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みーちゃん

「みーちゃんのとこ、いってくるね」


 いつものように母に呼びかけると、笑顔で母は「いってらっしゃい。頑張ってね」と答えてくれる。

 私の日課に対して、母は笑顔と言葉で私の背中を押してくれる。とても嬉しくありがたいことだ。仮に母が私を否定したとしても、私がみーちゃんのもとに通うことをやめるつもりは毛頭なかったが、こうして母が理解してくれているという事は、やはり気持ち的にも楽だ。


「行ってきます」


 そして私は、今日もみーちゃんの家へと向かう。



 みーちゃんは私の高校の友達だ。思い返すたびに懐かしく、そしてそのたび胸を締め付けられる。電車に揺られ、みーちゃん家へ向かう道すがら、いつも私の頭の中はみーちゃんとの思い出でいっぱいになる。


 ――みーちゃん。


 何度も呼びかけている。心でも声でも。それは一体いつになったら届くのだろうか。

 私は彼女の力になりたい。このままじゃいけないと思っている。

 やれば出来るんだ。気持ちさえ変われば、行動にも変化が生じる。いまはきっとまだ、気持ちが前に向かないのだろう。でもそんなのダメだ。


 みーちゃん家は私の家から少し離れた違う市にある為、電車を乗り換え三十分程はかかる。でもそんな距離などたいした事はない。あれから数年経ち、私の生活がすっかり変わった今となっても、この日課を欠かすわけにはいかないのだ。


 駅を降りて数分歩けばみーちゃんの家だ。

 今日はどうだろう。答えてくれるだろうか。声を聞けるだろうか。期待は淡い。でも捨てた瞬間、終わってしまう。それではダメだ。だから私は呼びかけ続ける。他の誰でもなく私の声が届いてほしい。どうか、どうか。


 頭の中でぐるぐるとみーちゃんの事を考えているうちに、家にたどり着く。

 ごく普通の一軒家の前で、私はすっとインターホンに指を伸ばす。ピンポーンと間延びした音が鳴り響く。私は何も言わず、向こうからも声は帰ってこない。私がこの時間にここに来ることは、向こうにしてももう暗黙の了解となっている。

 ガチャリと玄関の扉が開く。出てきたのはみーちゃんのお母さんだ。


「こんにちは」


 私はぺこりとお辞儀をする。しかし、みーちゃんのお母さんは無表情で私の事を見つめ、そして何も言わず、家の中へと戻っていく。空けられたままの玄関の扉が唯一了承の証だった。私はすっと家の中に入っていく。


「お邪魔します」


 靴を脱ぎ、綺麗なフローリングの床に足を乗せる。既にみーちゃんのお母さんの姿はない。奥に見える扉の向こうにリビングがある。扉が閉まったその部屋にお母さんはいるのだろう。後は勝手にしろ。そんな言葉が聞こえる。

 あなたが諦めてどうするんだと思わないこともないが、毎日毎日こうして訪れる私の存在がうざったらしく感じる気持ちも分からないでもない。でもそんな事気にしてられない。


 みーちゃんの部屋は二階だ。私はリビングの方は気にせず、階段をとんとんと上がっていく。

階段を登り切った先、廊下の奥の左と右にそれぞれ扉が一枚ある。みーちゃんの部屋は左だ。私はそちらに歩いていき、扉の前に立つ。


 ――みーちゃん。


 声に出す前に、心の中で一度呼びかける。

 すっと息を吸い、すぅっと息を吐く。準備を終えた私は、こんこんと扉を優しく叩く。


「みーちゃん、来たよ」


 ――みーちゃん、私の声、聞こえてる?


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