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祝、ノーベル賞

ノーベル賞を取ろう -経済学賞編

作者: さきら天悟

「何やってるんだ?」

俺は、突然、変な格好をした吉良に訊いた。

でも、見たことがあったポーズだった。

夜空を見上げ両手を上げていた。

視線の先には満月が輝いている。

「UFOッ」

俺は呟いた。

よやく一年前のことを思い出した。

その日、母校の教授がノーベル賞を受賞し、

二人で祝杯を挙げたのだった。


その時、吉良はノーベル賞の取り方を2つレクチャーしてくれたのだった。

一つは冗談。

宇宙人と交信して、ノーベル平和賞を取るというのだ。

もう一つも平和賞。

核兵器を廃絶する方法だった。

これは、米国が真剣になれば出来ないことはない。



「今度はどうやって、ノーベル賞を取るんだ?」



俺の質問に満足するかのように、満面な笑みを浮かべた吉良は答えた。


「経済学賞だな」


吉良は公園の方を指差した。



「OK」と俺は答えた。

秋の夜風は酔い覚ましにちょうど良さそうだ。

久しぶりに吉良と飲み、

居酒屋を出る時に日本人がノーベル賞を受賞したニュースに接したのだった。



「今後、人類が直面する危機って、何か分かるか」

吉良は真っ直ぐに俺を見つめた。



「CO2問題だな。

気温上昇による大災害?」



「それはまだ先の話だろう。

それにもう既に氷河期モードに入っているという学者もいる」



「じゃあ、財政破綻。

あっ、これは日本だけの問題か。

少子化問題?」



「それも先進国の問題だな。

俺なんかは何が問題か分からない。

人口が減れば、エコでいいだろう。

地球環境に優しいし」



「これ以上少子化が進んだら、

年金とか医療費とで財政が破綻するぞ」

俺は吉良を睨んだ。



「それは制度上の不備で、なんとでもなる。

それで破綻するというなら、

永遠に人口が増え続けなければならない、ということになる」



俺は納得しなかった。

「じゃあ、なんだ?」



「雇用だ」



「TPPか」

環太平洋周辺諸国で貿易関税を最終的には無くそうという条約だ。

関税の保護があれば、自国内で生産するメリットがあるが、

関税がなければ、輸入の方が安くなる。

そうすれば国内に雇用が生まれないということだ。


「TPPじゃない。

確かにバカな条約だけど」



「バカ?」

俺は怪訝な顔を作った。



「政府はこれまで、景気低迷の原因はデフレだ、と唱えてきた。

でもTPPで海外から安い物が入ってくるのは容認するようだ。

そんな時に最低賃金を引き上げたら、多くの製品は海外製品と競争できなくなる。

まったく意味が分からない。

それにマスコミも、マスコミだ。

TPPが始まれば、輸入が安くなって、消費者は得するとか言ってやがる。

テレビのスポンサーの多くはTPPで得をするから、批判できないんだろう。

だから、筋違いの同人誌が問題だとか」



「おい」と言って、俺は吉良の肩を叩いた。


吉良はハッとした顔をした。

変なところでスイッチが入ってしまう。



「で、雇用の何が問題だ」



「2040年問題だ」



「2040年というとあれか。

AIか」

AIつまり人工知能。

人工知能が人間の能力を超えるいう問題だ。

もしそうなればホワイトカラーの7割が職を失うと言われる。

「分かったぞ、お前の提案。

人工知能を開発しないということだろう」



「日本だけなら通用するかもしれない。

でも、世界各国で人工知能の開発を止めるのは無理な話だ」



「じゃあ、どうするんだ?

ノーベル賞を取れるというなら、対策があるんだろう」



吉良はニヤリとした。

「もちろんだ」

一つ頷く。

じっと俺を見つめる。

焦らしたいようだ。



俺はアイコンタクトを送ったが、吉良は口を開かない。

「話してくれよ」とワザと懇願した。



吉良はもう一度頷き、

「もう一度、会社を年功序列制に戻すんだ」



「年功序列?

本気か」

俺はまじまじと吉良の顔を見た。

「使えないやつが上にいたら、会社は潰れるぞ」



「本当にそうか」

吉良は不思議そうな顔をした。



ハッとした。

さっき、居酒屋で上司が無能で困ると吉良に愚痴をこぼしていた。

一応、俺が働いている会社は、世間では優良の方だ。



「卓越したAIの前じゃ、ほとんどの人間が無能な上司になる。

そうなれば、AIは無能と言って人を簡単に切り捨てるだろう。

それに上司や雇い主まで切り捨てて、自分の判断で経営するかもしれない。

利益を出すことが正義なら、いずれそうなっていくだろう」



俺は腕を交差して両肩を抱えた。

背筋に寒さを感じた。

映画の『ターミネーター』の世界が来るかもしれない。

「じゃあどうするんだ?」



「だから、AIを導入しても、人間が働けるように、

会社を年功序列にしておくんだ。

アメリカとかは無理だろうが、

日本なら年功序列にできる可能性はある。

それにAIを創る時、目上の人を尊敬するとかの思想を入れておくんだ。

そうなればAIと人間が共存できるかもしれない」



俺は眉間にシワが寄るのを抑えた。

目上の人を大切にすると言っても、人間には寿命がある、

と反論したかった。

でも、これ以上話を広げたくなかった。

夜風が布団を恋しくしていた。








50年が経った。

日本は世界最大の格差社会の国になっていた。

というのは他の資本主義国が崩壊したからだった。

能力主義により、すべての仕事はAIに取って代わられた。

でもある意味平等だった。

AIは一律同じ金額を与え、各国の国民を養っていた。




それから50年が経った。

日本でも、AIが開発されるより前に生まれた人間は数人になっていた。



それからさらに50年が経った。

日本では、AIより先に生まれた人間を生き永らえさせることに英知を集結させていた。

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