神様から一文字取って付け足す能力を貰ったので、友人の不合格を合格に変えてしまった。
そして残ったのが、この手元にある「ふ」である。
神様からの説明によると、この取った文字、24時間以内に手放さないと爆発して俺は死ぬらしい。
そして、適当に捨てる事は出来ず、必ず何かに付け足さなければならない。
付け足した結果、ちゃんと意味にならなければならず、適当なモノにくっ付ける事は出来ない。
また、既に一文字取っている状態で更に別の文字を取る事は出来ない。
そう、早くこの「ふ」を処理しなければ俺は死んでしまう。
そんな事は分かっていた。
でも、あんな追い詰められた友人を見ていられなかったんだ。
某医科大学を受験して失敗、浪人生活に入り、一度ならず二度も不合格。
家族には早く合格しろとせっつかれ、針の筵。
そして迎える、三度目の受験。
これで不合格だったら、友人は自殺でもしてしまうのではないかという程に追い詰められていた。
――結果は、不合格。
土気色に染まった友人の顔を見て、俺は咄嗟にこの能力を使ってしまった。
友人は、受験に合格した。
おめでとう。
でも君の合格を今、祝う事は出来ない。
俺は早くこの「ふ」を処分してこないと、爆死してしまうのだ。
友人の合格の知らせを家族に伝えて、祝って貰うと良い。
そんな適当な台詞を残して、俺は足早に受験会場を後にした。
どうやってこの「ふ」を処分するか。
信号を待ち、横断歩道を渡る。
携帯電話で話しながら、OLが横を通り過ぎていく。
家に帰ろうかとも考えたが、恐らく自室に篭っていてもこの「ふ」を処分出来ない気がする。
自宅に居るよりは、このまま街を歩き続けて「ふ」を付け足せるモノが何処かに無いか、探した方が良いと考えた。
腹が鳴る。
そういえば、今日はまだ飯を食べて無かったな。
特に拘りは無いので、適当なラーメン屋の暖簾をくぐる事にした。
意気の良い店員の挨拶。
店内にはくたびれたサラリーマン、ドカタのおっちゃん、チャラい兄ちゃんが席に座っていた。
メニューに視線を落とし、そこにあったミソチャーシュー麺を頼み、カウンター席に座る。
氷の入ったグラスに注がれた水。
手拭。
ふ水……ふ氷……手ふ拭……駄目だ、意味にならないな。
会計カウンターに置かれた招き猫、良く分からない海外のモノであろう置物。そしてレジ。
店内にはラジオが流れており、某大手企業が上場したとか俺には関係無さそうなニュースが流れていた。
頼んだミソチャーシュー麺が出された。
割り箸を割り、麺を啜る。
割り箸……ふわりばし……ふみそ……もやふし……なふると……
スープまで残さず完食したが、手元の「ふ」が気になって味を楽しむ余裕が無かった。
財布から千円を取り出し、お釣りを受け取る。
店を後にし、再び街中を散策する。
大通りへと出る。
出来る訳が無い公約を声高々に宣伝する街宣車。
大型トラックが信号待ちをしている。
くるふま……ふとらっく……
完璧な計算で立てられた巨大なビル郡、ショッピングモール。
ショーウィンドウには煌びやかなドレスが飾られ、それを食い入るように見る女子高生達。
ふびる……がふらす……
考え事をしながら歩いていた為か、うっかり帽子を被った色黒の若い兄ちゃんの背中にぶつかってしまった。
完全にこちらが悪いので、頭を下げて謝罪する。
兄ちゃんは舌打ちしながら歩き去った。
全然、思い付かない。
早くこの「ふ」を処分しなければ、俺は死んでしまう。
こうして街中を歩きながら思ったのだが、意外と「ふ」をくっ付けられるモノは無いらしい。
もしかしたら、俺が単に見落としているだけなのかもしれないが。
だが、俺が見付けられなければ、気付けなければ意味が無い。
何か、何か無いのか。
俺はただこの「ふ」を始末したいだけなんだ――!
