第四章 焼逐梅 PART16
16.
タクシーを飛ばし、式場へ着くと、暗闇の中、最上階に人影が見えた。
「春田君はこのまま、待っていてくれ」
「わかりました。何かあったらすぐに連絡して下さいね」
番号を交換し、屋上へ向かう扉へ行く。扉の前で指定の解除番号を入力すると、中から警備解除キー付きの鍵が出てきた。
……栞もこの鍵を使って屋上に向かったに違いない。
きちんと収納されているといくことはここから出る予定はないということだ。ただ屋上に登るだけなら、彼女が持っていなければならない。
……やはり出遅れたか。
逸る気持ちを抑え、エレベーターで最上階へ辿り着くと、栞が白い息を吐きながら呆然と立っていた。
「どうしたの? おじさん」
「ここにいるような気がしてね」
「そっか……。おじさんにはやっぱり分かっちゃうか」
栞はため息をつきながら窓ガラス越しに外を眺めている。
「俊介君とは何を話してたの?」
「あの件に関してだ。彼は話す前からもう、全て知っていた」
「そっか……」
栞は首をすくめてマフラーをきつく縛る。その姿に昔の面影を覚える。
「明日、告別式が終わったら、全て告げようと思ってたの。きちんと話をして、警察に自首しようって……私がしたことを全て」
「栞がそんなことをする必要はない」
「そうかもしれない。けど、私はさ、もうこんな生き方は嫌なのよ」
彼女は涙を流しながら続けていく。
「誰かのせいにして、誰かを言い訳にして、生きていくのはもうたくさん。あの時に死んでいればこんな風には悩まなかったのに……。麻里ちゃんはひどいよ」
「そんなことをいうなっ」
大声で叫び彼女の近くへ歩み寄る。
「栞が生きているから、俺も救われていたんだ。娘がいなくても、君と同じように成長できたのかなと思うだけで、なんとか生きてこれた。梅雪だって一緒だ」
人は皆、弱く縋るものを追い続ける。生きるための理由を探せば探すほど、そんなものはないと知り、自分を追い詰めていく。
「栞、この世に生きる理由なんてない。それは誰しもが考えるけど、そこに答えはない。君は確かに、幸運とはいえる状況にはなかった。だけど、それは死ぬ理由にもならない」
「おじさんだって、ここに来た理由は私と一緒なんでしょう?」
「ああ、さっきまではそうだった。だが今は違う」
掠れた声で告げる。
「俺は麻里が死んでから、今まで死ぬ理由をずっと探してきた。その一番大きい要員になったのは梅雪が生きていることだった……」
娘に懺悔を続け、ストレスに押し潰されながら救いを求め続けてきた。早く楽になりたくて、自分を追い込み続けてきた結果、梅雪の死を願い続けてきた。だが彼女が亡くなりその通夜に来ても、俺の心は収まる所か不安が募る一方だった。
やることがなくなっても、必ず生きる理由はできてしまう。
今、自分がここにいる理由は栞の命を助けることだ。
「俺のミスは取り返しがつかないものだ。しーちゃんにとっても同じだろう。だけど人の死で償われるものなんてない。そんな権限は誰も持っちゃいない」
「わかってるよ。私の自己満足だって、わかってる。でも私はもう誰も失いたくない。ママが亡くなったのに、私、ほっとしてるの、おかしいでしょ? これでやっと楽になれるって思ってるの」
「俺はしーちゃんがいなくなる方が辛いよ」
端的に思いを伝える。
「これから先、俺は大切なものなんて増えずに失うだけの人生だ。全盛期で死ねずに、堕ちる一方だよ。だけどしーちゃんは違う。順平君の思いを受け継いでいるんだから、もっと幸せなことがこの先、たくさんある」
「……先のことなんてわからないよ」
「わかるよ」
栞の顔をきちんと見ていう。
「人生には何が起こるかわからない。この先も辛いことがたくさんある可能性の方が高い。だけどしーちゃんは乗り越えられるし、これから先、幸福になれると約束する」
