女神様に「幼女しかいない世界に行きたいです」と言ったらイロイロ揉めた挙げ句「見る者すべて幼女に見える魔眼」をもらうことになった伝説の勇者オニイ・チャンの話
鬼井治安は震えていた。
眩しい太陽。目の前に広がる草原。草木の葉は見慣れない形をしていて、空にはデコボコした形の月がいくつか浮いている。
「本当に違う世界に来てしまったのか」
そう呟いた自分の声が、ずいぶん若い。
女神の話が本当であれば、この体は15歳当時のものになっているのだろう。体を動かしてみてもずいぶん反応が良いし、手足を撫でれば肌の張りの違いは歴然だ。
「女神が約束を守った。ということは、本当にここは幼女しかいない世界なのか……いや、即断は危険だ。とにかく進んでみよう」
そう言って、のんびりと街道を歩き始めた。
鬼井は生前、警察官であった。
長年派出所に勤務し、近所の小学校に通う子供たちを見守る日々。いわゆるロリコンであることを隠し通しながら、イエス・ロリータ・ノー・タッチの精神を貫いて子供たちの日常を守っていたのだ。
そんな彼は、女児を守って刺された。
刃物を持った暴漢に襲われているところを、身を挺して庇ったのだ。
血まみれで倒れる鬼井。
その横で女児が泣く。
鬼井は女児の頬を優しくつねる。
「…………子供は、笑うもんだ」
そう言って、鬼井は死んだ。
気がつけば、白い空間にいた。
目の前にはこの世のものとは思えぬほどの美人が一人。
「私は神。霊と魂を司る女神スピリアです」
そう名乗ると、彼女は膝をつく。
「身勝手ながら、異世界の高潔なる魂を呼び寄せました。今、私の世界は危機に瀕しています。あなたの望みを叶える代わりに、どうか私の使徒となり、世界を救っていただけないでしょうか」
そう言って深々と頭を下げる。
神という立場であれば、本来はひとつの魂に対してここまで丁寧にお願いをする必要などないはずだ。ただ、命じれば良い。
それでもこうして筋を通すのは、女神スピリアの良心からくるものなのだろう。
鬼井は静かに頷く。
女神はホッとした顔で尋ねる。
「鬼井さん……あなたの望みはなんですか?」
「幼女しかいない世界に行きたいです」
鬼井の回答に、女神の表情が固まった。
そんなことを思い返しながら街道を進んでいると、前方から野太い悲鳴が聞こえてきた。
幼女の声だ。
鬼井は駆け出す。
林の陰になっている場所で、一角獣(毛むくじゃらのサイ)が引く車が横転していた。それを取り囲むのは、武器を持った数人の男たち。悲鳴を上げたのは、車に乗っていた商人らしき男だろう。
鬼井は急いで彼らに駆け寄る。
「君たち、どうしたのかな?」
※鬼井からは全員幼女に見えています。
「なんだガキ。邪魔する気か?」
「おいおい、今日は運がいいな。カモが自分からやってきたぜ。くくくっ……命が惜しけりゃ、有り金置いてとっとと消えろ」
「待て待て。なぁ、この前手に入れた例のすげぇ剣、試し斬りしてぇんだよ。ここなら兵もこねぇし、殺ってもいいだろ?」
名のしれた盗賊なのだろう。
武器を鬼井に向け警戒しながらも、余裕のありそうな雰囲気でニヤニヤと話をする。
鬼井は小さくため息をつく。
そして──。
「君たち、それは良くない。刃物を手に持って、寄ってたかって金を要求するだなんて」
「あぁん?」
「君たちがどんな家庭で育っているのか私は知らない。何か辛いことがあるのかもしれない。だが、悪いことをしていい理由にはならないぞ」
諭すように語る鬼井。
その言葉に、一瞬呆気にとられたものの、盗賊たちは顔を真っ赤にして武器を構え直した。
「舐めたことを──」
「話ならいくらでも聞こう。頭では分かっていても、割り切れないことなんていくらでもある。吐き出すだけでもいくらか違うぞ」
「てめぇ……!」
盗賊たちは動き出す。
剣、棍棒といった近接武器から、槍や弓といった遠距離の武器まで。雑多でまとまりのない攻撃が、一斉に鬼井に襲いかかった。
鬼井は軽く足踏みをする。
「──消えた!?」
盗賊の一人が呟く。
それほどの速さだった。
女神が鬼井に与えたものは「幼女視の魔眼」であるが、ある意味それは呪いだ。一般人の視る世界を失うハンディキャップである。だが、高潔な魂に神が呪いを施すのでは、世界の釣り合いが取れないのだ。
鬼井は呪いを受け入れた。
その代わりに、全ての基礎能力が圧倒的に強化されているのである。
鬼井は盗賊の背後に回り込む。
「悪いことしちゃ──滅っ!!!」
「ふぇっ!?」
