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全然アップが終わってない

作者: 矢光翼

書いてみました寝れなくて。


 掌の中の砂粒が蠢く。空を流れる雲が笑う。砂漠にビルが建ち、海が凹んで燃え上がる。

 お察しの通り、夢の中。あり得ない物質たちが世界をどんどん不安定にしていく。零れ落ちた砂粒の行方はわからない。不思議と解放されたような気分になる。この掌をひっくり返してしまえば、砂粒は全てわからなくなる。

 オオオ、と風が吹いてくる。凹んだ海が徐々に、本当に徐々に盛り上がってくる。

「危険だ」

 こんなことなら勝手に体が動いてくれた方がましなのに。俺の体は思った通りに動く。海に背を向け、どこかへ走る。

 足は沈まない。こんなに地面が不安定なのに。理に適わないのが夢。まったく。敵わないな。


 瞼は、自然に開いた。

「……」

 毎朝、夢日記をつけている。二年前の六月一日から。

 半年過ぎたころから、夢をはっきりと覚えたまま起きられるようになり、一年と二か月過ぎた辺りから夢の中でも自由に動けるようになった。果たしてこれを明晰夢と言っていいのだろうか、明晰夢の範疇なのだろうか、と不安になりつつも最初数週間は夢の世界を楽しんだ。

 手足はもちろん、思考することさえ自由。起きてから惜しむような夢が無くなったことは確かだ。ただ、同時にあることにも気付いた。

 『多分、いやこれはほぼ確実に、夢の中で死んだら俺も死ぬ』

 これまでも何度か夢の中で死んだことはあるが、それは自由に出来ない夢での話。とある夢で、崖ギリギリまで巨大なクラスメイトに追い詰められ、足を滑らせ落ちると同時に目が覚めたことがあった。この時、ベッドの上にも関わらず起きて数秒間、浮遊感が俺を襲った。体感したことは無いがあれはきっと崖から落ちていたのだと思う。

 その時に抱いた感情は、二種類の恐怖。死へ、夢への。

 起きるのがあと数秒遅ければ、きっと。という予感は拭えず、夢を見る度死なないことだけを考え続けた。

 夢日記を書き上げ、今日も無事起きられたことに感謝する。恐らくだが、あの大きく凹んだ海は反動でこちら側に流れ込み、全てを飲みこむ予定だった。目が覚める時間に救われたといっていい。存在しない水で溺死なんてまっぴら御免だ。

 カーテンの隙間から差し込む光。読んで字のごとく手垢のついた表現さながらの朝日が目にちらつく。わざと両手でカーテンを開け放つ。窓の奥には玄関前の道路、向かいの家、そこで飼っているゴールデンレトリーバー、チラシが剥ぎ取られた跡のある電柱、などなど。見慣れた住宅街がある。

 はず、だった。

「あれ、朝日は?」

 果たして信じてもらえるだろうか? 見慣れた住宅街があるはずの景色が全て、朝日など欠片も無いサイケデリックな空間に包まれてしまったという言葉だけの説明を。


「母さん、父さん!?」

 部屋を出て、リビングに降りる。どうやらこの説明しがたい四次元的空間は、うちの外だけらしく、家の中は普通の家の中。

 リビングには誰も居ない。全ての部屋を回るが、人影一つない。玄関は……開けるわけにはいかない。もしこれで外の空間が流れ込んで来たら多分助からない。空間が流れ込んでくるなんて、夢を見慣れた俺ぐらいしか想定できない。

 不思議と、いや、当たり前のごとく落ち着いている俺自身に、呆れる。いくら夢を見慣れてるからって、起きて尾を引く世界に引けないなんて。

「慎重だ。慎重に。寝起きだぞ馬鹿」

 夢の世界で自由に動けるとはいえ、現実とは少し感覚が違う。先ほどまで夢の世界に居た俺は体を慣らさなければならない。夢気分で体を動かすと、上手くいかない。現実では体を動かしているという意識はほぼ無いが、夢の中ではそれが少々あり、言葉にすると、動かす骨をイメージする感覚。現実では枷にしかならない感覚。だから夢の世界には長い時間滞在するべきでないというのが俺の意見なのだけれど、今はそんなことを考えている場合ではなく。

