表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

1 俺は、おもちゃでは、ない

 絵本の中に、男の子が立っていた。

 驚いている私をよそに、男の子は私に向かってにこりと笑う。

 真っ白の絵本。その真ん中にあぐらをかいて座っている、小さな男の子。図書室の窓から入ってくる夏の光が、スポットライトのように彼を照らす。

 髪の毛は芝生の色、目は森の色。まるでアニメのキャラクターみたい。


「立体映像!」


 大きな声を出してしまった。慌てて自分の口元を抑えながら、きょろきょろとあたりを見渡す。よかった、誰も近くにはいなかったみたい。

 なんだって? と男の子は眉をつりあげる。私はもう一度、立体映像、とつぶやいた。物知りの友達に最近教えてもらった言葉だ。テレビみたいにぺったんこの映像じゃなくて、飛び出して見える映像のこと。でも、私が持っているのは、テレビではなくて、絵本だ。


「どういう仕組み?」

 絵本のページをぱらぱらとめくる。男の子はあぐらをかいたまま、真っ白なページをすり抜けていく。

 おもしろい!


「電池入れるところとか、あるのかな」

「ないよ、そんなもの」

 男の子が、腕を組んで舌を出した。表情豊かだ。どこかにスピーカーがあるのかなと思ったけれど、見当たらない。男の子は、よく見ると少し透けている……。

「不思議ばっかり。最新のおもちゃかなあ。ユウ君が喜ぶかも」

「俺は、おもちゃでは、ない」


 男の子が立ち上がって、どん、と右足を踏み鳴らした。


「怒ってる!」

「何で楽しそうなんだ! 俺は、おもちゃじゃ、ない!」

「うそだあ」

 もう、と男の子は頭を抱える。

「おもちゃじゃないなら、何なの?」

「……俺は」


 男の子が、にかりとわざとらしい笑顔を浮かべる。

「妖精だ。この絵本の主人公でもある」

「この絵本のお話に出てくる、妖精ってこと?」

「そういうことだ」

「そういう設定なの?」

「設定?」

「おもちゃの」


 もう! と男の子が飛び跳ねる。からかうと面白い。


「違うってば!」

「わかった、わかったよ。妖精ね、絵本の。こんにちは、妖精さん」

「……クサキだ。草のキシって書いて、草騎」

「キシ?」

「ナイトだよ、知らねえの?」

 ナイト、確か英語で……「夜?」

 クサキは違う、と首を横に振る。

「そっちじゃない、後で辞書を引いてくれ」

 難しいことを言う妖精だ。

「今引くよ。ここは図書室だもん、妖精さん」

「もう昼休み、終わるよ」

「えっ!」


 壁にかかっている時計を確認する。本当だ!


「すごい、タイマー機能もあるおもちゃなの?」

「俺が妖精だって信じていないだろ! 俺は、おもちゃじゃ、な、い!」

「ごめん、そうだった」

 音が大きい、このおもちゃ。後で音量を小さくする方法を探さなきゃ。

「それじゃ、また放課後に、ここにくるからね。えっと、絵本の棚は……」

 私が絵本を閉じようとすると、待て待て、とクサキは大きく両腕を振った。

「なあに?」

「この絵本は教室に持って行ってくれ、そして家に持って帰ってくれ。あー……名前は?」

「ミドリ」

「俺の目の色とおそろいの名前だな」

「漢字は違うよ、魅力的な鳥」

「難しい字! 俺のキシの字といい勝負だな」


 私の名前の漢字を知っているなんて、物知りな妖精だ。同じ学年の人で、この字を知っている人はほとんどいなかった。小学六年生では習わない漢字だから仕方がないけれど、でも、自分の大切な文字を知ってもらえているっていうのは、嬉しい。

 私も後でキシを調べなくちゃ、と心に決めたところで、チャイムが鳴った。


「時間だ!」

「しまうなよ、持っていってくれ!」

「図書室の本だよ、しまわないとだめだよ」

「違うんだ。君に、ミドリに会うために、ここに俺が置いてもらったんだ」

「どういうこと?」

「いいから。先生も怒らないよ! わかった、絵本をほかの人には見えないようにしてもらうから、なあ、いいよな?」


 クサキは、宙に向かって叫んだ後に、ちょっとだけ何かにおびえているような表情をみせた。私が周りを見渡しても、何か怖いものは見えない。

 それって怖い。


「何が見えているの、クサキ」

「……見えないんだけど、怖いものだ。怖くないけれど、怖い……黒い人がいたら注意した方がいい」

「何? 何のこと?」

 怖いよ、何のことを言っているの?

「多分大丈夫、やつらは俺たちのことをどこかで見ているはずだから、もうこの絵本もほかの人には見えないようになっているはずだ。絵本を閉じて、教室に戻るんだ!」

 クサキの表情は真剣そのものだった。よくわからないことばかりだけれど、クサキが本気だってことはわかる。


 よし。決めた。


 私は絵本を閉じて、右手に抱えて、図書室を出た。図書室にいる先生にはばれなかった。廊下ですれ違った先生には、早く教室に戻りなさいと言われただけだった。

 本当に見えていないのかな?

 私はドキドキしながら、教室に早足で向かった。



 教室に入って席につくと、前の席に座っている友達、まいまいが振り向いて、にやりと笑った。

「また図書室にこもってたの? 今日はぎりぎりだったね」

「……うん」

「何も借りなかったの?」

 私は、机の上に絵本を置いたのに。

 まいまいの手が、私の机に、とん、と置かれる。その手が、絵本を、すりぬけた!

 クサキが言った通り、この絵本は私にしか見えていないんだ!

 私は声をあげそうになって、慌てて視線を目の前の黒板に向けた。

「ミドリ、どうしたの?」

「……なんでも、なんでもない。それより、物知りまいまいに聞きたいことがあるんだけれど」

「なあに?」

「キシって知ってる?」

「キシ……チェスに出てくる?」

「チェス? ゲームの?」

「そう。ナイトのことかな、と思って」


 クサキも言っていた、そうだ、ナイト!


「そう、それだと思う!」

「ヨーロッパの階級だよ、王様とか平民とかそういうやつ。馬に乗って戦う人も差したはず。鎧着てさ」

「あ、わかったかも! 映画で見たことある」

「本に出てきた?」


 本「から」出てきた……とは言えない。おもちゃだと思っていたけれど、そうじゃないかもしれない。本当に妖精なんじゃないかって思いはじめてきた。だって、今でも、まいまいの右手は、絵本をすりぬけたままだ。


「そ、そう。本、に、出てきた」

「へえ、ファンタジーとかかな?」


 確かに妖精は、ファンタジーだ。まいまいはエスパーなのかもしれない。

 私が答える前に、先生が教室に入ってきた。まいまいはくるりと前を向く。



 授業の間中、私は机に絵本を置いていたけれど、とうとうだれも、そのことについて触れなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