「分かったかい?」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
盗賊はジョバジョバと小便を漏らす。
鬼井としては軽く「めっ!」と叱った程度のつもりであるのだが、鬼井の圧倒的な基礎能力は自動的に魔導を発動し、盗賊たちにトラウマを植え付けていた。
数分後。
そこには「ふぇぇぇぇ」としか言えなくなった盗賊たちが、全員小便まみれになって座り込んでいるのだった。
ハンターギルド。
そこは、力を持て余した荒れくれ者の男たちの集う場所である。日雇いの力仕事から、魔物を相手にする危険な仕事まで、来るものを拒まず様々な職を紹介する場所であった。
昼間から酒を傾けるムサい男たち。
当然、そんなハンターギルドにはほとんど女っ気がない。受付にいるのも、スキンヘッドの屈強そうな男である。
「オニイ・チャン。珍しい名だな」
「本当はチアンと読むんだが……もしかして、発音が難しいかな?」
※鬼井からは全員幼女に見えています。
「あぁ。どこの国の姓かわからんが……まぁいい。ハンター登録は済んだ。ほれ登録証だ、無くすなよ。お前のことは、オニイと呼ばせてもらうぜ」
「よろしくね。あ、君の名は?」
「ゴンザルドだ」
「よろしく、ゴンちゃんでいいかな」
「やめろ気持ち悪ぃ……」
「ごめんごめん。飴食べる?」
そんな風にして、鬼井はハンターとしてこの世界を生きていくことになった。
あっという間に時は流れる。
前代未聞の速度でハンターランクを上げていった鬼井は、いつしか勇者オニイ・チャンと呼ばれるようになり、優秀な仲間を引き連れて魔大陸へとやってきた。
「オニイ様。これから夜になる時間、ここから先へ進むのは危険です」
鬼井の横に付き添うのは、魔術師モルホだ。
眼鏡をかけた青年で、男性ながらどうも鬼井に気があるようである。鬼井とて眼鏡幼女に迫られれば悪い気はしないためWin-Winの関係なのだが、鬼井側はあくまでイエス・ロリータ・ノー・タッチの方針を崩さないため一線を超えることはなかった。
ごくたまに魔術師モルホが鬼井の頬にキスをするのはご愛嬌である。
「食料も尽きてきたぜ、オニイ」
不満げにそういうのは、巨漢の戦士ロキ。
巨人の血が混じっており、分厚い金属の盾は何度も鬼井の命を救った。頼れる盾役である一方、鬼井にとっては厄介な相手であった。
なにせ、鬼井から見れば「ロリ巨乳」なのである。宿の風呂場で一緒になった時など、己の劣情を鎮めるのに全力で魔導を行使しなければならない。
「ヒヒヒ、この先に魔族の集落があるみたいだよ。魔王にも迫害されてるみたいだから、泊まらせてくれるかもねぇ。ヒヒヒヒヒ、どうするオニイよ」
老婆ジョルモは、賢者である。
その叡智でかつては世界を救うほどの活躍をしたそうなのだが、鬼井と出会うまではすっかりやる気を失って自堕落な生活をしていたらしい。
そんな中、鬼井が顔を赤らめて「ちゃ、ちゃんと服を着るんだよ」と恥ずかしそうに上着をかけたのをきっかけに「こいつ婆専? こりゃあたしの長い喪女生活も終わりかもしれないヒヒヒヒヒ」と言って旅についてくることになったのだ。
旅の中でベッドに忍び込まれた回数は数知れない。
「そうだな、次の集落で休ませてもらうか」
「承知しました、オニイ様」
「一緒に風呂入ろうぜ、オニイ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
鬼井にとって誘惑の多いドキドキハーレムパーティは、人々の期待を背負い、魔王の元へと迫ってゆく。
鬼井は一人、魔王の前に立った。
四天王との戦いで、仲間は傷つき次々と離脱していったのだ。最終的に魔王の前に到達できたのは鬼井ただ一人であった。
魔族独特の闇色の肌、大きな角と翼。鍛え上げられた筋肉と、体から漏れ出る力強いマナ。
独立心の強い魔族ですらひれ伏すような魔王の迫力を前にしても、鬼井は恐れることなく平然としている。
「さすがだな、勇者オニイよ」
「君が魔王ちゃんか」
※鬼井からは魔王も幼女に見えています。
「我が直属の配下を尽く打ち破ったその力……ふふ。今は素直に称賛しよう」
「あぁ……子猫とトカゲと子亀と小鳥か。ごめんね。でもうちの子たちに牙を向いたから、仕方なくさ。躾はちゃんとしようね」
※鬼井からは魔物はメスの幼体に見えます。
「ふん。噂通りのナメた口調だな」
「ごめんごめん。そんなつもりはないんだよ。ただ、みんなを困らせるのはいけないよ。ちゃんとゴメンナサイしようね?」
「はっはっは、安い挑発だ。だが、その不敬、許されるなどと思うなよ……?」
