はじめまして
御一読頂けたら幸いです。
近頃冷え込んできた。
木々の葉は枝に付いているものよりも地面に落ちている方が多い季節。
私が旅を始めてから幾度目かの秋。すっかり旅慣れし、初めは嫌だった野宿の手際も大分良くなり、外で過ごす事が億劫ではなくなった。
誰も居なくなった街を見つめていたら突然後ろから声がした。
「ねぇ君」
振り向くと白髪まじりの老人が立っていた。
『‥‥何でしょう?』
「この時間は危ない。早く家に帰りなさい」
『どうしてですか?』
「今は逢魔ヶ刻と言ってな、ここいらで神隠しに遭う子供や「何か」に襲われる人がおおいんじゃよ‥。だから貴方も‥」
『私みたいな魅力がなくても?』
「ふざけている場合ではないいじゃよ!早く家に‥‥。」
『ご忠告どうも』
そういって再び振り返ったとき、私の前に映る影が大きな何かに重なった。
『‥‥!?』
振り向いて其処にあったのは「お爺さんだった」ものだった。
『‥‥。』
息荒く呼吸し、目が血走り、身体は針のような毛で覆われ、尾は剣のように鋭く、顔は狼、人狼だ。
(どうしよう‥‥、勝てっこないや)
「フー、フー。」
呼吸が落ち着いた人狼は食事を止め此方を睨む。
「ガルルルル!」
『今晩は、人狼さん』
「ガルルルル」
『貴方の御名前は?』
「ガルルル!」
『私の名前は‥‥ありませんので言えませんけど』
「‥‥‥」
『あぁ、やっぱり驚きますよね?いくら人狼と言えど半分は人間。話しかけて正解でした』
「‥‥‥。」
『おーーい。人狼さーん』
「‥‥フランだ」
『え?』
「私の名前」
『あら可愛らしい!てっきり男性かと思いました』
「人狼種は、普段人間の時は性別に適した姿をしているが、狼が出で来ると皆一様に今のようになるんだ‥‥」
『お気の毒に』
二秒の沈黙。
「何で無いんだ?」
『はい?』
「名前。何でないんだ?半分狼の私ですらあるのに‥‥」
私はこの手の質問に慣れていたから、いつものように返答した。
『では、フランさんには何故名前があるんですか?』
「何故って‥」人狼の困惑した顔。これは貴重だ。
「母が付けてくれたんだ。人狼の私に、少しでも女の子らしい名前をって‥‥」
『‥‥優しいお母様ですね』
「で、何でお前は名前が無いんだ?」
そう問いてくる人狼は些か哀れみの目をしていた。
『口に食べ残しが付いてますよ?』
フランは少し照れて口を拭った。
『私のことは襲わないのですか?』
「話を誤魔化すな」
『怒らないで下さいよ』
「お前がいきなり変なこと言うからだ!」怒られた。
「何でお前には名前がないんだ?」
『ではお聞きしますが、何故貴方には名前があるんですか?』
「だから母が生まれた時に付けてくれたんだって!」
『では生まれてなければ名前は与えられませんよね』
「‥‥お前は何を言ってるんだ?」
『そもままですよ?生まれたから「名前」を貰えるんです。』
「‥‥。」
『私は生まれてないんです。』
目を丸くする人狼。先程までの鋭い眼光とは打って変わり、間抜け面を晒している。
「‥‥生まれてない?」
『はい』
「意味がわからないんだけど?」
『人並みの思考力もお持ちでないのですか?』
「半分狼なので」
『ナイス人狼ジョークですね』
「‥‥。」
また怒らせてしまった。人狼相手とは言えこれはイケナイ。
『申し訳御座いません。人狼相手とはいえ、半分人間の相手に配慮が欠けました。謝罪します。』
「貴方性格悪いのね、謝りながらばかにするなんて。」
人狼に性格を読まれてしまった。中々頭が良い人狼なのだろう。
「生まれてない、どういう意味なの?」
誤魔化しきれなかったので説明しなければならない。
『そのままの意味ですよ?生まれていないんです、貴方のように母親から、美しい花々や逞しい木々は大地から、空を駆け回る鳥は卵から、海に生きる魚だって生まれています。
正しく言うと「この世界の命」を持っているということです』
「‥‥。」
目を丸くする人狼。中々の阿保面だ。