「どうして?」
「俺がいるから」
胸を張ってしーちゃんの肩を掴む。
「俺が君を幸せにする。寄り添うことはできないけど、必ず君の力になる。こんな老いぼれでも、できることはやってみせるさ。だからしーちゃんは幸せにならないといけない」
「何をいってるの? おじさん」
「やっと思い出したんだよ。俺がレスキュー隊員になりたかった理由を」
握力の弱った左拳を胸の前に掲げて告げる。
「消防士として初仕事をするまで、俺はプライドの塊だった。できないことは何もないと高を括ってこの仕事を選んだんだ。だけど俺は家が焼け落ちるほどの火を見て身を竦ませた。初めて自分の限界を見たんだ」
武彦に勝つために、梅雪にいい所を見せるために自分が勝ち取った道だと思っていた。業務を終えてレスキュー隊員となるための練習にも精を出した。レスキュー隊員となってからも様々な課題を克服するために力を惜しまなかった。
その根本にあったのは《《自分が正しい方向にいる》》と思えたことだ。
「俺も、梅雪を失ったら全て終わると思ってた。春田君に話をしてそれで自分の死に場所を求めてお寺に札まで貰いに行っていた。だけど……しーちゃんが死ぬと考えたら、助けないといけないと思ったんだ。おかしいだろう? 自殺しようと考えていた人間が自殺を止めるなんて」
「うん、それはおかしいね」
しーちゃんも小さく笑い頷く。
「きっと順平君もそうだったんだろう。彼の場合は死ぬつもりなんてなかったのだろうけど、最期まで自分の道を貫いた。だから後悔はなかった」
しわがれた自分の声に驚きながらも、生死を掛けた炎の現場が蘇る。
生きるか死ぬか、ただそれだけを目の辺りにして俺達は走り続けてきた。そこにある目標はただ、人の命を救うということ。
その人が生きたいか、死にたいかなど関係ない。
ただ《《生かす》》、それだけだ。
「……」
「順平君は……しーちゃんのことを最期まで愛していた。じゃなかったら、事務所のデータを守ろうなんて発想にはならない」
彼の最期の笑顔が蘇る。火の渦に飲み込まれながらも決して諦めない彼こそが相応しい。彼の仕事に対する思いが俺の心に再び火を点けていく。
「……」
「栞、生きてくれ。俺はお前がいないとまた死にたくなる。だから俺のために生きてくれ」
「……。おじさんはそれで楽しいの? 辛くない?」
「辛いことばかりだ。だけど、死ぬ訳にはいかない。こればっかりはしーちゃんのせいだからな」
「ひどい。今、死ぬ理由を探すなとかいってたくせに、人のせいにするんだ」
「そうだよ。俺はわがままだからね」
大声で笑うと、栞は肩を竦めて再び窓際のPCを覗いた。
「本当にひどいよ、おじさん。また私、死にそびれちゃったじゃない」
「ああ、しーちゃんはまだ死ねない。順平君の弟にきちんと話をしていないからな」
後ろを振り返ると、春田君が大きな巨体を無理やり隠そうとフロアの支柱に忍んでいた。きっと非常階段から登ってきたのだろう。
「お久しぶりです、志木さん。こうやって話すのは春以来ですね」
「……そうだね。今まで黙っていてごめんね。私が順平君の元カノです」
2人は頭を下げながら話を続けていく。だがその姿に陰険な雰囲気はない。
「いえ、僕もあの時にお話を聞いていたらきっと、パンクしていたと思います。何せ初仕事で極道の会長を見送ることになりましたからね」
「うん、うん。それにしても、やっぱり血は争えないみたいだね。順平君が業務内でのあだ名って聞いたことある?」
「いえ、なんといわれていたんです?」
「《《チャッカマン》》、火つけ役よ」
栞はそういって、事務所内を見渡した。
「結婚式場なのに、いつも仲違いした人ばかりのプランを組んでいたのよ。君のお兄さんはいつも修羅場に火を点ける熱い人だった。それでも皆、逃げずに業務を完遂できたのは……順平君がいたからなの」




