ハロウィン・ナイト
トリック・オア・トリート!彩葉です!
ということで!ハロウィーン記念短編を書かせて頂きました!
楽しんで頂ければ幸いです!
──日本の何処かにある、普通の一軒家。
しかしその家には、とある秘密があった──。
──凝り固まった首をぐるぐると回す。
「ああ……キツい」
納期が近づき、それ故にデスクワークばかりになり、自然と首も凝ってしまった。
今日もしっかり休まなきゃな……。などと思いながら、オレは我が家の重い扉を開けた。
「ただいまぁ……」
とオレが言うと、一拍間を置いて、
「おかえりなさい」
「おかえりぃ〜」
「おつかれさーん」
と、いつも通り3人の声が返ってくる。今日も我が家は通常運転のようだ。
声の飛んできたリビングに足を踏み入れる。
そこにあったのも相変わらずの光景だ。
ウッドチェアに座りお淑やかにコーヒーを飲む吸血鬼の女と、
床に寝転がり、背中をポリポリ掻きながらテレビを見ている人狼の女と、
台所でせっせと夕飯を作る包帯人のイケメンと、
どこの誰を相手にしているのか知らないが、黙々とSNSで遊んでいる動死体女。
以上4名だ。
そう、これが、この光景が我が家がハロウィンハウスと呼ばれる所以の一つである。
この家に住むのは皆正真正銘の化け物。
改造人間であるオレを含めた5人は、この家の元の主、夢草 毅博士の創り出したモンスターたちなのだ。
「今日もお疲れね」
コーヒーカップをコルクのコースターに置いて、同じタイミングでカバンを床に置いたオレに向かって言葉をかけるのは、吸血鬼の萌里子。黒というより赤に近い色をした長い髪と、妖艶な雰囲気を作り出す垂れ目。彼女を吸血鬼たらしめる、蝙蝠の翼は、それと同じ黒色をしたジャンパーの中にしまっている。
「ああ……。こうも忙しい日が続くと、ため息しか出なくなるなぁ……」
オレが言うと、
「貴方は普通の人間とそう変わらないものね……身体の構造とか、疲れの溜まりやすさとか」
と言い、続けて、
「私にはあの子の血があるから大丈夫なんだけど、貴方はそういうわけにもいかないものね……」
と言って、床にゴロンと寝転がる女を見た。
「アッハッハッハ!!面白ェな、このげーにん!」
そいつは家の中だと言うのに大声で笑うので、疲れた頭にガンガン響いた。
「こら、絢!そんなはしたない笑い方しないの!」
萌里子が叱るが、
「そんなこと言うなってば、モリコ!このげーにん面白ェんだ!こっち来て観てみな!」
「貴女の笑いのツボは、私には判らないわ……」
先ほどオレのため息を気にした萌里子だが、今度は自分もため息を吐いている。呆れた溜息を。
恐らくであるが絢の性格や態度は、萌里子の一番嫌いなそれだ。なるべくお淑やかに、そして静かに過ごしたい萌里子に比べ、何事も派手に、賑やかにしたい絢。
絢は萌里子と暮らすのを何とも思っていないが、萌里子は家を追い出したいと常々思っている。
が、萌里子自身が先ほど言ったとおり、
普通の人が茶やコーヒーを呑むのと同じように(彼女も飲むが)、血を呑む。
だが、一般人に危害を加える訳にはいかない彼女の血の産出元は一つ。
獣であるからか、血の量が多い絢である。
絢は1日に一定量の血を与え、萌里子はそれを呑む。それをしないと、萌里子の調子は良くならない。
従って、性格は嫌いであっても、萌里子は絢を突き放せないのだ。
「……はぁ。……もっと他に、血を分けてくれる人は居ないかしら」
今のようなことがある度に、萌里子は口癖のようにこう言う。そしてオレは、
「まあまあ。オレもあいつの笑いはよく分からんから」
と、何かしらの形でフォローに入る。
そうすると多少彼女の機嫌も良くなるのだが、結果的に毎回疲れるのはオレという。
労いの言葉を投げかけてくれるのも嬉しいが、その前にこの事実に気づいて欲しいものだ。
などと思っていると。
トントン。
と、オレの肩を後ろから優しく叩く手が。
振り返るとそこに、包帯人男の香が、先ほどまで彼の居た台所の方を指さしている。
「夕ご飯が出来たのか?」
言いながら、オレはそちらを見る。コンロの上には鍋、そしてその隣にはチキンステーキが既に出来上がって置かれてある。
香は縦に首を振った。
お察しかと思うが、彼は喋れない。それは彼が包帯人であるが故だ。
毅博士はこういう所に忠実だった。萌里子がニンニクが苦手であったり、絢は丸いものに目が無かったり。その手のことに深く精通していた博士は、こういう所をそれはもう完璧に再現した。
話すことの出来ない香は、世の中に出ても大変な苦労をしてしまう。ので、彼には家の番を任せている。炊事に洗濯、掃除に家計管理も全てその一身に任せている。
彼は全身に包帯を巻いているが、その黄色い髪と横に切れた目だけは見える。オレにはそういった感覚は掴めんのだが、萌里子が言うに彼はイケメンなのだとか。
