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憧憬の歌

世界を終わらせる。

戦いばかりのこの世界を。

三千年という永く長いときを経ても、変わらなかったこの世界を。

──シュウは、迷った。

脳裏に過るいくつもの光景。

自らの手を赤く濡らし、兄が倒れているのを見、絶叫するミク。

術の完成にあと一歩届かず、そのために仲間を一人犠牲にしなくてはならないという現実に歯噛みするメア。

仲間が戦うのを見ていることしかできなかった、と寂しげに語るセナ。

三千年前の真実を告げるカイ。

これが復讐だ、と吸血鬼に跪くユウ。


一振りの、黒い刀。


これが、事実なのだとすれば──僕が、"五十嵐 終"なのだとすれば、説明のつかない存在がまだ一人。

「サヤ……サヤは、一体……」

その問いに、カイは悲しげに遠くを見つめた。

「あいつも、お前と同じさ。……記憶をなくしてる。でも、それに気づいていないんだ」

「え……?」

「そして……あいつは、この世界を繋ぎ止めている楔だ。この世界を他から隔離する術を唯一、壊すことができる」

「なっ……サヤが?」

ということは、サヤも三千年前の彼らに深く関わっていることになる。しかし、三千年前の──"五十嵐 終"としての記憶を取り戻しつつあるシュウの記憶には、引っ掛からないのだ。

けれど──

「あの子、黒い刀を持っていただろう? 名前は"黒翔"」

「うん。……あ」

黒い刀。

それは、彼が使っていた武器。

彼の一族に伝わる妖刀で、彼に遺された一族唯一の、形見……そう言って、彼がとても大切にしていたことをよく覚えている。

それが今、サヤの持つ"黒翔"。

「そうか、サヤは……だから、楔……」

「そういうことだ」


シュウの中で、全てが繋がった。




その頃。


依頼を探していたサヤは意外な人物との再会を果たす。

「……っ!?」

「ん……お前は」

「……石英族の、ユウ……!」

シュウと同じ顔の同胞を睨み付け、サヤはその名を呟いた。





血まみれの騎士は


夕闇に消える


傷だらけの騎士は


羽ばたく術 失っても


あの子が笑うから、と


空の蒼 追いかける






絶唱姫 ミク


第七楽章 「憧憬の歌」




「真実を受け止められないかもしれない」


「向き合って、なんて、私には言えない」


「私は貴方を傷つけたから」


「自分の大切な人も傷つけてしまったから、"誰かのために"なんて、大それたことはできないの」


「……でもね」


「メアやセナ、カイだって、貴方の幸せを祈っている」


「きっと、彼だって」


「私だけじゃないんだよ」


「だから──」





「何故、貴方がここに? そもそも、仕えていた吸血鬼はどうしたんです?」

口調に棘を宿しつつ、サヤはユウに訊ねた。

「死んだよ」

「え……」

「死んだ」

サヤは絶句。

ユウは何事でもないかのように繰り返した。

二人の間に時が止まったかのような沈黙が流れる。

「し、死んだって……何故?」

長い沈黙を経てサヤがようやく口にしたのは、そんな問いだった。

ユウは淡々と答えた。

「やつは俺の血を飲んでいたから」

「それだけじゃ意味がわかりません!!」

「俺の血は」

ユウは動揺するサヤに静かに続けた。

「俺の血は、シュウにかかっていた呪いと"黒翔"に……お前にかかっていた呪いを受けている。だから、どんなものにとっても、毒にしかなり得ない」

かたり。

乾いた音を立てて、サヤの持つ鞘に収まった刀が床に擦れる。

「シュウ様と……私の?」

「ああ。この体はこの世界に残ったシュウのものだからな。シュウはまっさらな魂だけとなったから、この世界の外に出ることができた。かつての記憶を失って」

シュウのことへの回答は全く頭に入ってこない。それよりもサヤには続く言葉の方が気になった。

「そして……お前は覚えていないだろうが、お前は呪いの……この刀の、化身だった。その刃で俺とともに、吸血鬼を屠ってきた。その運命から解放してやりたいと、俺は俺の魂に呪いを全部移して──お前と、別れた」

「あ……」

ユウが、名を告げる。

「もう忘れただろうが、黒羽くろはねよ。俺はずっと、お前を忘れたりはしなかったよ」

黒羽の天使──


その名が、彼女の記憶《全て》を紐解く──






第八部へ続く。







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