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長編お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』  作者: くさなぎそうし
第三章 紅葉綾灰(こうようりょうばい) 花屋 秋尾 朱優(あきおしゅう)編
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第三章 紅葉綾灰 PART13

  13.


 

 ――朱優、お前もこっちに来いよ。



 祐一の声は穏やかで混ざりっ気がなく、私の心を常に響かせていた。



 ――今は忙しいけどさ、いつかは二人で住もうな。



 遠距離恋愛で彼の存在がどんどん大きくなり、私は実家での生活に物足りなくなっていた。


 祐一が地元に戻ってくることはない、そう感じながらも、離れられなかったのは私自身が中途半端な気持ちを残していたからだ。


 彼の夢を追いかけることはできる、でも私には何もない。祐一がいなくなった時のことを想像しながらも、それに縋り続けていた。


 いつかは私を連れていってくれる、その希望だけを頼りに――。



 ――大猿の彼女か? すまんが、すぐにこっちに来てくれないか。



 彼の上司であった木山さんの悲痛な叫びを聞きながら東京に向かうと、彼はもうすでに棺に入っており、納棺の儀を済ませていた。



 ――俺がいながら、すまない。本当に申し訳ない。



 彼はあどけない童顔の表情のまま突っ伏していた。時が止まった瞬間を何度も味わいながら、私は供養の言葉を嘆きつつ、今後の身の振り方を考えざるおえなかった。



 ――あいつは凄え奴だったよ。後一年で辞めるために、自分を追い込んでいた。会社のシステムを残すために躍起になっていたんだ。それを止めなければならなかったのに、俺は……甘えてしまった。



 ――辞める、と祐一はいっていたのですか?



 ――ああ、地元に戻るために、きちんとやれることはやるつもりだったらしい。地元でも仕事はできるが、彼女は変えられないと。本当に、すまない。



 木山さんの言葉を受けて、私が取った行動は彼の会社に入ることだった。彼が何を学び、何を作っていったのかを知るために入ったのだが、そのあまりの膨大な量に私は言葉を失った。



 彼を追いかけていけばいくほど、見えなくなっていく。その熱意に、才能に、私は自分そのものを見失いかけて――。



「おい、秋尾。大丈夫か?」



 声のする方を見ると、木山さんが真剣な表情で私を見ていた。


「あ、すいません。何でしょう?」


「担当者が来た、あの方でいいんだな?」


 ばりっとスーツを着こなした春田君が会場に入っていた。彼の顔には迷いはなく、笑顔を見せながら各業者に挨拶をしている。


「そうです。彼が今回の担当者である春田さんです」


「おし、んじゃ確認を取るぞ。お前もついて来い」


 春田君の前に行くと、木山さんは大きく頭を下げながら彼に挨拶をした。


「お世話になっております、施工担当者の木山と申します。いつも秋尾がお世話になっております」


「とんでもございません。東京典礼の春田と申します。本日は社長が不在のため、何分ご迷惑を掛けることもございますが、どうぞよろしくお願い致します」


 2人とも名刺交換をし、受注の確認を述べていく。



 ……春田君、大人になったなぁ。



 ついこの間まで大仕事に対して怯えていたのに、今では木山さんと肩を並べて話ができている。


「かしこまりました。では私の方はこれから施行を続けていきますので、何かありましたら、秋尾の方に申し出て下さい」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 そのまま木山さんは生花祭壇の方へ向かい、新しい菊を手に取った。春田君はお手すきなのか、そのまま茫然と生花祭壇を眺めている。


「春田さん。こんな大仕事、任せて頂いてありがとうございます。何だか見違えてしまいますね」


 頭を下げると、春田君は訝し気に私の顔を見た。


「どうしたんですか? さんづけなんて」


「立場上ここではね」


 頷きながら笑みを見せると、彼も意図を理解したのかそれ以上、詮索はしなかった。いつもとは違うクールな横顔を見ると、唐突に嗜虐心が沸いていく。



「聞いてますよ、夏川さんと連絡取り合っていること」


「え?」


 彼の顔が一瞬で赤くなる。


「生け花の後にご飯を食べに行くなんてやるじゃないですか。一緒に来たらどうです?」


「そこまではちょっと……秋尾さんにも悪いですし」


 春田君は恥ずかし気な顔を見せながらも、否定をしない。


「夏川さん、今回のお仕事の件、気にされてましたよ。お兄さんのことで必死になり過ぎているのではないかと」


「そうですね、それは確かにあると思います。ここに来てまた一つ新たな情報を得ました」


 春田君は生花祭壇の行方を見守りながらいう。



「こちらの施行主様から連絡を頂き、わざわざ僕を指定して下さったのは兄のおかげです。今回、お客様とお話をしてわかったのは、兄には実は《《婚約者》》がいたんです」



「え? そうなの?」


「そうなんです、それでこの仕事が終わり次第、そのお相手を探すことにしようと思っているのですが」


「そっか。よかったね。お兄さんの話、ちゃんと聞けるじゃない」


 

 ……だが何か引っかかる。


 

 自殺をした恋人に顔を合わせにくい理由は何だったのだろうか。


 確かに公表してしまえば、他の男性とお付き合いはしにくいだろうから、隠すことはわかる。だが身内の方に挨拶に行くべきではないだろうか。


「その人はお葬式には来ていたの?」


「いえ、来ていなかったみたいです……」


 春田君は悲痛な表情を浮かべながら思いを告げる。



「実はその方は……《《結婚詐欺師》》の可能性があるみたいなんです」



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