 段々と意識と体のチューニングが無意識に合ってきたところで、夢日記を開く。落ち着いて考えればいい。きっと二年間の中に答えがある。今までの自分を信じ、ノートを捲る。

 さぁて……頼むぞ……部屋の外がよくわからない感じになってる夢……。

 なにしろ数が膨大だ。下手な書類より纏められている。

 俺は目の端にちらつくビビッドな世界を無視してノートを見続ける。

 動物が森林と同化する夢、違う。地面が空色になる夢、違う。龍の分裂を眺める夢、違う。記憶喪失になる夢、違う。散歩中に火山になる夢、違う。周囲の人間が全員バグる夢、違う。醤油と砂糖に侵略される夢、違う。ただひたすらに静かな夢、違う。家を手だけで建てる夢、違う。こんなことなら類別順にまとめるべきだった。

 静かな室内。窓の外だけが目にうるさい。窓一つ隔てて、外は謎の空間になってしまっている。

 ノートを確認しながら自分がさらに落ち着いてきていることに気付く。落ち着き、というか慣れ、というか。多分この家から出るべきではないし、そうなると解決策はこの家のどこかにあるべきなのだ。

 そしてそんな夢を見ているはずなのだ。根拠はないが。この夢が経験済みであってほしい。現実にして初の夢の世界だとしたら、この世界を夢見ている俺がいるのだろうか。

 ……だめだ、哲学的なことを考えたら思うつぼだ。何かの。

 必死にノートを捲る。どこにも書いてない。あるのは出鱈目な夢ばかり。ただ、今はその夢よりももっと出鱈目な現実。脱しなければ、ヤバいかもしれない。夢で培った危険信号が警鐘を打ち鳴らしているのだ。

 そろそろ探し疲れてきた頃、気になる夢日記を見つけた。


 九月四日

 家の中。普段の家と同様だがいくつか奇妙な部屋がある。トイレと父さんの部屋。ドアを開けても問題ないが、入るとどうなるかわからない。ただ、床も壁も天井もない空間らしく、投げ入れたスリッパが音もたてず落ちていった。家から出たところで起床。


 参考になる部分とならない部分がある。まず空間についての説明は参考になる。この窓の外が同じでないとも言えない。しかしそもそも家の外があの空間なので家から出ることが出来ない。つまり、この外の空間を元に戻す方法はわからないということだ。

 一応改めて全ての部屋のドアを調べるため、俺はノートを持って部屋を出る。

「……まずい」

 自分の部屋のドアを閉めた途端、嫌な予感が背筋を撫でた。手さぐりで背後を調べる。

 ドアノブが消えている。

「さっきは閉めなかったからか……」

 ルールが見えた。理に適わないことが起こる夢の中でもある一定のルールが保持されることがある。例えば今なら、『ドアを閉めるとその部屋が消える』。幸いなことにさっき部屋を見た時俺は少々焦っていたから一つもドアを閉めていない。

 まずは夢日記で異空間だった父さんの部屋。俺の部屋から一番近く、一回り広い。

「……異常なし」

 この調子で全ての部屋が正常だと、ちょっと困る。と言うのも、あの日記にはスリッパを投げたと書かれていた。もしかしたらここを脱するキーが異空間にスリッパを投げることかもしれないのだ。なるべくなら、家の外に続く窓や玄関は開けたくない。

 しかし俺の願いもむなしくすべて正常な部屋だった。そして俺のミスにより、風呂場が消えた。

 もう一度ノートを読む。ここに来て感じる情報量の少なさ。もう少し、詳しく書くようにしよう。


 「さて」

 俺は今リビングの窓の前に立っていて、ガラス一枚隔てた先には形容しがたい色がぐにゃぐにゃしている。完全に目に悪い色だ。

 いよいよ家の外に頼らなければいけなくなったことで俺の気分はとても落ちている。正直怖い。

 しかし怖がっていてはいつまでたっても終わらないだろうし、そろそろ母さんと父さんに会いたい。

 俺は窓のカギをあけ、スリッパを構える。少しだけ開けてスリッパを投げてすぐ閉める戦法で行く。

 まぁあの夢日記では空間が侵食されたようなことは書かれていないからこの心配も杞憂かもしれないが。念には念を、だ。

 スリッパをギリギリまで窓の縁に近づけ……開ける投げる閉める。

 スリッパはそのまま落ちていった……。地面は、ないようだ。役に立ったぞ、夢日記。

 まぁ、それが分かったからといって解決策が浮かんだわけではないから厄介だ。普通の夢なら何かの区切りで終わる。実際あの夢日記だって家を出ると同時に終わっている。しかしこの場合。家の外に出ると過激な色の奈落に落ちることを意味し、その勇気は出ない。

