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長編お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』  作者: くさなぎそうし
第二章 一蓮託唱(いちれんたくしょう 住職 夏川 菜月(なつかわ なつき)編
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第二章 一蓮託唱 PART11

  11.


 

「いやー、まさか本当にお食事できるとは思っていませんでしたっ!」


 春田さんは出てきたおしぼりで何度も顔を拭く。それでも額から汗が滲んできている。


「久しぶりに母親が早く帰ってこれたみたいで、ご飯を作らずに済んだんです」


「そうでしたか。それにしても夏川さんがドリンクバーをご存じだったとは思いもしませんでした」


「ひどい。それくらい、知ってますよ。私でも」


 少しだけ顔を膨らませて彼に抗議する。


「昼間には来たことがあるんですよ。ただ、夜にはあまり来たことがなくて……、私だって女子高生をしていたんですからね」


 冷えたジンジャエールが喉をくすぐる。私は今、春田さんと近くのファミリーレストランに来ている。回りを見渡すと家族連れで賑わっている昼間とは違い、カップルの客層が多いように見える。


 注文の品が届くと、二人で手を合わせながら熱い鉄板に箸をつけた。


「美味しいですね。久しぶりに食べるんですよ、ハンバーグ」


 肉汁が詰まったチーズハンバーグに心を躍らせていると、彼はぶつぶつと何かを唱え始めた。


「夏川さんが……女子高生……女子、こう、せい……」


「どうかされました?」


「いえ、呟いてみただけです」


 そういって春田さんは再び呟きながらミートソースのハンバーグを口に運ぶ。やはり男性だけあって一口が大きい。その食べっぷりを見ているだけでもお腹が満たされていく。


「どうしました? 僕の顔に何かついています?」


「いえ、食べるペースが早くて驚いているんです。やっぱり男の子なんですね」


「男の子という年でもないですけどね」


 春田さんは、はにかみながら告げる。


「それにしても夏川さんはまだ制服を着ても似合ってしまうんでしょうねぇ……ああ、JKJK」


 そういって彼は再び私の方を拝みながら食べていく。



 ……やはり何か悩み事があったのだろう。



 彼の心境をくみ取りながら質問してみる。


「春田さん、何か相談事があったのでしょうか? 私でよければ聞きますよ」


「そんな、悩み事ではないのですが……」


「先ほどから様子がおかしいのはわかってますよ。正直に思っていることをいっていいんですよ」


 きっと春田さんには日頃から悩みがあったのだろう。新入社員として未だ四カ月、まだ半年も経っていないのだ。気苦労も多いだろう。



「……そうですねぇ、夏川さんの昔の写真とかないですか? できれば、お坊さんになる前の写真などあれば有難いのですが」



「えっ?」



「一目だけでいいんです」



 彼は真剣な瞳で私を見ていう。



「どうか、どうか、お願いします。悪いことには使用しませんから、どうか……」



 懇願する彼に混乱する。私の昔の写真を見て、どうするというのだろう。


「一応あるにはありますが……それが何か関係しているのでしょうか? もしかして、お兄さんに関することで……」



「いえ、ただの趣味です」



 春田さんは曇りなくいった。


「兄貴とは一切関係ありません、誓って。兄貴の話をするつもりではありましたが、この件に関しては何もありませんっ」


 そこまでいわれると、逆に気になってしまうが、何か理由があるのだろう。


「……一応、こんな感じですけど」


 高校時代の写真をスマートフォンで映していく。そこには女子高時代の友人との思い出が残っている。体育祭、文化祭、修学旅行……様々な出来事を経験し、今彼女らは社会人として立派なキャリアウーマンとなっている。


「す、素晴らしいっ。夏川さんは本当に変わらないですね」


「大げさですよ。この頃に比べたら年を取りました」


 あどけない微笑みを浮かべる少女時代を回想していく。あの頃は夢中になれるものが多すぎて、目まぐるしく時間が過ぎていった。


 友達と渋谷に買い物に行き、新宿で恋愛映画を見て心をときめかせ、千葉にあるテーマパークで一日中、遊び回った。



 ……祖母の死がなければ今の私はここにいない。



 幾重ものターニングポイントを通過し、今の人生がある。もしかするとすでに結婚しているルートだってあったのかもしれない。


「いつも大げさですよ、春田さんは。女性と話している時はいつもそうなんです?」



「いえ、あなたといる時だけです」



 彼の言葉に心臓が激しく鼓動する。


「え、どうして私といる時だけなんですか?」


「どうしてって、それは……」


 春田さんは口に入れたハンバーグを飲み込んでから答えた。



「あなたのことが好きだからですよ」



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