懺悔の歌
黒羽の天使。
私をそう呼ぶのは、一人だけ。
私がかつて、唯一と定めた主、一人だけ。
自分の身を犠牲にしてまで、私を楔から解き放った人。
──そう、私は人間じゃなかった。
「この世界には三大呪と呼ばれる強大な呪いがある」
カイがシュウに説明する。シュウは記憶の糸を手繰りながら、ゆっくり頷いた。
「一つは、君の"禍ツ眸"。一つは僕の"銀の茨の蔦"。そして、もう一つが──サヤの、"黒翔"」
「そうだ」
正確にいうと、サヤのではなく、もう一人の三千年前の仲間のものだが。何故か二人とも、そのもう一人の名前は思い出せなかったので、そこに深くは触れなかった。
「サヤは、ただ一人、ずっと一人だったあいつの側いた。あいつの傍らで、あいつとともに戦った"黒翔"の鞘"黒羽"の化身。あいつはあの子を呪いから解放するためにあの子から記憶を消してほしいとメアに頼んだ。……メアはその願いを聞き届けたらしい」
あいつの唯一の願いだったから。
「俺なんかの願いを叶えたのか」
ユウの苦笑気味の台詞が蘇る。
「あの子の記憶を消すのは、世界を終わらせないためにも必要なことだったから、メアとしても都合がよかったんだろうが……でも、最後に選ぶのは、あの子自身だよ」
メアはそういう選択肢を残した。
「選ばなきゃならない。あの子はもちろん、お前も」
カイが告げる。
シュウは迷った。
ミクの願いを叶えるために、世界を終わらせるか。
サヤを犠牲にしないために、戦いを続けるか。
選択とは常に二者択一。
どちらを選んでも、後悔するかもしれない。
世界はとても、残酷だ。
最後には
"ありがとう"と
言えたならいいのにね
最期には
"さようなら"と
言えたならいいのにね
出会いにとこしえはなく
別れは一瞬の痛みじゃなく
貴方を突き放す私の手は
思うより強い
最後なら
"ありがとう"と
伝えればよかったのに
最期なら
"ごめんね"と
謝ればよかったのに
もう、戻れない
もう、戻らない
嗚呼……
刻は残酷だね
絶唱姫 ミク
第八楽章 「懺悔の歌」
「譬、貴方が忘れても、私はずっと覚えてる」
「もしも、貴方が思い出したとき、貴方が真実に潰れそうになったら、私が支える」
「私にできることなんて、歌うことくらいしかないけれど」
「貴方を救えるなら」
「私は歌い続けます」
「お前も選べ」
シュウがカイに問われた同じ頃。サヤもユウに同様の選択を迫られていた。
サヤも迷った。
己が身を犠牲に、世界を終わらせるか。
シュウと、このままの旅を続けるか。
彼は、どちらを望むのだろう?
「違うぞ、お前が選ぶんだ。あいつの意志は、関係ない」
お前自身の望みを選べ。
銀灰の瞳はそう告げた。
サヤは迷った。
迷い続けた。
選択に、後悔しないように。
第九部へ続く。




