ひとかたのやかた
その世界には、呪いをかける"魔導師"、呪いを解く"呪詛破壊者"、何の力も持たない"一般人"、呪いを受けない"人形職人"という四種類の人間がいた。
少年アルルは"一般人"の母を持つ。彼の母は極端に呪いを恐れ、呪いに少しでも関わりのあることは遠ざけていた。
そんな暮らしの中である日、アルルは人形の少女と出会った。
メイ、という名を授かった彼女は、心優しい"人形職人"に作られ、人間を憎む"魔導師"に呪われた喋る人形だった。
その出会いから、歯車は動き出す──
それは人形の夢
布に全部詰めたの
人形職人は祈っていた
誰かに届くように
それは一時の夢
胸に全部詰めたら
少年は出会った
雨に濡れた人形に
人形の少女は
夢の語り部となり
少年の隣で
在り続けたいと願う──
それは泡沫の夢
胸に秘めた思いを
少年は語らず
少女の髪を結う
人形の夢──
彼とともにあること
少年の夢
人形を守ること──
ずっとずっと側にいるよ
それは叶わぬ夢
だから言わずにいた
でも
でも
伝えたかった……
それは真夜中の夢
赤い空に燃えゆく
炎は優しくて
──残酷に照らした
私はここにいるよ
それを伝えたくて
人形は少年を探した
あの子はどこにいるの……?
姿 求め、さまよい
人形たちが集う館に足を踏み入れた
それは人形の夢
布に全部詰めたの
優しい思い出が
二人を繋ぐように
家が真っ赤に燃えているのを、アルルは見つめることしかできなかった。
あの中には母さんがいるのに。
メイがいるのに──
家は赤々と燃えている。
「おい、何をしているんだ!?」
家に入って行こうとするアルルを通りかかった男が止める。
「中に、母さんがいるんだ。友達がいるんだ……助けなきゃ」
「この炎じゃ、もう無理だ。諦めるんだ」
「……いやだ……」
「おい、待て!」
止めるその手を振り払って、アルルは炎の中へ進んだ。
「あの子……そんなにお母さんが大事なのかしら」
「右目をあんなにされたのにねえ……」
街の人々が囁き合う。
アルルの髪に隠れた右目は、抉られていた。喋る人形のメイを呪いと恐れた母にやられたのだ。
それでも、母さんはたった一人の家族なんだ。
そしてメイは──やっとできた、友達なんだ。
希望を捨てないアルルを炎が包み込んでいく。
──母は既に事切れていた。全身を炎に焼かれ、真っ黒にして。
──メイはどこにもいない。部屋にいたはずなのに。
……布製の人形だから、もう燃えてしまったのか……?
「いやだ……」
そんなの、いやだ……!
「そうだ……これは夢なんだ。とても悪い、夢……母さんも、メイも、こんなに簡単にいなくなるなんて、夢なんだ……」
大切なものが全て失われるなんて、夢なんだ。夢に決まっている。……そうじゃなきゃ、僕は全部を失ってしまう。
「夢なら、早く覚めてよ……ああ、そうか」
母さんもメイも、死んだから、夢から戻ったんだ。僕より一足先に。
──待っていてくれればよかったのに。
でも、戻れば二人がいる。なら僕は──
「僕が死ななきゃ、覚めてくれないんだね……?」
炎は、優しく、残酷に、彼を包んだ。
「ようやく消えた……ん? あの子供、無事だぞ!!」
「えっ!? ……あの中でよく……ともかく手当てを」
「……でも、目覚めても、悲しいわよね、きっと……」
「ああ……家は全焼だからな。この子の母や友達の生存は絶望的だろうし」
「でも……それでも一人でも助かってよかったわ……」
炎は残酷な悪夢を、焼き尽くしてはくれなかった。
「ふーん、メイちゃんっていうのね。……これからどうしたい?」
「アルルに、会いたい。メイはここにいるって、伝えたい……」
「じゃあ、行きましょう」
そして、旅が始まる──