魔王の体にマナが集まる。
それを見て、鬼井も仕方なく戦闘の準備をする。
魔王の腕に、炎の蛇が絡みつく。
「消し炭になれ──〈炎獄黒龍波〉っ」
放たれた炎の蛇。
それは鬼井に近づくごとに形を変え、大きく赤黒くなってゆく。
もう、蛇ではない。
邪悪な黒龍だ。
炎の激流に飲み込まれ、鬼井の姿は見えなくなる。灼熱、白光、轟音。魔王の放った炎魔術は、全てを焼き尽くし、魔王城を半壊させた。
炎が晴れる。
そこに、人影がひとつ。
「ぐわー、やられたー」
「な、なぜ棒読みで負けたフリなどする!? ふ、ふざけるなっ! アレを喰らって全くの無傷だと!?」
ただでさえ悪い顔色を、さらに青ざめさせる魔王。一方の鬼井は、女児とプリチュアごっこをしている程度の様子である。全く相手になっていない。
「今度はこっちからいくぞぉ。魔王ちゃんがプリチュアで、僕が悪役でいいんだよね?」
「ま、まて、ちょっとまて」
鬼井はとんでもない量のマナを集める。
魔王は目を大きく見開いた。
「悪役ぱーんちっ☆(軽く)」
「──げはぁ」
「悪役きーっく☆(軽く)」
「──ぐふぅ」
「ほら、次は魔王ちゃんの攻撃だぞ」
「くっ……ゲホッゲホッ……ぐが……」
「え? あれ、だ、大丈夫!?」
倒れ伏す魔王。
鬼井は召喚されて初めての動揺をみせた。もしや、幼女に痛い思いをさせてしまったのか……。
「ごめんね、痛かった?」
「き、効かぬわ! あんな攻撃っ!!」
「ほっ、よかったぁ……ごめんね」
鬼井の顔に安堵が浮かぶ。
魔王は完全にグロッキーだ。
「じゃ、戦いゴッコの続きしよっか」
「えっ、ちょ、ま」
「悪役パ──」
「ごめんなさい! もうしません! 降参です! もう魔王やめるから、お願いだから見逃してぇぇぇぇぇ」
床にうずくまり、ひっくひっくと泣き始める魔王。鬼井は突然のことに動揺し、魔王の周りを超高速移動(残像で分身するほど)しながら「大丈夫? 痛かった? 大丈夫?」と声をかけ続けた。
王都に凱旋した勇者パーティ。
人々はその姿をひと目見ようと、中央広場に集まる。周辺各国の要人たちも、今はただ世界の平和に酔いしれ、素直に勇者をたたえていた。
壇上にあがる鬼井。
彼が手を上げると、民衆は静まり返る。
拡声魔術が彼の声を皆に届ける。
「みんな、応援してくれてありがとね」
※鬼井からは全員幼女に見えています。
──うおおおおお。
民衆の大歓声が響く。
「でもみんな。旅をして思ったんだけどさ。魔族だって、悪い子ばっかりじゃない。きっとこれからは、仲良くなれると思うんだ」
ザワザワ。ざわめき始める民衆。
それは、誰もが密かにそう思いながら、誰も表立って言葉にできない事実だった。文化だってそう変わるものでもないし、人間と魔族の間には子供すらできる。
ただ、国の方針が、これまでの戦争が、皆の心を固く閉ざしてしまっていたのだ。
「少しだけ、見方を変えるだけでいいんだ。例えばだけど、目の前の人が全員幼女に見えたら、みんなに対して優しくなれるだろう? 君が嫌いな誰かだって、昔は無垢な子供だったんだからさ」
困惑する民衆。
鬼井はニッと笑って言葉をつなげる。
「まぁ、難しいことは置いといて。今は平和を喜ぼう! みんなで楽しくお祭りだ! 世界中の美味いものを用意してきたぞぉ!!」
──うおおおおおおおお!!!
これまでで一番の歓声が響いた。
鬼井は満足そうに空を見上げる。
──オニイ・チャン! オニイ・チャン! オニイ・チャン! オニイ・チャン! オニイ・チャン! オニイ・チャン!
人々は手を叩いて鬼井を称賛する。
そんな中。
皆の見ている前で、鬼井の姿は突然薄くなり、その場からすぅっと消えてゆく。
驚く人々をその場に残し、鬼井は再び天へと旅立っていった。
「よかったのですか、鬼井様」
「はい、ありがとうございました。でも、もう満足です。女神様にはいろいろとお手間をおかけしました」
「いえ……。あなたのおかげで、世界は救われました。最上の感謝を。何か追加でお礼を差し上げたいのですが、望むことはありますか?」
白い空間。
鬼井は女神に微笑みかける。
「追加の報酬はもういただきました」
「…………?」
「今こうして、幼女姿の女神様を見れましたから。最期にこんな最高の美女児を見れるなんて、私は幸せものです」
そう言うと、鬼井は目を閉じる。
白い空間へと溶けていった。
何もない空間。
女神は一人たたずむ。
「全く、最後まで……高潔な魂でした……」
そんな呟きが、小さく響いた。





