てめえらみんな働けよ!③
基本的にスーパーボール程度の大きさの脳みそしかありません。
*
アシュからやや遅れて、おれは会議室へと顔を出す。
会議室といってもセラトニア城のように円卓があったり、長テーブルがあるわけではない。
なにせ魔物の体躯は大小様々だ。
おれの半分ほどの体長しかないゴブリンもいれば、牛の怪物であるミノタウロスのように三倍はあろうかというやつもいる。さすがにドラゴンやアークデーモンのような種族は規格外ではあるが、幸いこの南の魔王軍にはそういった上位の魔物はほとんど存在しない。
そんなやつらが一同に会す部屋なものだから、ほとんど洞窟にある空間そのものだ。岩肌は削られることもなくゴツゴツとしたままで、皆思い思いの場所に腰を下ろしている。
「遅れてすまない」
総参謀のおれが入室すると同時に、室内の視線が一斉に注がれた。
牛頭ミノタウロスに豚面のオーク、半分液状化してるスライムのオッサンに、宝箱に擬態して冒険者を喰らう貧相な手足のミミック、猿のようなゴブリン。こいつらは半年ほど洗っていない犬のような臭いがするから、あまりお近づきになりたくない。
むしろアヌビス族の犬娘のほうが、お日様のような匂いがする。
「あるかん、さんぽ、さんぽ」
「また今度な。ポチ子」
おれはポチ子の頭を撫でながら、その隣の壁にもたれかかった。
大別すれば、アヌビス族のポチ子は先日ぶっ飛ばしたワーウルフの銀狼フェ何とかいう卑猥そうな名前のやつと同種の魔物だ。
だが彼女には、かつてその愛らしさで世界を席巻したといわれるシヴァイヌとかいう種族の血が混ざっているらしく、身体も人間サイズよりも少し小さい。
ちなみに、ポチ子という名前はおれが勝手につけた。
水の精霊種ウンディーネは清楚な美少女で、内気な上に無口だ。
おれは会釈のみで、水色の全身を持つ少女と挨拶を交わす。
その隣りに鎮座している動く石像ガーゴイルは少年心をくすぐる刺々しい姿形をしていて、言動も渋い。葉巻とハットは彼のトレードマークだ。ただし、どちらも石でできているのだから煙は出ない。
「人間の姿も、思いの外似合っているではないか。参謀殿」
「ありがとよ。ゴイルの旦那。気に入ったから、しばらくこの姿で過ごすことにしたよ」
そして、南の魔王軍唯一の上位種、おれと同時期に入団した純魔リリン。
「ハーイ、アルカン」
「おう」
同期のよしみなのか、なぜか気安くおれに声をかけてくることが多い。
アークデーモンと同格の純魔種で、光り輝く金色の髪に切れ長の瞳。緩やかだが深い曲線を描く肢体は白のブラウスに包まれ、腰部にはその細さを強調するかのように黒のコルセットが装着されている。
幾重にも重ねられた布でできた膝上までのスカートから伸びる足は長く肉感的。膝下までを覆うブーツは編み上げ式で頑丈な革製だ。少なくともセラトニア王国の文化では、女性は長いスカートで足を完全に覆うため、正直目のやり場に困る。
実にけしからん服装だ。いいぞ、もっとやれ。
そして何より、今は折りたたまれているが、闇よりもなお深い艶を持つ暗黒色の翼。そう、彼女は空を支配する純魔種だ。
「アルカン? そのように女を見つめるものではないわ」
「あ、ああ、すまん。不躾だったか」
見ようによってはあどけない少女のようにも見えるし、完成された女性にも見える。
ハッキリ言って彼女は目の保養を通り越して、もはや甘い毒だ。
もしも魔物でなかったとしたら、是が非でも仲良くなりたいと思っていただろう。セラトニア城で数々のメイドの誘惑をすべて去なしてきたこのおれがだ。
それでいて力も相当なものらしく、おれがアシュを守って奮戦していた間に、リリンが城外で西の魔王軍の一個師団を、単独で撤退に追いやったのだとか。その功績を称えられ、将軍として幹部連に加えられたらしい。
しかしポチ子やゴイルもそうだが、本来人間側であるおれにとって彼らは間違いなく敵だ。必要以上の馴れ合いは避けるべき。自らを律さねばなるまい。
アシュがトテトテと部屋の真ん中まで歩き、短く痩せぎすの両手を精一杯広げた。
「じゃあ、第一回、南のまおー軍会議を始めるよー!」
第一回! 今まで意志決定ってどうやってたんだ!? セラトニアはこんな適当集団に負けてきたというのか!
