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もっとおいしいものを食べようよ!②

泣きたくなる日もあります。だって勇者だもの。

     *


 心の整理がつかない。

 それはつまり、小便垂らして気絶してるシエル・アシュタロトは半分人間ということだ。

 それはつまり、レイン・アシュタロトはシエルの母親であるということだ。

 それはつまり、魔王の部屋の主とレイン・アシュタロトが夫婦であることを示している。


「魔王と子作り……しかし身体のサイズがあまりにも……」


 ぼそっと口から出た瞬間、大鉈が直上からおれの脳天に振ってきた。


「やんもうっ、参謀さんったら」

「――ひょぇッ!?」


 おそらくまともに受ければ、魔力強化された剣はともかくおれの腕が砕かれる。


「ふぬがっ!!」


 おれはとっさに剣を斜めに構え、大鉈の刃を剣の刃で滑らせながら、からくも地面へと逃がした。気絶したままのアシュの背中近くに大鉈の刃が打ち込まれ、床面が小石となって弾け飛ぶ。


「うおおおっ!? 危ねええぇ!」

「あら……」


 大鉈の刃は、アシュの脇腹からわずか手前にめり込んでいる。

 おれは再び唾液を呑み下して、安堵の息をついた。

 よかった、無事だ……。


「あんたなァ、自分の娘だろうがっ! 気をつけろよ!」

「シエルでしたら、どうせあたっても死にませんよ。気絶中にあっても、なんだかんだで自力で防ぎますし。それより参謀さんは上司思いなんですね。さっきも庇っていましたし、この子をこんなに心配してくれるなんて。うふふ、アヤシいですね」


 ハッと気づく。

 ち、違う! そうじゃねえだろ、自分!

 アシュの命を心配したわけではない。おれはシエルの覚醒を恐れただけのことだ。アシュがどうなろうと関係ない。いずれはおれがこの手で殺すのだから。

 と、とりあえず。


「レ、レインとやら。互いに武器を収めぬか?」

「あぁ、やまやまなのですが、不可能です」


 レインが大鉈を持ち上げて苦笑いを浮かべた。


「これ、呪われていまして、聖水でもないと装備解除ができないのです。ほら、魔王城ですとそんな上等なもの、手に入らないでしょう? おかげで、こんな切ることしかできない仕事をしているという有様です」


 そうなんだ~……。でも、やたらと振り回すのは、あんたの性格なんでしょう……? と、泣き言を吐き出したくなってしまう……。


「な、ならばやむを得ぬ」

「参謀さんだけでも武器を収めていただけます? 痛くしないから」


 平然と何言ってんの、この人……? 常識ないの……?


「絶対に嫌だよ!?」

「冗談です」


 ふふっと笑って、レインが少し恥ずかしそうに呟いた。


「ダーリンは変身の秘術を身につけていたのです」

「ん?」

「サイズの話です」

「あ、ああ。そうか。そんな便利な術があるのだな」


 右から左へ会話を聞き流す。

 先代魔王とどこぞの馬の骨娘の、夜の生活など正直どうだっていい。


「あら? 参謀さんもお使いになられるのでは? 人間に変身なさっているのでしょう?」

「あ……、ああああ! ああともっ! おれは鬼族アルカンだからな!」

「うふふふふ」

「ふはははは」


 魔王城の一室で、人間同士の乾いた笑いが交叉する。

 いや、しかしこれは魔王シエルの情報を知る絶好の機会じゃないのか。


「すまんな。そのような個人的なことまで訊くつもりはなかった」

「いえいえ、かまいませんよ。むしろ話したいくらいですから。あ、なんでしたら事細かにダーリンとの夜の性活のことを語りましょうか? 幸い娘は深い眠りについていることですし、それはそれはとてもステキな体験でしたから」

「いや、それは結構。またの機会にしてくれ。それよりも、おれは魔物の代表として人間のあんたに尋ねたいことがある」


 銀髪を揺らして、レイン・アシュタロトが首を傾げた。


「まあ。なんでしょうか?」

「レイン殿は人間だったのに、なぜ魔王の嫁になんて来たんだ?」


 レインは艶っぽい唇に指先をあてて、しばらく考えるような素振りをした。


「嫁に来たわけではありません。わたくし、元々はダーリンを殺しにやって来た勇者の一派でしたから」


 聞き覚えのあるフレーズに足から力が抜け、おれは危うく背中から転びそうになった。


「ああ!? どこの国の!?」

「アイリス共和国って知ってます?」

「あ、ああ。確か十五年ほど前に滅亡したという……あそこの?」

「はいっ。わたくし、あそこの王族だったのです。といっても第三王女なので、割とどうでもいい扱いを受けていた身でしたが」

「ああ、そうなの……」


 お気の毒に……。すごくわかります……。


「それでですね、国王であるお父様の命令でわたくしは姫騎士として勇者に従い、魔王城に攻め入ったのです。ところが勇者ったらダーリンに目潰しをされ、鼻の穴を一つに繋げられ、すべての関節を曲がらない方向に曲げられ、お尻の穴を二つに増やされ、あまつさえ割れ目を横にも作られるといった有様で敗北されてしまったのです」


 あわわわわわっ、なんで父と子がシンクロしてんだよ! もう聞きたくないよ!