 俺は今一度ノートを開く。どこかにヒントは無いだろうか。家の夢なら何でもいい。消えた両親が戻ってくる夢とか消えた部屋が戻ってくる夢とか。

 と、ふと。俺はノートに書かれた夢日記ではなく、ノート自体に目が行く。

「普通の大学ノート。普通の」

 普通の……?

 いや、待て。おかしい。

 俺は妙な違和感に駆られてノートの最初のページを開く。

 そして碌に読まずに、ページを捲る、ページを捲る。

 捲り、捲り、捲り、捲り、捲り、気付く。

「このノート……終わらない……?」

 曲がりなりにも二年ほど続けている夢日記。たまには長く書いてある日もある。それがこんな普通の大学ノートに収まるわけがない。おかしいのは、外の景色と部屋が消えるルールだけじゃなかった。このノートもおかしかった。

 そしてそれに気付いた結果、俺の夢に慣れ切った感覚が結論を出した。

 簡単だったんだ。そもそも現実を考えればこんなことすぐ出てくる。というか実際、出て来ていたにもかかわらず、俺はその結論を否定していた。

「これも、夢か……」

 懐かしい感覚。夢に神経を支配され、思い通りに行かない感覚。どう考えてもあり得ないことを受容してしまうあの感覚。それを俺は、リアルタイムで体感していた。

「じゃあ、元に戻すもクソもないな。俺が起きるまで、待てばいいんだ」

 諦めではない。これが解決策。

 しかしとても気持ちが悪い。さっきまで現実だと思っていたものが夢だとわかると、こんなにも不思議な感覚なのか。夢の中なのに夢から醒めた気分だ。俺はこの意識が続いたまま起きるんだろうか。

 少し、哲学的なことも考えてみる。この立場になってやっと、夢として見られている時の自分の気持ちが分かる。同じ夢は滅多に見ない。ということは一度醒めてしまった夢での自分は何処へ行ってしまうのだろうか。起きた時の俺は、今の俺のままなのだろうか。

 そして起きた俺は紛れもなく現実の俺だが、万が一の確立でそれすらも夢であり現実はもう一枚隔てていることもあり得るのだろうか?

 考えると終わらない。夢だとわかってしまったから、俺は現実の俺が目を覚ます瞬間まで考えを巡らせる。そして証明を待つ。

 ……でも待て。俺にはこの夢に身を投じる以前の記憶が――――――――――――――――――――




 ――――――――――――――――――――メロディーが流れる。目が覚める。

 毎朝、夢日記をつけている。半年前ぐらいから。

「おかしな夢、見たぁ……」

 夢日記をつけると現実と夢の境界があやふやになる、という迷信を信じ夢日記をつけ始め半年。遂に夢で夢を自覚することに成功した。

 いや、自覚したというより、自覚した夢を見た、という感じ。

 俺は大急ぎで夢日記を出し、覚えていることを書きこむ。


 一二月十日

 夢を夢だと自覚。場所は家で、ドアを閉めると部屋が消える。家の外が異空間になっており、スリッパを投げるとずっと下へと落ちていった。いつの間にか起床。


「まあ、こんな感じか」

 俺は夢日記を置き、カーテンに手を掛ける。いつも通りの日差し。わざと両手でカーテンを開け放つ。窓の奥には玄関前の道路、向かいの家、そこで飼っているゴールデンレトリーバー、チラシが剥ぎ取られた跡のある電柱、などなど。見慣れた住宅街がある。

 はず、だった。

「おいおい……うそだろ、朝日は……?」

 窓の外には住宅街など無く、見覚えのあるサイケデリックが広がっていた。

 パッと浮かんだ『ループ』という言葉。

 咄嗟に考えたって色々と夢の中とじゃルールが違う。思わず俺は呟いた。


「……全然アップが終わってない。心の準備が出来てないっての」

書き終わっても寝れそうにはありません。

ありがとうございました。

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