鎮魂の歌
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
サヤの絶叫。
とさり、と少年が乾いた地面に倒れた音は、その声にかき消されるほど静かだった。
倒れた少年と同じ顔の彼だけが、周囲の異変に気づいた。
ばらばらと、砕けた粘土細工のように、辺りの景色が崩れていく。
世界の終わりが音を立ててやってきた。
「ああ、とうとう終わるのね」
崩れゆく世界と己の手を見つめ、赤灰の瞳の魔法使いは呟いた。
「なんで、あいつらばかりっ……生と死の二択しか与えられないんだ……!」
青灰の瞳の少年は、崩れ落ちていくのにも構わず、両の手を思い切り地面に打ち付けた。
黒灰の少女は、絶叫をやめない。銀灰の少年は、それをただ見つめることしかできない。
少年は、自分と同じ顔の、いましがた自殺した少年を見た。
安らかにさえ見える、穏やかな寝顔。
「お前は、いつも……」
拳を握りしめる。ざり、という砂がまとわりついたような不快な感触をその手に感じた。
彼の手も、ぼろぼろと崩れつつある。……未だ絶叫をやめない、彼女も。
しかし、倒れ伏した少年だけはまだはっきりと輪郭を保ち、自らが生んだ紅い海の中にいる。
──救われないな。
いつもお前は独りだよ。自分から進んで、取り残されようとする。……他を、救うために。
もう、いいのに。
お前は一人にならなくていいのに。
独りにならなくていいのに……
やるせなくなる。
しかし、彼はどうすべきかわからず、ただ、絶叫を続ける少女に、崩れかけた手を伸ばした。──慰めの言葉も思いつかないまま。
その手が少女の肩に触れる直前──
歌が、聞こえた。
長い眠りにつき
貴方は何処へ消えた?
当てなどない旅路に
足跡はなく──
生けるものは皆 死に
何処かへ還るだろう
幼子は帰る場所《母》を
見失ったまま
悲しみは天へ上り
やがてまた 降り注ぐ
暖かい……と感じる
私は可笑しい?
さあ、
逝くなら逝け
最後の魂たちよ
鎮めよ、我が思い
届かぬのだから──
絶唱姫 ミク
最終楽章 「鎮魂の歌」
──She was a prayer──
「シュウ、ありがとう」
「そして」
「さようなら」
「私はこれで歌うのはやめる」
「貴方は選んだから」
「だから──」
「どうか、次は幸せにね」
少女はいつしか絶叫をやめていた。
代わりに、倒れた少年を見つめた。
歌が流れるごとに、広がりつつあった紅い水溜まりが、止まり、少年が仄かな白い光に包まれ──立ち上がった。
「シュウ!」
「シュウ様!」
見ていた二人は口々に名を呼ぶ。
立ち上がった彼はその声に微笑んだ。
「ありがとう。ごめんね。僕は充分、幸せだったんだ。……だから」
血まみれの騎士は穏やかに──
「君たちが幸せに──……さよなら」
ふっ……とその姿がかき消える。まるで、幻であったかのように。
それと同時。
世界は新たな姿に──否、元の姿に戻った。
三千年前の、あの世界に。
ユウは消えた少年の姿ではなくなって、黒い髪、黒い瞳の少年に──三千年前、シュウたちとともに戦っていたもう一人の姿になった。
そんな彼の前には、一振りの黒い刀。
「……黒翔」
黒い鞘に収まったその刀を手に取ると、小刻みにそれは震えていた。
「悲しいのか?」
刀は──サヤは答えない。
ただ、彼女は思っていた。
悲しいけれど、嬉しいのだ、と。
シュウをまた失ったけれど、こうして再び元の場所に戻れたことが嬉しいのだ、と。
答えない彼女に彼はそれ以上問うことはせず、代わり、別の問いを口にした。
「黒羽よ。……またともに戦ってくれるか?」
吸血鬼がいなくなったわけではない。
その証拠に、彼を無数の吸血鬼が取り囲んでいる。
「……無論」
「ならば──命尽きるそのときまで」
すらり。
黒い刀身を抜き放ち、少年は高らかに言い放った。
「戦おう」
血まみれの騎士たちは、戦い続ける。
世界が終わろうと、命が尽きようと、とこしえに。
それでも出会えた仕合わせを、絶唱姫は彼らのために歌う。
「血まみれの騎士 Bloody Knight」──the end...