それは、この家に住むもう1人の女子である彼女も言うのだが。
「おい紫姫!夕ご飯出来たってよ!」
「あーい。先食べといてー」
その女子──動死体の紫姫を呼んではみたものの、いつものようにだらけた声の返事が返ってくる。
恐らくだが、またカレシとのチャットのやりとりに耽っているのであろう。
普通に過ごしている分には異臭もしないし服も着ていれば一般人なのだが、ちょっとした衝撃で腕が取れたり眼球が飛び出たりしてしまう。あと死なない。
そんな彼女を、動死体であると認識した上で付き合い続けている彼氏くんは、なかなかの物好きだ。紫姫自身曰く、昨今のゾンビブームの延長線、らしいが、画面の向こうと現実の差はあるだろうに、それも気にしないというのは、彼氏も動死体なのではと疑いたくなる。
「先に食べましょう、新。でないと、この献立なら、またああいうことになっちゃうわよ」
「ふっ、ああいうこと、ね……」
オレはそのああいうことを思い出したが、その時、既にそれが始まろうとしていた。
「うおっ、マジか、鶏肉じゃねえか!香、お前最高だぜ!今晩これを選ぶのはセンス良すぎる!いただきまぁーすっ!」
「あ、こら絢!」
萌里子が吠えた時には、もう絢は鶏肉に直にがっついていた。テーブルに並んだ瞬間にこれだから、やはり彼女には獣の血があるのだなと毎度感じる。
「はあ……どうする?おかずが一品無くなった……ん?」
食べるものを失い少々落胆するオレの肩に、またも香の手が優しく触れる。
何かと思い見ると、こんがり焼けた鶏肉が二つ載った皿が。 こんなこともあろうかと彼が取っておいたらしい。
「ありがとう!香!」
嬉しさのあまり抱きついた萌里子。口は見えないから判らないけど、目を見ると、香は笑っていた。
「おっ、スープはカボチャポタージュか……!ライスもあるよな?」
通称食いしん坊のオレは尋ねた。
香はもちろんと言ったふうに頷く。
「さあさあ、早速食べましょ!お料理が冷めちゃうわ!」
鶏肉があると判った時点でテンションは最高潮の萌里子が、いつものお上品さを失いつつある。
「紫姫ちゃんも早くきなさーい!」
「はーい!」
朝ご飯が出来た時の母子のようなやりとり。
しかし紫姫はなかなか降りてこないので、結果、萌里子は待ち切れなくて食べ始めた。
オレも仕方なしに食べ始めた時、絢がオレに尋ねた。
「そういや今日って、あの日だよな!?」
「ああ。だから紫姫も早く食べてもらわないと。あいつはただでさえ食べるのが遅いんだから」
「やったぜ!待ち切れねぇな!」
絢はうきうき。しかしうきうきなのは彼女だけでなく、食事の必要が無いので隣でオレたちの食事を見守る香もであった。
彼は時計の針が回るのを見ながら、身体を小刻みに揺らしている。
萌里子曰く、長身の香がこういう子どもっぽいところを見せた時、母性本能とかいうのをくすぐられるのだとか。
数分後、紫姫はようやく食間に姿を現した。彼女も今日があの日だと言うことに気付くと、急いで食事し始めた。
だがそうした瞬間、絢と香の待ち望んでいたときがついに訪れる。
ピンポーン……。
ドアベルの音だ。
この音こそ、彼ら二人が待ち望んでいた号砲。
「ほら、お前ら!行くぞ!」
切り込み隊長のように玄関に向かう絢に、香もついていく。
「まあまあそう焦らないで。私が出るわ」
萌里子も冷静そうに装うが、内心は彼らと同じに違いない。
「ハハハ、ったくあいつら……。おい紫姫。行けるか?」
オレが訊くと、
「ちょ、ちょっと待ってよぉ。まだ食べ始めたところなのにぃ」
と返してくる。
「自業自得、ってやつだろ。ほら早くしないと」
「むぅ……」
潔く諦めて、3人と同じように玄関にむかった。
時計の針は「7」と「11」を指していた──。
「みんな来たかしら。じゃあ、行くわよ……?」
息を飲みながら、ゆっくり頷く香と絢。
満面の笑顔だ。
それを確認し、萌里子もゆっくりと扉を開けた──。
『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!』
幼い、無邪気な、高い声たちが一斉に飛び込んできた。
子どもたちだ。
赤、白、黄色、青に緑。いろんな色の服を着た子どもたちが、ニコニコしてやって来たのだ。
そう、言うまでもないが、今日は10月31日。
ハロウィーンだ。
「お菓子でもいいけど……遊ばない?」
萌里子が彼らに向かって提案する。
本来お菓子を貰いに来た彼らだったが、やはり子どもは子ども、遊びという言葉には即座に反応して、
『遊ぶー!』
と言って、手に持っていた麦編みのカゴやら被っていた黒帽子やらをみんな放って、家の前の庭の彼方此方に散らばった。
「よーし!遊ぶぞー!」