父よ。おれは今、情けなくて涙が出そうだ……。
突然、豚面のオークがアシュにのしのしと歩み寄り、顎をシャクって顔を近づけた。
「ブヒ、魔王様。ちょっとヘブシコーラとポテチプ買ってこいブヒ。オラは喉が渇いたブヒ」
プゴーっとオークが鼻息を荒げると、アシュがキョトンとした。
「え? でもアシュ、まおーだから会議しないとだ」
出っ歯のゴブリンが意地の悪い笑みでアシュの肩を叩く。
「あ~、いッスいッス、マジ魔王様がいなくてもマックス問題ねえッスから。てゆーか? むしろ? マジ魔王様は邪魔だから? 行ってきても全然いッスよ。マジあとはあっしらに任せてくださいッス。あ、あっしは焼きそばパンな。マジで」
しゃべり方ムカつくな、あのゴブリン。
「ンモ~ウ、適材適所だなあ~。会議はだ~れでもできるけどぉ~、これは魔王様にしかできない仕事だからモゥ。オイラァ、雌美牛印の搾り立てミルクを頼むモ~ゥ」
ミノタウロスが蹄でアシュの襟首を引っかけ、さっさと行けと言わんばかりに出口のドアにポイっと投げ捨てた。アシュがころりと石畳に投げ出される。
どいつもこいつもアシュを見ながら、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。
アシュが立ち上がり、ワンピースについた砂埃を痩せぎすの両手でパタパタと叩く。
「ふむふむ、ふむむん。それもまたアシュにしかできないことなら、行くしかないねっ」
「もちろんだ。会議の進行などは誰にでも可能だが、皆のために買い物を引き受けるような矜持無き恥知らずは魔王様をおいて他にはない。だから私にはA5級のナマニクを持ってこい」
スライムのオッサンがそう言い捨てると、アシュは勢いよく顔を上げ、とてつもなく嬉しそうな満面の笑みで超元気に言い放った。
「仕方あるまいなあ! この、まおーたるアシュに、どーんと任せてー!」
右手の拳で薄っぺらな胸を叩くと、アシュがパタパタと回廊に走り出ていった。
恐ろしくポジティブだ。本人にまるっきりパシらされているという自覚がないのが、かえって哀れに思えてしまう。
それにしてもヒドい。仮にも魔王だぞ、あいつは。なんか他人事ながらムカついてきた。
特に下位の魔物たちは傍若無人だ。こいつらは自分たちの王をいったいどう思っているのか。人間の尺度で考えるからおかしいだけであって、魔物の場合はこれが正常なのだろうか。
周囲を見回しても誰も助けようとしないし、それどころか楽しそうに雑談さえしている。会議を始めようとするものすらいない。
「へえ、こんなにユルいんだ。南の魔王軍って」
ただ一体、リリンだけが呆れたように両手を広げた。おれはなんの気なしに彼女に尋ねる。
「やっぱこれって、おかしいことなのか?」
「……アルカン、あなた気は確か? 見ればわかるでしょう。どうして魔王種が下位の雑種のパシリさせられてるのよ。魔王アシュタロトがその気になれば、あんな豚面、小指のデコピン一発で首から上が血肉の霧になるわよ」
想像して気持ちが悪くなった。絶対吸い込みたくない。
「そもそもこの魔王軍のなかだと、多少なりとも魔王様とまともにやり合えそうなのって、あなたとあたしくらいのものではないの?」
おれはクールでニヒルでダンディズムに溢れた笑みを、美しい純魔に向けて浮かべた。
「フ、そうかもしれないな」
いや、全然まったくもって無理でしたけども! 二度とケツの穴を増やされたくないし、割れ目も横に作られたくないですし!