「ふん、それで魔王に屈したということか。それではただの裏切りではないか」

「いえいえ。わたくしは呪いの大鉈で最期まで戦って華々しく散るつもりだったのですが、力尽きたわたくしを襲おうとオーク族がのしかかってきまして……」

「あ~……」


 女性冒険者――特に女騎士とオーク族の間では、なぜかよくある話だ。

 あいつら、食い物の種類も女の種族もなんでもいいという、魔物のなかでもとりわけ雑な種族だからな~……。


「そこを助けて下さったのがダーリン、つまり先代魔王ヴィケルカール様でした」


 ヴィケルカール。それが先代魔王の真名か。いいぞ、真名がわかれば書物などで調べやすくなる。シエルの弱点に、また一歩近づいたというものだ。


「ヴィケルカール様はわたくしに群がるオークどもの上半身を、小指のデコピン一発で次々と血の霧に変え、わたくしを貞操の危機から救ってくださったのです。そしてその夜、わたくしたちはそれはもう激しく愛し――」

「――なるほどな! 大体の事情はわかった。もういいぞ」

「え、ここからがいいところですよ? どうしてもダーリンのご子息のサイズが愛し合う二人に立ちはだかる障壁となってしまい、試行錯誤の末にヴィケルカール様が変身の秘術で――」


 おれは真顔で首を左右に振って、レインの言葉を遮った。


「いや、もういい。もう沢山だ。勘弁してください。他人の幸せな話なんて聞きたくない。自分の身の上がものすごく悲しくなるから」

「うふふ、参謀さんは正直ですね。もしかして童貞です?」

「むぐう……」

「まあ! まあまあ! あらあら! 泣かなくてもいいのですよ?」


 泣いてねえわ!

 レイン・アシュタロトが小便を漏らして転がっている我が子を指さして、半笑いで囁く。


「もう亡くなっているとはいえ、わたくしはヴィケルカール様のものなので参謀さんのお筆を下ろして差し上げることはできませんが、この子でしたらお好きになさってくださってかまいませんよ。どうぞお口説きになってくださいましね?」

「いや、結構。気を遣わないでくれ。死にたくなる」


 別にモテなかったわけじゃない。セラトニア王国の第三王子という非常に微っ妙ぉ~な立場のせいで、これまで誰にも手を出せずにやってきたんだ。放っといてくれ。

 セラトニア以外にも別の国家が現存していたなら、どこぞの姫様と政略結婚させられていたかもしれんが、それはそれでなんだか納得したくない。もう少し年齢が近ければだが、それこそ、このレイン・アシュタロトとだって婚姻の可能性はあったはずだ。

 いずれにせよ、第三王子などに生まれてしまったのが運の尽きだ。

 レイン・アシュタロトのような生き方もあるにはあるが……いや、バカな考えだ。

 おれはため息をついて、先を促す。


「とにかく先代魔王と愛し合い、そうして完成したのが、これだったのだな?」


 床にうつ伏せとなったまま寝息を立てているアシュに視線をやってから、レインに戻す。彼女はにっこり微笑みながらうなずいた。


「はいっ。なぜか、あの方に微塵も似つかないヘンな子ができてしまいましたっ」


 ヒ、ヒドい。もうちょっと言い方ってもんがあるだろうに。


「なぜか流血している間だけダーリンと同じような性格になるのですが、どうして普段はこんなにおバカさんなんでしょうねえ。あ、いつもなら逃げるから無理なんですけど、今でしたら大鉈を振り下ろせばシエルを起こせますけど、やります?」


