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長編お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』  作者: くさなぎそうし
第一章 桜花乱満(おうからんまん) 葬儀屋 春田俊介(はるた しゅんすけ)編
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第一章 桜花乱満 PART7



 7.

 


「……はぁ、やっと終わったぁ」



 事務所に辿り着くと、社長が大きくため息をつきながら椅子にどっぷりと浸かった。


「まさかあんなに弔い客が来るなんて思ってなかったよ。春田君もお疲れ様、これ、食べていってよ」


 社長から手渡されたのは四角い重箱だった。中を開けると、新鮮な刺身がご飯の上に陳列されている。海鮮丼だ。


「いいんですか?」


「ああ、もちろん。業務弁当、略して業弁だ。毎回変わるのだけど、これは皆、業者さんを含めた全員分、注文しているんだ。だから遠慮しなくていいよ」


「ありがとうございます。せっかくなので、ここで食べてもいいですか?」


「ああ、もちろん。お茶でも淹れよう。志木しきさん、ちょっといい? 春田君にお茶よろしく。僕はちょっと用事を済ませて来るから」


「社長、どこか行くんですか。それなら俺も……」


「いやいや、トイレだから。安心して食べておいて」


 派遣の司会者さんが静かに湯呑みを出し、お茶を淹れてくれる。熱い湯が体に入ると、ほっと吐息が漏れる。


「う、旨いです」


 マグロの上にワサビをつけて、ご飯と絡めて頂く。働きながらもご飯まで頂くことができるなんて、素晴らしい職場だ。


「いい食べっぷりだね、美味しい?」


「あ、はい。とっても」


 一気に平らげると、司会者さんは自分の分を手渡してきた。


「これも食べちゃって。私、家にご飯あるからさ」


「いいんですか?」


「うん。余ることもあるし、大丈夫よ。余ったら、その分、私が貰うから」


「では、遠慮なく頂きます」


 再び箸を掴むと、司会者さんは隣の席に座り、じっと見つめてきた。


「魚好きなんだね、意外」


「え?」


「あ、ごめん。若いからさ、肉しか食べないのかなと勝手に思っていただけ。気にしないで」


 そういいながらも彼女は自分の分のお茶に手を付けずに丼を眺め続けている。



 ……ひょっとして、食べたかったんだろうか?



 申し訳ないことをしたなと思いつつも、手は止まらない。中途半端に残すくらいなら全て平らげてしまった方が派遣さんにとっても気持ちがいいだろう。


「ねえねえ、春田君。何でここに就職してきたの?」


 司会者さんの切れ長の目が光る。美しい瞳に思わず目を背けてしまう。


「実は身内の葬儀がここでありまして……その時の対応が物凄くよかったみたいなんです。それでここに決めたんですが、来てよかったです」


 丼を平らげると、彼女は憂いを秘めたように寂しそうに笑った。しかし食べてしまったものはどうにもならない。


「そう、なんだ……」


「皆さんのプロの仕事、拝見させて頂きました。本当に素晴らしかったです。これからよろしくお願いしますね! 受けた恩は必ず返しますので、安心して下さい」


 大きく胸を張ると、彼女は涙を零しながら手を差し伸べてきた。


「うんうん、ありがとう。こちらこそごめんね……」


「どうかされたんですか?」


「んーん、私ももっと頑張らないといけないなと思って。私の方こそ、元気を貰っちゃった。ありがとね!」


 司会者さんは怖そうな見た目とは裏腹に、屈託のない笑みを見せる。



「とんでもないです。来月から入社することになった春田俊介といいます。一生懸命頑張ります」



 自己紹介をすると、司会者さんは敬礼をするように頭に手を伸ばした。



「私の名は志木栞しき しおり。派遣でたまに来るくらいだけど、よろしくね、俊介君!」 

 


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