刹那の歌
サヤの"黒翔"はユウの首筋に触れた状態で──そこから、ぴくりとも動かない。
何故、何故!? 何故動かないの、黒翔!!
サヤは心で悲鳴を上げながら、しかしその理由に気づいていた。
でも、認めたくなかった。
「どうした? ……お前は俺が憎くないのか? 今まで裏切り者だと、散々言っていただろう。憎しみを向けていただろう。それを何故、今、向けない?」
ユウが淡々と問う。サヤは思い切り睨み付けた。──わかっているくせに──それが精一杯だった。
だって、わかってしまった。
彼がどうして裏切りを装ったか。
「……貴方はっ……!!」
貴方という人は──
「三千年前も今も、自分を傷つけてばかり。そんな選択肢しか選ばない」
「……悪いな。俺にはそんな選択肢しか見えないんだ」
……悲しい人。
だから、失いたくなかった。側にいて、その悲しさをわかっていてあげたかった。──だから三千年前、私はこの人を主に選んだのだ。
「疲れたんだよ、黒羽」
その口から、初めての本音が零れる。
「目的は果たしたんだ。俺はもういい……あと、望むのは、俺が救いたかったあいつが、幸せを、手に入れること。そのために俺の犠牲が必要なら、自分の首を斬ることにだって、躊躇いはない」
ぐっ……ユウは自ら首を刃に食い込ませる。紅い筋は幾重にもなり、小さな滝となった。
やめて。
──世界が崩れていく。ぼろぼろと、壁の塗装が剥がれるように。
やめて。
──世界が壊れていく。瓦礫の雨が降るように。
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて──!!
サヤの祈りはユウには届かない。
けれど、その刹那。
銃声が、黒曜にきらめく刃を弾き飛ばした。
さよなら 君と別れ、
僕の目 涙ぽつり
いつかまた会えるはず
そう信じて
そう信じて──
ありがと 僕の言葉
歪んだ君の笑顔
刹那 見つめた瞳
忘れないよ
忘れないよ
明日──
消せない記憶抱え
消えない思いに泣く
どうすれば、消せるの? と
問いかけてた
問いかけてた。
答えてればよかった
君との最後ならば
忘れられない瞳
緋に染めて
緋に染めて──
さよなら 君と別れ
切ない心 払い
振り返ることもなく、
飛び立っていく
飛び立っていく
彼方──
絶唱姫 ミク
第一〇楽章 「刹那の歌」
「ありがとう」
「さよなら」
「ごめんなさい」
「幸せに」
「伝えたいのは、それだけ」
「シュウ様!!」
サヤは、二丁の拳銃を手に、そこに立つ者の名を呼んだ。
呼ばれた彼は、彼女に微笑むと、柔らかな眼差しを同じ顔の少年に向けた。
「終わらせるために、ここに来た」
「……シュウ」
「覚悟はもう、できているよ」
同じ顔の揺るぎのない眼差しに、少年は返す言葉を失う。
「僕は終──この世界を終わらせるためにここに来たんだから」
「シュウ様、何を仰って」
パァンッ……
ほんの、一刹那。
その刹那で、全ては終わった。
銀色の双銃の片割れで、彼は
五十嵐 終は
自ら頭を撃ち抜いた。
最終部へ続く。




