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長編お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』  作者: くさなぎそうし
第四章 焼逐梅(しょうちくばい) 火葬技師 冬野 斗磨(ふゆの とうま)編
57/74

第四章 焼逐梅 PART3

  3.


 病室を出ると、梅雪の夫・武彦たけひこが白衣を着たまま突っ立っていた。お互いの白髪が年月を加速させていく。



「お疲れさん、今日も残業か?」


「うん、そうだね。今月は3日も休めたからいい方だよ」


「そうか、いつもながら大変だな」



 小さく吐息をつくと、ため息と取られたのか、武彦は俺の顔色を伺うように見た。


「やっぱり無敵の斗磨も年には勝てないのかい?」


「お前こそ、顔に英気がないぞ。病院内でも髭くらい剃ったらどうだ?」


「メスで剃れればいいんだけどね。君は剃るのが半分でいいから羨ましいよ」


 お互いに緩く噛み合うと、武彦は小さく笑った。


「相変わらず元気そうでよかった。君まで倒れたら大変だからね、僕が」


「そっくり返させて貰う。それより梅雪の病状は?」


「いつも通りさ」


 武彦は眉を動かさずに冷静にいう。


「《《順調に》》弱ってきている。もう後は、彼女の気力次第だ。持って2週間、と考えて貰ったらいい」


 武彦は指で数字を示しながらいった。


「今年を乗り切れるかどうかが瀬戸際だね。それでもここまで、よく持ってくれた方だよ……」


「そうだな……」


 梅雪の病状が判明したのは、7年前。元々体が弱かった彼女が癌に掛かっても、ここまで生き延びることができたのは彼のおかげだ。


 外科医である武彦は、医学界に多大な貢献をし、様々な病人を救ってきた。彼女の器官は三つの癌に侵されていたが、その全ての手術に彼は成功をおさめてきたのだ。


 30代の頃に培った救急病棟での経験が彼の能力を何倍にも膨れ上がらせたことを、俺は隣でずっと見てきた。



「最後まで付き添ってくれてもいいんだよ? もう僕にできることはないんだから……その遠慮しなくても……」



「いいや、それはできない。契約違反だ」


 

 言葉を濁し、彼の発言を遮る。


「お前がいたから梅雪はここまで生きてこれた。だから、後はお前に任せると決めている。俺達の関係は《《あの世》》からだからな」


「本当に変わらないねぇ、君達は」


 武彦が緩く笑うと、頬が強くこけているように見えた。未だに睡眠時間を削るようにして医療に貢献しようとする彼に嫉妬しながらも敬意を表さずにはいられない。


「それに引き換え僕は今でもあの時の決断に迷っているというのに……全く、君達が羨ましい」


「止めてくれ、俺は梅雪が死ぬのを今か今かと待って、会いに来ているんだ。決して褒められるような内容じゃない」


「それでも君はやっぱり凄いよ。君の執着心には本当に頭が下がる」


 

 ……仕方がない、俺は死にぞこないの死神なんだから。


 

 心の中で呟く。娘の麻里に命を助けられながらも、梅雪が死ぬのをただ待ち望み、この年まで生きてきてしまった。時間は残酷で、思いは風化せず、ただ体だけが朽ちていくのみだ。


「君は昔から変わらずヒーローだよ。梅雪にとっても、僕にとっても……栞にとってもそうだ」


「あの時まではそうだったかもしれないな。だけど、今の俺は定時退社するしがないサラリーマンだ」


 レスキュー隊員として誇りを持ちながらも、仕事に明け暮れていた時期が懐かしい。厳しい選抜試験を通り抜けることができたのも、自分のプライドだけでなく、彼に勝つことが前提にあったからだ。


 武彦は常に自分を見続けている。だからこそ、その視線に恥じないように努力を続けてきたが、それもようやく終わりを迎える。



しおりにも伝えておいてくれ。できるだけ会いに来ると」


「ああ、伝えておくよ。でも職場で会う方が多いんじゃない?」


「まあ、そうだな」


 武彦の養子・志木栞しき しおりは斎場専門の派遣で働いている。火葬場と葬儀場が繋がっている職場なので、よく顔を合わせることが多い。



「……栞がうちに来てもう20年になるのか、お互い年を取るはずだよ」



「……ああ」



 ……今でも、この手が覚えている。



 幼い《《わが子》》が燃え尽きる瞬間を見て、俺は心の大部分を失った。火に立ち向かうことを諦めた俺は、この世に未練など持ってはいけない。



「麻里ちゃんの20周忌はどうするの?」


「どうもしないさ。いつも通り、清閑寺で法要を唱えて貰う」


「そうか。僕も同席したいけど、無理そうだね」



 20年前のホワイトクリスマス。


 人生を彩る大切な行事が積み重なり、浮かれていた日々。


 それがあの日を境に、俺達の全ては逆転してしまった。


「きっと梅雪もそれまでは頑張れるだろう、だから武彦、それまでは……」


「ああ、わかってる。僕もベストを尽くさせて貰うよ」


 彼のしわがれた手を握り、自分の手を見返した。


 そこには禍々しく焦げた左手が、今にも崩れんと弱々しく震えていた。

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