 断頭台のようにぶんぶんと大鉈を上げたり下げたりしているレインに向かって、おれは必死で首を左右に振りながら叫んだ。


「さすがにやめてあげてッ!? 可哀想でしょ!?」

「はあ。でもあの子、そんなことくらいでは怒りませんよ?」

「知ってますけども!」


 だからこそ余計に恐ろしいのだ。その器が。我が父にも見習ってもらいたいものだ。

 しばしの沈黙。

 レインが肩に大鉈を置いて、わずかに首を傾げた。


「で?」

「あ?」

「いえ、参謀さんは何をしにいらしたのですか?」

「あ……」


 忘れていた。


「うむ。魔王軍の食事についてなのだが」

「ああ、ナマニクの件ですか?」


 事も無げに言って、レインが口に手をあてて笑った。


「うふふ。あれ、ヒドいでしょう? 人間の身にはちょっと耐え難い食事です」

「自分で作っておいて何を言うか。わかっているならなんとかしてくれ。いい加減おれも体調を崩しかねん」

「あら? 参謀さんは人間ではなく鬼族なのでしょう? 魔物なのに、そんなことを気にされているのですか?」


 とっさに嘘をつく。


「正確には魔物ではない。東国の妖怪だ。妖怪はグルメなのだ。ナマでニクを食うこともあるが、せめて味はつけてくれ。可能であれば煮るなり焼くなりしてもらえると助かる。それと現在、軍を動かして農業を展開している。近く、野菜なども材料に加えてゆく予定だ」

「ええ~……」


 レインが舌打ちでもせんばかりに、端正に整った顔を歪めた。


「なんで嫌そうな顔するんだ。レイン殿とて、ナマニクには飽き飽きしておろうが。ましてや人間ともなれば、ナマニクだけで生きられるはずもあるまいて」

「ああ、わたくし、自分の分だけは焼いて味をつけて食べてますから。ほら、そこの棚に調味料が並んでいますでしょ? お肌が荒れますから野草も採取して食べていますし」

「自分だけかィっ!!」

「まあ、わたくしと参謀さんの分くらいでしたらご用意できますけど、全員分はちょっと。食材の問題もありますし」


 そこで手を打ちたいところだが、幹部連で大見得を切った手前、全員分でなくては困る。


「そこをなんとか」

「だから無理ですってば」


 そう言った瞬間、おれの側頭部を目がけて大鉈が逆袈裟に振り上げられた。


「――ひぇッ!?」


 とっさに首を倒すと、ゴォっという風斬り音と同時に大鉈の刃がおれの髪の毛数本を切り取って、定位置であるレインの肩に戻った。

 収まっていた心臓が再び胸の内側を叩く。嫌な汗がポタっと地面に落ちた。

 レインが困ったような表情で大鉈を指さし呟く。


「ね?」

「……何がっ!?」

「わかりませんか。見ての通りわたくしの手は呪いの大鉈とくっついちゃっていまして、切る以外の作業をするには少々難があるのです。それに、この大鉈には毎日一定量の血を与えなければ、わたくしが大鉈に乗っ取られて支配されてしまうのです。そうなったらもう伝説にある狂戦士ですよ、狂戦士。目についた生物すべてに襲いかかるようになってしまいます」


 何それ怖っ!? でも冷静に考えたら今と大して変わらなくねえっ!?


「ですから、ナマニクを切るこの仕事は天職と言えるかもしれません」

「あ、あんた今、それを見せるためだけに鉈振ったの? まだ乗っ取られてねえんだよな?」

「そうですけど?」

「呪いがあってもなくても振り回してんじゃねえか!」

「まあ、うふふ」


 レインがお上品に口元に手をあてて微笑んだ。

 ほんと嫌だ、この人……。オーク族と同じくらい嫌だ……。


「じゃあ普段はどうやって自分の分のニクを焼いてるんだ?」

「大鉈の上にナマニクを載せて下から火で炙ってます」


 元お姫さまとは思えないほど野性的だ。

 まあ、参謀になるまでは回廊の明かりとなる灯火で、剣にぶっ刺したナマニクをこっそり焼いて食っていたおれも大概だが。


「なんにせよ、これ以上の作業は手も設備も材料も足りません。それらがどうにかなったとしても、ナマニクに固執しているおバカさんたちを説得する必要もありますから無理ですよ。それ以上ごちゃごちゃ言うと、わたくしの大鉈が黙っていませんよ」

「そ、その鉈は最初っから主張しっぱなしであろうがっ」


 しかし、手と設備と材料か……。

 設備は造らせるとしても、調理の手となるとかなりの難問だ。

 魔獣種と呼ばれるやつらの大半は半年間洗っていない犬のような臭いがするし、衛生面が心配だ。有翼種や魔法生物と呼ばれるやつらの手は、形状が作業に向いていない。魔人種はゴブリン族だけで、やつらにはすでに農業という大切な役割がある。

 万能だが、リリン一体が加わったところで手は足りないだろう。あいつとて、それほど暇ではないだろうし。アシュはまあ、使い物にならない。


「わかった。この問題は一度持ち帰らせてもらう」


 おれはアシュの首根っこをつかんで引きずりながら、大鉈を警戒しつつ後ろ歩きで厨房から退室した。

 レイン・アシュタロトに背中を見せる勇気はない。




彼女は純粋にニクを捌きたいだけなのです。だって狂戦士だもの。

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