筆あるの?」
「あるんだなあ、これが」
クサキがにやりと笑う。
「すごいなあ、クサキは私の知らない世界を知っているね」
「真面目に言われると照れるな……でも、ミドリだって俺にはないアイディアを持ってる」
「ふふ」
嬉しくなって、私は笑ってしまう。なんだよ、とクサキも笑う。
「なんかいいね、相棒ってかんじ」
「かっこいいな」
「クサキ、最高の絵本にしようね」
「なるよ、最高の絵本に」
よし、と私は立ち上がる。
「そうと決まれば、買い物だ! 死神さん! クサキを浮かせてください!」
私が叫ぶと、クサキがふわふわと浮きあがる。魔法のじゅうたんみたい、と盛り上がりながら、私は出かける準備をはじめる。
画材屋さんがあることも今まで知らなかったから、まずは家のパソコンで近くにある画材屋さんを探してから出かけることにした。
家から三十分ぐらいのところに、その画材屋さんはあった。五階建てのビルすべての階に、ありとあらゆる画材がそろっていると言うのだから驚きだ。
中に入ると、ポストカードが目に入った。文房具屋さんみたい、と私はあたりを見渡す。ポストカードだけで、壁一面を覆いつくしている。すごい量だ。そのすぐ近くには、ペンがずらりと並んでいる。
「あそこらへんに、鉛筆もあると思う」
クサキに導かれるまま、私はペンの棚を縫うように歩いていく。その奥に、鉛筆の棚があった。
「こ、こんなに!」
ふたつの棚すべてに、鉛筆がずらりと並んでいる。思わずきょろきょろと見てしまう。クサキの言っていた2Hという濃さのほかにも、Fといった見たことのないものから、6Bなんていう、とっても濃いのだろうという鉛筆まである。
「楽しいだろ」
クサキの言葉に、私はうんうんと何度もうなずいた。すごい。こんな世界があるなんて。
「ミドリ、俺、この鉛筆の会社が好きなんだ。これの2HとHBを買おう」
すごく高かったらどうしようかなと思ったけれど、値段は、普段私が買っているものと変わらなかった。同じような値段で、いつもとは違う買い物。
「やっぱり、なんだか大人になった感じがする」
はは、とクサキは笑って、さてと、とエスカレーターの方に向かう。
「さっきこの店の案内を見てみたんだけれど、多分白い絵本はもう一階上にあると思う。行こうぜ」
いつになく、クサキがはしゃいでいる。必死にそれを隠しているのはなんでだろう? 格好つけているのかな? 面白くなってしまう。からかいたくもなるけれど、やめておく。ワクワクする気持ちは、私にもわかるからだ。
二階に移動すると、そこには、一階とはまた違った光景が広がっていた。
紙。紙。紙!
色紙から、カラーの紙、画用紙に、漫画用の紙もある! さらに奥には、大きなキャンバスがずらりと並んでいた。壁には、絵を飾るための額縁がかけられている。
「すごい!」
「すごいだろ、こっちだ!」
クサキがすごいスピードで飛んでいく。私は慌てて、あとを追いかける。
「あった! あった!」
クサキが絵本と一緒に上下していて、面白くて笑ってしまう。クサキが指している方向に、確かに、絵本がたくさん並んでいた!
「こんなにあるの!」
手のひらに収まるサイズから、両手でやっと持てるサイズまで、ありとあらゆるサイズの絵本がずらり。しかも、すべて真っ白だ。
こんなにも、絵本を描きたい人がいるってことでもある。
「素敵な世界だね……わくわくする」
「そうだよな! 俺も! どれがいいなかなあ……これとか、なあ、取ってみて」
クサキが、小さな絵本を指さす。私が持ってみると、ちょっと小さい、と首をひねる。
「もう少し横に長いのが理想なんだよな……これかな」
クサキが指した本を手に取ると、いいね、とクサキが笑う。
「すごくいい、ページ数は? 数えてみよう……うん、足りそう。あの、値段は……」
絵本をうらっ返してみる。大丈夫。
「予算内!」
「ごめんな、お金はさ……」
「何言ってるの。まかせてまかせて。お年玉、しっかりためておいてよかったよ」
「頼りになるな、さすが相棒だぜ」
クサキが私のことを相棒って言ってくれる。
私は嬉しくて、にやにやしながら、レジに向かう。
絵本と鉛筆を手に入れて、私はすぐに家に帰った。さっそく下書きをはじめようと思ったけれど、クサキに止められた。
「下書きは、夏休みに入って一気にした方がいい。学校に行きながら絵本作りのこと考えると、本当に授業に集中できない。実体験だ」
お互いに休もうぜ、と言って、クサキは絵本にもぐってしまった。
本当は、私と家族の、特にユウ君との時間を気にしてくれたのかな、と思う。
そんなクサキの優しさに感謝しながら、私はリビングに下りた。
「おねえちゃん、ずっとでかける!」
リビングに入るなり、ユウ君はそういって、私にくっついてきた。