同じように庭に飛び出すと同時に、人狼に姿を変える絢。その姿に一瞬たじろぐ者もいたが
「ワオーン!」
と、人間の声で彼女が吼えたのを聞くと、皆安心してその背中に飛び乗った。
「おっ、よっしゃ!しっかり捕まってろよー!」
おりゃー、と、庭を走りまくる絢。キャッキャッと喜ぶ子供たち。
別の所を見れば、香と紫姫がオニになり、子どもたちは逃げる役で、鬼ごっこをしていた。彼らもミイラとゾンビになりきり(本当は走れるけど)遅い足で子どもたちを追いかけ、子どもたちは子どもたちでそれが面白いのか甲高い声で笑いながら逃げている。
「わあーっ!お空たかあーい!」
上から声がして、何かと見てみると、天高く飛んだ萌里子が背中に乗せた女の子が、綺麗な夜景を見て笑っていた。
その真下では、
「次あたしの番だよー!早く変わってよー!」
「その次ボクだから!」
と、自分の番をまだかまだかと待つ子どもたち。
一瞬にして、我が家の庭は夜の遊園地と化した。
子どもたちの笑いが絶えない中、オレは何もしていなかった。別にサボっているというわけではない。
一番後ろに居たオレが遊ぼうと思った時には既に、子どもたちは他の四人にとられていたのだ。
正直少し寂しい気持ちもあったが、今の主人公は子どもたち。彼らさえ楽しければ、オレはそれで嬉しかった。
だが、オレは視界の端で、一人の女の子が、我が家の壁に凭れて座っているのを捉えた。
「……どうしたんだ?」
ガタイのいいオレが優しく近づくと、怯んだのか後ずさりしたが、害がなさそうなことに気づくと、内心を打ち明けてくれた。
「……わたし、とおくにひっこしちゃうんだって。おとうさんとおかあさんが言ってたの」
「……引っ越すのがイヤなのか?」
「……うん。みんなとおわかれするのがさみしい。それに、向こうのみんながなかよくしてくれるかふあんなの」
この悩みは、毎年この夜が来ると誰かが打ち明けていく悩みだ。
そういう時は大抵、オレはこう言ってやるのだ。
「大丈夫さ。……みんなはきっと、君のことを忘れない。ずっとそばに居るさ。
それに、引っ越した先の人々は、きっと君と仲良くしてくれる。同い歳の子もいれば、おじいちゃんやおばあちゃんもたくさん居るだろう。みんな優しくしてくれるはずだよ。
それに、もし辛くなったり寂しくなったりした時は、10月31日に、この家に来ればいい。
オレたちが、たっぷり遊んでやるからさ」
そうすると女の子の顔は明るくなり、
「……そうだね、わかった!ありがとう!お兄さん!」
と礼を言い、他の子たちに混じって遊ぶのだった。
「……あの子も納得してくれた?」
いつの間にか飛ぶのをやめ、オレの隣にいた萌里子が訊いてきた。
「……ああ。きっと元気に過ごしてくれるよ」
オレはこう返した──。
「また来年もあそぼっ!おねえちゃん!」
遊びの時間も終わり、子どもたちの中の一人が、絢に言った。
「ああ!今度はもっと速く走ってやるぜ!」
「おにごっこたのしかったーっ!」
「わたしもー!」
香と紫姫と遊んでいた子どもも、満足してくれたようだ。
「私も楽しかったわ!香もだよね」
大きく頷く香。
包帯の間からはみ出た髪が揺れている。
「おれもおばちゃんみたいに飛べるようになりてぇ!」
見た目やんちゃそうな男の子が言った言葉に反応した萌里子が、
「こら、失礼な!私はまだお姉さんよ!おばさんじゃないわ!」
と、顔を真っ赤にして反論していた。
そして、
「……お兄さんありがとうっ。わたし、きっとまた来るね!お兄さんも、さびしくなったら呼んでねっ!」
と、あの女の子が、わざわざオレのすぐそばまで近寄って感謝の言葉を告げてくれた。
「……ああ。そうするよ」
オレが冷たい態度とわかりながらもそう言うと、彼女はニッコリと笑った。
『じゃあねーっ!』
子どもたちは元気に別れの挨拶をして、彼方へと走り去っていった。
「いや〜っ……終わっちまったなぁ……今年も」
「そうだね……なんか寂しいなぁ、毎度だけど」
「さあ、私たちも中に入りましょ。もう夜も遅いわ」
別れの感傷にしみじみと浸る絢と紫姫に、中に入るよう促す萌里子。
香は、そばに落ちていた石ころを拾った。石ころ、というより何かの欠片か。
「……ほら、オレたちも入ろうぜ。香」
今度はオレが肩を叩くと、また彼の目は笑い、
「そうだね」
と言いたげな顔で頷いた。
玄関口の脇に置かれてあった時計の針は、
「12」の所で、
ピッタリと重なっていた──。
改めまして、彩葉です!
いかがでしたでしょうか、『ハロウィン・ナイト』!
実は作中に裏設定もあったのですが、皆さんお気付きになられましたか?
答えは……言いません!コメントなどのネタバレもお控え頂けるとありがたいです!
ということで、以上!彩葉でした!
ハッピーハロウィーン!