『私はまだ生まれてないんです。一年後、この世界に生まれる予定なんです。』
「‥‥貴方、頭大丈夫?」
『頭の出来は貴方より良いつもりです。』
「じゃあ、今私の目の前にいる貴方は何なの?」
『一年後、生まれてくる予定の私が成長した姿です。』
「まだ生まれてないのに成長するのおかしくない?」
もう質疑応答は面倒くさいので一方的に説明することにした。
『一度しか言いません。私は一年後、この世界の何処かに生まれてきます。何故そんな事が分かるのか、それは神様に教えてもらったから。私は神様の気まぐれでこの世に生まれてくるか、それとも生まれることを拒絶するか選択する権利を貰いました。そのため、この世界がどんなものか見極めるために旅をしています。』
暫く沈黙。
「‥‥意味わかんない。」
『頭悪いですもんね。』
「アンタが性格悪いのは理解した。」
『そう』
半信半疑で私を見る人狼の目。
『理解できないのもわかります。頭の良い悪いではなく、信じられませんよね。』
「うん。」
『しかし私はこの旅は期限付き。五年間です』
「‥‥へぇ。」
『そしてあと一週間で、その期限の五年なんです。』
「‥‥ふ~ん。」
『‥‥。』
「‥‥。」
「‥‥答えは?」
『はい?』
「生まれてくるの?」
『いいえ。』
「‥‥何で?」
『だって、生まれたところで結局は死ぬじゃないですか。しかもこの世界は戦争、暴力、略奪、支配で一杯です。誰が好き好んでこんな世界に生まれたいだなんて思いますか』
「‥‥貴方の目にはそう映るのね。」
『はい』
「‥‥まぁいいけどね。私には関係ないし。」
『‥‥長々と話をしてしまいましたね。ここらへんでおいとまします。お食事を続けてください』
「‥‥もう冷めちゃったし、目も覚めたよ。」
『頭悪いのに上手いこと言いますね』
「この短時間で貴方の悪口は聴き慣れた」
『適応能力は高いのですね』
「‥‥食べるよ?」
『どうぞ』
沈黙
『会話するの疲れました。もうそろそろ旅に戻っていいですか?』
「いいけど一個質問いい?」
『どうぞ』
「もし貴方が生まれることを拒絶したら、貴方は生まれてこないんでしょ?」
『はい』
「じゃあ今回した会話はどうなるの?記憶とか」
『私がどちらかを選択しようが消えます。私がこの五年間、触れたもの、作ったもの、壊したもの、私に関わったモノは全部代替補完されるか無くなります』
「それって悲しくない?」
『それを悲しいと思うなら生まれて再び創ればいいだけです。』
「‥‥でも生まれてこないんでしょ?」
『んー。』
「‥‥迷ってるの?」
『本音を言うと。』
「じゃあとりあえず《生まれる》を選べば?どうせ死ぬんでしょ?だったら生まれから考えれば?」
『その考えはありませんでした』吃驚仰天です。
「貴方、私より頭悪いわね」
『‥‥糞人狼如きが調子に乗りやがって』
「何か言った?」
『いえ何も‥‥。』
人狼との会話を終える頃には辺りはすっかり暗くなり、街灯が怪しく点いていた。
五年間の旅で、様々な種族、老若男女に出会った。
しかし私の心は満たされなかった。
『それに私は一年後に生まれてくるんです。今のような十八歳位の年齢になる頃にはまた別の世界になってると思うのです。』
「じゃあその時には私が《友達》になってあげるよ。」
『‥‥人狼かぁ』
「何か問題でも?」
『特に何も』
「じゃあイイじゃない」
『‥‥そろそろ行きますね』
人狼に背を向けて歩き出そうとした瞬間、後ろから可愛らしい声が聞こえた。
「十九年後にまた会おうね。」
私は旅をしている。廃墟で冷たいコンクリの上に毛皮を敷いて寝ているが、壁に穴が空いているからとても寒い。
『‥‥。』
私は明日どんな結論を出すのだろう。正直わからない。
でも今は寝よう。この間の人狼少女の顔を思い出すとココロがむず痒くなる。
この気持ちは何なのか、明日神様に聞いてみよう。
そうして目を閉じた
お付き合い頂き、誠に有難うございます。本当に嬉しいです。