離別の歌
覚悟──
「シュウ様っ!!」
サヤの悲鳴と銃声と──肉を切り裂くナイフの音が、その場に起こった。
「石英族、……裏切り者の、ユウっ……!」
サヤの声にシュウを抱えた銀灰の瞳が振り向く。
「シュウ様を返しなさい」
すらり。
黒曜の煌めきを持つ黒翔の切っ先を迷いなくユウの首筋に向ける。
「……殺せば?」
「何……?」
抱えた少年にそっくりな眼差しで、ユウは言い放った。
「殺せばいいじゃないか。そうすればお前はこいつを取り戻せる。俺の両手が塞がっている今は絶好の機会だろう? 何故そうしない?」
冷静なその指摘に、黒翔の切っ先が揺らぐ。──サヤが迷っているのだ。
「……お前は、まだ主を失うのが怖いのか?」
ユウが言った。
サヤが動揺する。
「主を、失う……? 貴方は何を言っているの? セナも言っていたけれど、主を失ったなんて心当たりは、ないわ」
「……そうか」
淡々としていたユウの目が、僅かにひそめられた。嬉しいような、悲しいような……そんな、複雑な感情に揺れて。
「セナに会ったんだな。セナは気づいたんだな。でも、お前はそうか……覚えていないんだな」
「……どういう意味?」
「俺なんかの望みを、メアは叶えたのか。……本当、わからないやつ」
苦笑いを溢し、ユウは屋敷の中へ消える。サヤの制止は聞こえていないようだ。
サヤは慌てて追おうとした。
「おい、待て」
そこに、新たな人物が現れる。
届きたくて
届かなくて
君の背に、
手に、
その目に
私はいつも
君の側にいるのに
もどかしいくらいに
わかりあえない……
伝えたくて
伝わらなくて
私の声、
言葉、
想いも
さよならを紡ぐ
君の顔に
……さよなら
絶唱姫 ミク
第四楽章 「離別の歌」
「三千年前のあの戦いを、貴方は覚えているかな」
「貴方が私たちを救った戦いを」
「貴方が命を落とした戦いを」
「……うん。知ってる。一番傷ついたのは、貴方でも私でもないね」
「あの戦いで一番傷ついたのは──」
「ん……」
シュウが目を覚ますと、知らない天井がそこにあった。
あれ……? 僕は確か、ユウって灰眸種の子と戦って、首を、切られ…………生きてる?
切られたはずの首筋に手をやる。……ずきん、と痛みが走る。触れた感触は布だが。
「つっ……」
「……目覚めたか」
静かな声。シュウはその方向を見て、驚いた。そこにいたのはユウだった。
「無理に動かない方がいい。傷に障る」
「……もしかして、助けてくれたの?」
きょとんとした顔でシュウが問う。問いかけてから、おかしいことに気づく。
そもそもこの傷をつけたのはユウだ。それが手当てって……しかも、彼は標的の吸血鬼に仕えていて、敵対しているはず、なのに……
「ここは屋敷の俺の部屋だ。安心しろ。お前を吸血鬼に差し出したりなんかしない。そんなことするのは俺一人で充分だ。お前はもう少し寝ていろ。時期に迎えが来る」
「迎え……? サヤは!?」
呆然とした頭が覚醒する。ユウは静かに答えた。
「あの刀使いなら今来る迎えが諭しているはずだ。……あいつはいつも貧乏くじばかりだな」
苦笑いする。あいつ、とは今来るという迎えのことのようだ。
「……君は? 君はどうするんだ?」
ふと思い、シュウが訊く。
ユウは苦笑いを収め、シュウに背を向け歩き出す。
「俺は残るさ。……すまないが、話はここまでだ。主が呼んでいる」
「主って、君……」
灰眸種なんだろう? なんでサヤたちのように戦わずに、仕えたりなんて……
そう続けようとしたが、振り向いた銀灰の瞳に、シュウは息を飲む。
「俺には戦う覚悟がある。裏切り者と謗られようと、これが俺の復讐だ」
その銀灰に湛えられた、並々ならぬ覚悟。
彼は、戦っているのだ……
シュウにはそれがわかった。
ユウが去り、程なくして、青灰の隻眼を持つ少年がやってきた。どうやらユウの言っていた迎えらしい。
「石英のやつ、人使いが荒いって……あんたが、シュウ、か……」
シュウの姿を見、少し動揺した眼差しで少年は確認した。シュウが頷く。
「……なるほどな。俺はカイ。あんたを迎えに来たわけだが、ここから出る前にちょいと寄り道しよう」
そう言ってカイがシュウを案内したのは広い屋敷の中でも最大の広さを誇るであろう一室。
そこには、女の吸血鬼とユウの姿があった。
第五部へ続く。




