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長編お仕事小説 『それでも、火葬場は廻っている』  作者: くさなぎそうし
第一章 桜花乱満(おうからんまん) 葬儀屋 春田俊介(はるた しゅんすけ)編
12/74

第一章 桜花乱満 PART10

  10.



「すいません、これだけではわかりませんよね。少しだけ、昔の話をしてもいいでしょうか?」


「……ええ、お願いします」


 橘薫さんは戦争時代を生き抜き、東京大空襲を受けた被害者の一人だった。彼が何もない所から立ち上げた会社は成長を続けるも、オイルショックと共に一度潰れてしまったらしい。


「でもその時には夫には大勢の社員がいたんです。なりふり構わずに仕事を求めた結果、今の組ができたそうです。身内のいなかった薫さんは、社員一人一人を、それはもう家族のように愛していました。今日来られた方は全て、関わりがあった人達なんです」



 ……そうなんだろうな。



 戦争の悲惨さはわからないが、彼が慕われていたことはわかる。通夜が始まってからの立ち振る舞い、あれは故人を偲んでいるとしか思えなかった。


「通夜前の騒動、本当に申し訳ありません。薫さんが亡くなって、皆、自暴自棄になっているだけなんです、どうか許して下さいませ」


「いえいえ、誰も怪我をしていないので、問題にもなりませんが……でも、通夜に立ち会えて本当によかったと思っています」



 ……それに最初に会ったあの人は、静かに泣いていた。



 ネクタイを締めつけた一人の男を思い出す。拙い指で絞めてきたが、あれは他の者にいえば済む話だった。わざわざ自ら動いたのは、きっとそれだけ熱い思いを持って葬儀に臨んだからに違いない。


 心底怖かったが、あれで気合が入ったのは確かだ。


「だからこそもう一度、謝らせて下さい。うちの組はすでに限界がきているのです。厳しい状況が続いており、仕事もうまく立ち行かず喧嘩ばかり続いているのです。ですので、このまま組を残す訳にはいかないと……」


「それで明日、俺が子供として式に参列して組はどうなるのです?」


「あなたが今年新入社員として入社することを聞かせて頂きました。薫さんの子が新しく仕事を始める、そういえば告別式での喧嘩は起きないでしょう。それにあなたが薫さんに代わって組を解散させるといえば、皆、頷くしかありませんから」


 確かに理に適っている。なぜ故人が組を止めるのか、それが自分の代の子供に迷惑を掛けないようにとするのなら、彼らは黙って行方を見守るしかない。


 だけど……。


「そんな終わり方でいいんですか? 今まで培ってきた実績や信頼があったからこそここまで来たんじゃないですか? 薫さんだけが頑張ったのではなく、他の者がいたからこそ、今の立場まで来れたのでは」


「そうです、その通りです」


 京子さんは涙を浮かべながらも頷いていく。


「ですが、ここで思い出として残した方が組員を始め、私にとってもいいことだと思うのです。前々から話をしていたのです、夫の代で組を解散させることは……」


「それは……でも……ちょっとあんまりじゃないですか」


 彼女の気持ちを知りつつも、頷くことはできない。


「確かに会社を作ったのは薫さんかもしれません。でもそこに関わっている人の意見を訊かず、一方的になくすのは……辛いですよ」


 兄貴との思い出が不意に蘇る。彼を慕っていたからこそ、その別れが一方的過ぎて俺は3年もの時を止めてしまったのだ。



 頑張る目標があれば人は前に進める、だがその目標を失った者は何をすればいい?



 《《別れを超える何か》》がなければ、人は立ち止まってしまうのだ。



「俺には兄がいて結婚式のプランナーをしていました。兄は副支配人になるくらい、ばりばり仕事をこなしていて、俺の憧れでした。彼の後をついていけばいい、そう思って必死に縋りついていったんです。でもその兄はこの世を去りました」


 月日が経っても自然と涙が流れてくる。毎日顔を合わせていた習慣はすぐに消すことができず、心の中にはぽっかりと穴が開いていた。


 学生時代、人は生きるために仕事をするのではないかと考えていた。まさか仕事に殺されるなど、考えもしていなかった俺は就職活動中、絶望した。


 当然、自己PRなどできるはずもなく、面接会場にさえ辿り着けず日に日に働くことの意味を見失っていた。


 就活は戦争だ。自分を売り込む武器がなければ何もできない。嘘でもはったりでも、自分を鼓舞するものがなければ勝ち取ることはできないのだ。


「兄が死んだ本当の理由を、まだ知りません。だから俺は結婚式場ではなく、逆の《《葬儀》》を選んだのです。人の死に関わる仕事に就けば、きっと兄のことがわかるのではないかと思ってです」


「そうだったんですね……なるほど、確かにあなたと《《似てる》》」

 

 京子さんは小さく呟きながらも話を聞いてくれている。温くなったお茶を一口啜り、彼女の顔を見ると、優しい目で俺を促してくれた。


「親方さんが亡くなったのは事実です。でもあなたはまだ生きているじゃないですか。きちんと話をすれば、きっとわかってくれます。皆さんの意見を訊いてからでもいいんじゃないでしょうか」


「……そうね、そうかもしれないわね」


 京子さんは涙を浮かべながらも、目を閉じずそのまま拳を作った。


「私は逃げていたのかもしれません……止めれば、そこで終わる。その先のことなど考えていませんでした。ありがとう、おかげで《《再び》》目が覚めました」


「すいません、生意気なことをいってしまって」


 深く頭を下げながら続ける。


「でもこれは本心です。だから明日は俺に任せて下さい。俺があなたの子供となって、お伝えします。組の存続を、火葬場に辿り着くまでに決めましょう」

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