そんな内心を知る由もなく、リリンが色目を使うかのようにおれの隣りの壁へと、しなりともたれかかった。アシュとは正反対の理知的な瞳をわずかに細め。
「ふふ、やっぱり強いのね、参謀さんって」
ゾクっと全身がざわついた。
服装の上からでも容赦なく自らを主張する胸、黒革製のコルセットに絞られた腰部は細く、布を花びらのように幾重にも重ねて作られたスカートはわずかな風圧にも揺れる。そこから伸びる足は長く肉感的で、輝く金色の髪は重力に従い彼女の一挙一動に合わせて静かに流れる。
暗黒色の翼がなければ純魔族であることさえ忘れてしまいそうになる。
「お、おお。ま、まあ、それなりに」
どもった。くそ、魔物なんかの色香に惑わされてどうするよ。敵だぞ、敵。
「ふふ、もしかして参謀さんともあろうお方が、あたしなんかを意識しているの?」
「そ、そのようなことは」
リリンが口に手を当て、挑発的に笑った。
「図星だったら嬉しいって言っているの。ふふ、あなたは南の魔王軍随一の知将なのだから、言葉の裏を読んでね、参謀さん?」
「く……」
グイグイ来るな、この女。そういう類の純魔なのかもしれない。気をつけよう。
しばらくすると、アシュが走って戻ってきた。楽しそうにしているのがアホっぽい。その手には、黒い液体の瓶が握られていた。他には何もない。
あいつ、コーラ以外全部忘れたな……。
アシュはトテトテと走って、自らの矮躯の三倍はあろうかというオークにコーラの瓶を突き出した。
「持ってきてあげたよーっ、はいっ」
しかしオークは、それを一瞥すると顔をしかめて顎をしゃくった。
「おい、おいおいおい、テメーこれコーケのほうじゃねえかブー! オラはヘブシしか飲まねえブヒっ! ポテチプもねえし、もっかい行ってこいよブヒィィィィ!」
「おい」
おれは抜刀すると、剣の腹でオークの頭をわりと強めに殴りつけた。
「おぎゃんっ!? な、何をするだ、参謀様!?」
「もういいだろ。会議が始まらん。――他のやつもあきらめろ。まだ喉が渇いてるやつは、おれが綺麗に斬ってやるから自分の血でも飲んでろ。腹が減ってるやつは肉を削いでやるから申告しろ。異論は?」
アシュに集っていた下位の魔物たちが、一斉にドン引きの表情を浮かべた。
「ブ、ブヒ、自分を喰うなんて、参謀様ってもしかして狂戦士……?」
「やかましいっ! 魔物にだけは言われたくねーわっ! ヒトを呪われた快楽殺戮者扱いするんじゃねえ!」
「プギ!? ごめんちゃい……」
弱っ!
別にアシュを助けたかったわけじゃない。こんなくだらない茶番に時間を取られたくなかっただけだ。おれは一秒でも早く、セラトニア王国に帰りたいんだ。
アシュが再び円の中央へと歩み出て、短い両手を広げた。
「じゃあ、会議をは~じめ~るよ~!」
そもそも、こいつに被害者意識がないのだからタチが悪い。むしろパシらされて喜んでいたくらいだ。もしかしたら助け船だって余計なお世話くらいに思われている可能性もある。
まあ、魔物なんぞにどう思われようが、どうでもいい話だ。いずれおれはこいつらを皆殺しにせねばならんのだからな。
ここ数週間でわかったことと言えば、魔物らは全員、自分さえ楽しければなんでもいいのだ。やることなすこと、すべて遊びだ。
あくび混じりにアシュへと視線を向ける。
「本日のギダイは一つだよ。もう少しでねー、南の魔王軍の食べ物はなくなっちゃいます。このままだと来月はこえられません」
ほらな、全然どうでもい――だ、だ、だ、大問題じゃねえかっ!!
あくびの途中で空いた口が塞がらなくなってしまった。
「ど、どれくらい残ってんだ?」
アシュが無邪気な笑みを浮かべたまま、くるっとおれのほうを向いた。真っ白な髪がふわりと踊って背中に落ちる。
「えとねー、あと一ヶ月分くらい?」
下半身から力が抜けた。
そもそも魔王軍の主食といえばナマニクだ。それも味つけも何もない純然たるナマニクだ。
おれはこっそり近くの海岸から海水を取ってきて塩を精製して振ったり、たまには魚を釣ってきたり、山で採れる山菜や野菜なんかも食って栄養のバランスを保ってきたが、それらは副菜レベルの分量ですらない。
ナマニクがなくなれば、飢える――!
だがナマニクは冬になれば獣が冬眠することから、当然供給は減る。
ただでさえクソマズい上にコレステロールが山盛り溜まりそうな食事を続けてまで潜入していたのに、それすらなくなるだと!? アホか! 死ぬわ!