友人から電話が掛かってきた。
家族に合格の知らせを伝えた所、夕食は某高級焼肉店で外食になったらしい。
友人の声には微妙に涙が混じっており、俺にも感謝の言葉を述べていた。
くそっ、幸せそうな声しやがって。
俺はお前の「ふ」に殺されそうだよ。
一先ずおめでとうの言葉を伝え、電話を切る。
ふ、ふ、ふ……!
笑ってる場合じゃねえ。
何か無いのかふー!
時間が、時間が無いんだふー!
ラーメン屋でのんびり食事したり、街中散策したりしてたらもう8時間経ってしまった。
爆死までまだ16時間あるが、実際にはそうではない。
24時間歩き回る訳にも行かない。何処の不審者だ。
途中で帰路に着く必要があるだろう。
そして家に帰ってしまえば、もうインスピレーションが沸きそうな気がしない。
もう、タイムリミットが背中まで迫っている。
友人の「ふ」が俺の背中にナイフを突き立てようと、舌なめずりしながら迫ってきている。
既に早めに仕事を切り上げた会社員や、学校帰りの生徒達が交差点で信号待ちをしている。
その人込みに流されながら、俺は駅へと道を歩いていく。
エスカレーターで地下に降り、改札口を通って駅のホームへと進む。
こうやって礼儀正しく駅のホームで一直線に並ぶ日本人は、世界的に見ても民度が高いとか何とか。
そんな事はどうでもいい、この「ふ」をホームに突き落として電車で轢殺してやりたい。
電車の到来を告げるアナウンスがホームに響く。
この駅で降りる人々の通過を待ち、僅かに開いた人々の隙間に身体を滑り込ませる。
どうやら帰宅ラッシュの時間帯らしい。かなりのすし詰めだ。
隣の人の手提げかばんがやたらと背中に当たる。
つり革に掴まり、視線を車両内に泳がせる。
路線図、電光掲示板、ゴシップ雑誌の広告。
無機質な光を放つ蛍光灯、つり革、手摺り、座席……
ふろせんず……てふすり……ふけいこうとう……駄目だ、何もくっ付かない。
このままでは家に着いてしまう。
何か無いのか。
車両内を隅々まで見渡す。
何だか怯えているような表情を浮かべた女子高生を見付ける。
ふじょしこうせい……婦女子高生? なんだそれは。
黒髪のおさげに眼鏡と、随分地味な格好をしている。
学校指定であろう革靴に靴下、そして太股には――手?
手が太股に伸びており、その手は少しずつ上へと――
「ふちかんだ!」
違う! 痴漢だ!
咄嗟に手を掴み、痴漢を取り押さえる!
「な、何だねキミは!?」
「ふしだらな、不法行為! 不機嫌! 不倶戴天! ふ! ふ! ふ!」
くそう! 何か無いのかふー!
周囲に居た他の男性達が痴漢の現行犯を取り押さえ、次の駅で降車し駅員へと引き渡す。
とんだ大騒動だが、俺の「ふ」は消えていない。
こんな事をしている場合ではない、早く何かに「ふ」を擦り付けないと。
「あの、ありがとうございました……」
涙ぐんだ目でこちらを見ながら、先程の地味な女子高生が礼を述べてきた。
俺は今そんな場合じゃないんだふ。
――ん?
「こちらこそありがとう! これで『ふ』に殺されずに済む!!」
「へっ? え……??」
有難う! そしてさようなら! 地味な女子高生!
これからは不死身な女子高生だ!
目の前の地味な女子高生に「ふ」をくっ付けたら地味要素が消えて普通にかわいい女子高生になったけど、そこは問題じゃない。
そして3秒後。
そこには何と、元気に小走りする俺氏の姿が!
もう二度と「ふ」を取ったりしないよ!
そう誓った俺は、枕を高くして眠れると安堵しつつ、意気揚々と帰路についたのでふー!
ヤッフー! ハッハー! マンマミーヤー!
「栓を付箋に変換すれば済んだ話だったのか……女子高生を不死身にする必要無かったなぁ」