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長編お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』  作者: くさなぎそうし
第一章 桜花乱満(おうからんまん) 葬儀屋 春田俊介(はるた しゅんすけ)編
15/74

第一章 桜花乱満 PART13

  13.



 ……お、終わった。



 肩を落とし虚ろな目で彼を見る。俺の儚い葬儀屋人生は今日で幕を閉じることが確定した。会長自ら出向く事態を作ってしまったのは自分だからだ。


「薫さんはねぇ、いつもあんた方の心配をしとったよ。うちは不器用な人間が多いから、俺がその分働かないと、回らんとねぇ。そういいながらも、いつも楽しそうにしておった……」


 杉田会長は両手で杖を持ちながら故人の写真を眺めている。震える杖が、友の死に対して真摯に向かう姿に見え心を動かされていく。


「儂はのう、そんな親方が羨ましい反面、毎度反論しよったんよ。薫さんの方が不器用やてとね。なぜかって? それはのう、人に任せることができないと宣言しとる風にしか見えんかったんよのう」



 ……なんとなくわかる気がする。



 兄貴は仕事ができる才能があった。だからこそ何でも背負い込み人に任せることができなかったのだ。おかげで俺は兄貴に何でも任せ、自分で考えることを止めてしまっていた。


 カリスマがある人間はそれだけで人を惹きつける。それは社会人としては諸刃の剣だ。会社の規模が大きくなるほど、個人への負担が増えていくからだ。


「人に任せる、というのは儂の年でも難しい。やから薫さんの意見もわかる。じゃが、結局、薫さんは組を止めんで、この世を去った。それはいわんかったんやない。あんたらに期待することにしたからじゃ」


「やけど、親方はこいつに頼んで、組を解散させようとしていたんですよっ!」


 組の者が反論すると、杉田会長は大きく頭を下げた。


「それこそ、嘘じゃ。その子はのう、儂が炊きつけたんじゃ。本当に申し訳ないことをしてしまった。老いぼれの出来心じゃ、本当にすまないことをした」



 ……え?



 今日初めて出会った俺を庇う理由がわからない。もしかすると、丸くおさめるためにこの場の責任を取ろうとしてくれているのかもしれない。


「あんたらの意見を今一度、訊きたくてのう。じゃからここでお詫びとして、一つ話をさせてはくれまいか、薫さんが好きだった桜の話じゃ」


 会長はゆっくりと祭壇に近づき、枝だけになった桜を眺める。


「『桜花乱満』という掛け軸があることを知っているかのう?


 桜の花は乱れても、この世を満たす。


 満開の桜は咲き誇り、命を燃やしながら散っていく。だけどその花びらは枯れてはいない。それは生きることを諦めずに輝きを残すということじゃ」


 本来なら桜を楽しむ桜花爛漫という四字熟語だろう。だが造語でありながらも、どこか穏やかな気持ちにさせてくれるのには故人の思いがあったからだろう。



「人は必ず死ぬが、その精神も《《必ず残る》》。人は死んでもそこで終わりやないんじゃ。あんたたちの中に、薫さんの思いは残っておるじゃろう? ならその思いを胸にしてから、彼を見送ってみんね? なあ、京子さん」



「杉田会長、お久しぶりです」



 京子さんは頭を下げながら会長を見る。その目には哀しみだけでなく、彼に縋るような思いを感じてしまう。


「わざわざ来て頂きありがとうございます。お辛いのに……本当に感謝します。夫も喜んでいると思います」


「すまんなぁ、京子さん。遅くなってしまって……」


 会長は頬を掻きながらいう。


「時間がないのはわかるが、焦ってもいいことはないぞ。ここは一旦、保留にするのはどうじゃ?」


「すいません、何度も考えた上での結末なんです。通させて貰えないでしょうか」


 京子さんは頭を下げて粛々と呟いていく。


「会長の気持ちもわかりますが、私達はもう限界まで来ているんです。ここで止め時を見失えば、それこそさらに、悪くなるのではないでしょうか」


「なあに、止めるなとはいわんよ。解散することも一つの選択だと思っとるわい。しかしな……」


 会長は微笑みながら、薫さんの棺を見ていう。



「まだ薫さんの葬儀は終わっとらん。火葬場に辿り着くまでが葬儀の一貫じゃ。決めるのは最後まで見送ってからでも遅くはないじゃろう?」

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