「お、おまえ、そ、そそんな大事なことを、なんでこんな限界近くまで黙ってたのッ!?」
アシュが幼子のように、不思議そうな表情で首を傾げた。
「え~、だって、この季節はいつものことだもん」
おれはアヌビスのポチ子に尋ねる。
「そうなのか?」
「ヘッ、ヘッ、ヘッ、あるかん、さんぽ、さんぽ」
尻尾はブン回しているが、散歩に行きたいということ以外はほとんど喋らない。
きっとこいつの祖先のシヴァイヌとかいうやつも、頭はあまりよろしくない犬種だったのだろう。可愛いけど。
「というわけで、今年もそろそろ人間さんの領地を収穫物ごともらいに行こうと思います! りゃっくだつ、あそーれ、りゃっくだつ!」
へ……? や、やめてくれぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーっ!? なんなんだ、その短絡的で鬼畜的で魔物的な思考は!?
「ちょ~~~~っと待てぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~いっ!!」
思わず大声で叫んでしまった。
「だめだ! それだけは絶対にだめだぞ、アシュ!」
「え? どして?」
今セラトニア王国が攻め滅ぼされれば、おれは帰る場所を失ってしまう。というか、セラトニア王国が仮に無事だったとしても、魔王軍総参謀として一度でも人類を攻めたりしたら当然二度と敷居を跨がせてはもらえない。
会議室に集ったすべての魔物が、おれに奇異な視線を向けている。
一瞬にして全身から滝のような汗が噴出した。
「い、いや、その……」
考えろ、考えるんだ、おれ!
なぜか笑いを堪えるように黒の翼で口元を隠し、リリンがおれにウィンクした。
「ま、最近じゃあ人間も貴重だしねえ、アルカン?」
「そ、そう、そうだよ? 人間の領地も、すでにセラトニア一国しかなくなっている。やつらから土地を作物ごと奪うということは、人類を絶滅に追いやるということに等しい」
オークが両手を広げて首を傾げる。
「ブー? 参謀様、それってなんか問題でもあるブヒ?」
ですよねっ!? こいつらにとっては問題でもなんでもないんだよね! むしろ人間なんて、地面を這いずり回ってる名前もわからない虫程度の認識しか持ってなさそうだし!
考えろ~、考えろ~、絶対にこの戦争は回避させねえと……。
アシュが頭上でパンと手を叩いて、視線を集めた。
「じゃ、そゆことでー。みんな、明日から戦争の準備――」
「待て待て待て待てちょっと待てアシュ、今説明する。説明するぞ。うん。ええっと、おまえさっき、この時期毎年のことだって言ったよな?」
アシュが唇に指を当てて、コクっとうなずいた。
「そだよー。そのたびに人間さんから食べ物いっぱい貰ってるもんね」
「それも我ら魔物にとっては、尊い仕事だぞ、参謀殿」
スライムのオッサンがぬめぬめと形状を変えながら、アシュに同意した。
人間を殺して領地を作物ごと奪うことが尊い仕事か、この魔物ども~……! そんな理由で絶滅寸前まで追い詰められた人類の虚しさの一割でも知らしめてやりたい……!
「では貴様ら、来年の今頃はどうするか考えてないんだな?」
おれの言葉に、アシュと下位と中位の魔物が同時に首を傾げた。
よし、いける。ほんっと頭悪いな、こいつら。
「わっかんねえやつらだな! つまり、今年人類を絶滅させちまったら、この先、田んぼを作るやつも麦を育てるやつも畑を耕すやつもいなくなって、今年を乗り切れても、来年の今頃は飢えちまうんだ!」
「な――ッ!? ま、まさか!」
魔物集団が息を呑んだ。
「食物連鎖の一つを断つということは、そういうことだ。人類が絶滅すれば、魔物もその一年後に自然と絶滅する。貴重な一次産業従事者をナメんなアホどもォォっ!」
数秒後、それまでだらけていた魔物たちが、戸惑いの表情を浮かべた。互いに顔を見合わせ、ゆっくり、ゆっくりと、表情を戸惑いから不安へと変化させてゆく。
「ブ、ブヒ……? オ、オラのポテチプはどうなるん……?」
「ジャガイモ作ってポテチプにまで加工してんのは、どの種族だと思ってやがんだ! てめえにそれができんのか、ブタ野郎!」
ちなみに、加工済みの商品を略奪したものが魔王城に現存するポテチプの在庫だ。つまり“メイド・イン・人間”である。
「ンモ~ウ二度と雌美牛たんのミルク飲めなくなるンモ……?」
「欲しけりゃてめえで雌牛を捕まえて育てろ! そして毎朝乳を搾ることだな!」
「さ、参謀殿のスケベ~……そ、そんな大胆な真似ぇ~、オイラできないモウ……」
クネクネすんな。気色悪いぞ、ミノタウロス。
「な、なんてこった! ナ、ナマニクはどうなるのだね!? 参謀殿!」
「それは今まで通りだ。狩りで獲ってこい、スライム」
「くく、我の時代が来るか」
スライムのオッサンが優越感に浸った瞬間、オークとミノタウロスがスライムをぶん殴る。
「さんぽっ、さんぽっ! あるかん!」
「散歩は後だ、ポチ子」
おれは額に浮いた汗を袖で拭って、安堵の息を吐いた。
と、通ったようだ……。魔物の頭が悪くて助かった……。
「わかってもらえたようだな。おまえたちは人類を減らし過ぎたんだ。むしろ食糧難という観点からすれば、人類は駆逐どころか保護すべき存在。――殺すなど以ての外だっ!!」
ビシィっと指を差してやると、半笑いのリリンを除いた全員がずざっと一歩後退した。
アシュが手を挙げて、首を傾げる。
「じゃあ、どうしたらいいの? 教えて~、アルカン先生!」
え、どうしたら……? ど、どうしよう……。
「そ、それはだな~……」
「作ればいいんじゃない? 人間の真似をして」
薄笑いで呟いたリリンの意見に、とりあえず乗ることにした。
「そ、そう。その通りだ。自給自足こそ生物の本来あるべき姿だ。これほど美しいことがあるだろうか、いや、ない。躍動する生命。漲る大地の力。貴様らは自ら生み出すことにより、生物的価値を一つ上げることができるのだ。――みんな、おれについてこい!」
会議室にどよめきが広がる。
「さ、さすがは参謀様だモ~ゥ……」
「尊敬に値するな~」
「アニキ、マジカッケ!」
「オ、オラ、ポテチプのために頑張るブヒ!」
「さんぽ! さんぽいこ!」
口々に賞賛の言葉を呟きながら、異形の魔物たちがおれの周囲へと走り集まってくる。
凶悪な容姿のやつらも多いので思わず剣を抜いて斬り刻みたい衝動に駆られるも、そこは堪えた。
「やるねェ、参謀様」
どこかから響いた賞賛の言葉に、アシュが会議室の真ん中で薄っぺらい胸で両腕を組んで、したり顔で深くうなずく。
「うんうん。アルカンは、このまおーたるアシュの参謀だからなあ。これもアシュが毎日頑張ってまおーやってるからこその――」
「それに比べて、うちの魔王様ときたら。平時にも、もう少し役に立ってもらいたいものだ」
ゴイルの旦那が石のハットで目を隠し、呆れたように葉巻を噛んだ。
「ふぇ!?」
「魔王様、邪魔!」
「――ぎゃん!?」
立ち尽くしていたアシュを乱暴に押しのけて、魔物らは次々とおれのもとへと走り寄る。
「なあ、みんな。魔王様マジいらなくね?」
「まあまあ、ペットを飼っていると思えばいいのよ。そう考えれば結構可愛いでしょ」
リリンの辛辣な言葉に、魔物たちが一斉にガリチビ、寝癖白髪、目の下に隈、裸足の少女に、懐疑的な視線を向けた。
「う……うぅ……うわぁぁぁん! アシュ頑張ってるのにぃ!」
「あらあら、良かれと思って言ったのだけど。ごめんなさいね、魔王様」
リリンが唇に手を当てて、艶っぽく微笑む。
魔王のクセに気の毒なやつだ。だが同情はしない。おれはおまえを殺しに来たんだ。情なんて移されてたまるか。
「よし、注目!」
おれは壁を叩いて雑談を黙らせ、右腕を振って鮮血色のマントをなびかせながら、朗々とした声で宣言する。
「各自、各部族に緊急通達っ!! 明日より我ら南の魔王軍は、全軍を上げて農作業に従事するっ!! 種芋、種籾、苗、果実、なんでもいい! 食えるものに育つ植物を、今日のうちに山から採って来い! 貴様らの健闘を祈る! ――行けっ!!」
決まった……。
会議室を揺るがし、魔物たちが雄々しく一斉に咆吼を上げた。そうして勢いのままに走り、会議室をあとにしてゆく。
……その場凌ぎの嘘とノリで誤魔化したが……今日植えたとしても、収穫時期まで長いんだよな~……。おまけに、うまくいったとしてもこれ、間違いなく魔王軍の強化だ……。
アシュが大泣きしている横で、おれはひっそりと頭を抱えた。
ドツボである。
彼らはこれでも大まじめに会議をしています。