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魔王だって色々考えてるんですー!③

歪みねぇ~!

     *


 食料備蓄の計算も、魔王城修繕箇所の視察や具体案も、何もかもを考えることをやめた。

 おれは腕を枕にしてベッドに寝転がり、ただただ天井を眺める。腹は減らない。ずっと胸の上に何かがのしかかっていて、そいつが重くて空腹なんて感じなくなっていた。


 昼食の時間が来ても、おれは食堂に行かなかった。

 ゴブ蔵が迎えに来てはくれたが居留守を使った。どうせおれのいない食堂では、おれの悪口で満たされてることだろう。


「……バカバカしいな」


 ポチ子はゴイルが看てくれているし、今日はただ眠って過ごすのも悪くない。明日にでもここを去ろう。おれを死地に追い出した人類も、おれを邪魔者扱いした魔物も、みんな見捨てて出て行こう。


 リリンはついてきてくれると言った。

 彼女にとっても、どうせここは仮宿だ。リリンはいずれおれと一緒に新たな国造りをするのだから。早いほうがいい。今晩でもいいくらいだ。


 ああ、でもたぶん黙っておれがいなくなったら、アシュだけは落ち込むんだろうな。泣いて捜すかもしれない。アシュがそうなるのだとしたら、シエルも悲しむのだろう。

 友か……。


 ぐるぐると同じことを考えているうち、おれは肌寒さに瞼を上げた。

 暖炉の火は完全に炭となって消えてしまっている。


「寝てしまっていたか……」


 今どれくらいだ?

 窓のない魔王城では時の流れがわからない。魔王の部屋のように、吹き抜けの露天風呂でもあればわかりやすいのだが。

 扉を開けて、おれは回廊へと出た。火の消えた室内よりも、夜行性の給仕らが暖炉に火を灯してまわっている回廊のほうが暖かい。

 けれど、やはり昼に比べれば静かだ。


「もう夜か。晩飯も食い損ねたな」


 居心地の悪い食堂を思い出して、おれは「まあいいか」とため息をついた。あとで夜行性の給仕に頼んで何かを持ってきてもらえばいい。ゴーレムの料理人はリリンの魔力供給によって眠る必要がないため、昼夜を問わず動きっぱなしなのだから。


 おれは新厨房を目指して歩き出す。静かな回廊に、こつ、こつ、と足音だけが響いている。何体かの魔物とすれ違ったが、やはり昼に比べると数は少ない。これまで見たこともないようなやつもいる。

 まるで別の場所だ。

 新厨房の前まで来たとき、おれはふとゴブ蔵との約束を思い出した。

 無視してもよかったが、出て行くことを決意したら、やはり少々気が引けてしまう。


「しょうがねえ。ゴーレムに食事の注文だけしてから行ってやるか」


 扉を開ける。


「あれ?」


 ゴーレムの姿が三体しかない。新厨房で動きを停止させたゴーレムに、おれは声をかける。


「おい、ゴーレム」


 瞳に光が宿り、ゴーレムが不思議な駆動音を出しながらおれに視線を向けた。


「他のお仲間はどうした?」

「……」

「ああ、喋る機能はねえんだっけか。ま、いいや。すまんが、一人分の食事を作って参謀室に運んでおいてくれないか」


 ゴーレム三体が一斉に立ち上がり、動き出した。

 おれはため息をついて置いてあった果物を口に含む。寒いから温かいニクで腹を満たしたかったが、調理が完了するまでにはまだ時間がかかるだろう。さすがに空腹の限界だ。


 果物を皮ごと口に運びながら回廊を歩き、エントランスへと向かう。

 エントランスでは七体の石像が台座の上で眠っていた。ポチ子は朝と同じところで寝息を立てていて、ゴイルの旦那はまだポチ子の額に手をあててくれている。


 ゴイルが給仕に用意させたのだろうか。眠っているポチ子の横には、朝におれの部屋からアシュが運んできた水入りの石皿の他に、半分ほど食い散らかした焼いたニクが別の皿に盛られていた。

 ポチ子が食べ残すということは、まだ全快じゃないか。


 起こさないように忍び足で大扉を目指していると、ポチ子が突然クイっと頭を持ち上げておれのほうに視線を向けてきた。


「あるかんか?」

「……すまん。起こす気はなかったんだが」


 弱っていても、さすがは魔王城の番犬だ。鼻も耳も、察知能力にはズバ抜けている。

 毛布からはみ出ている尻尾が左右に揺れている。朝よりは元気になったようだ。


「あした、さんぽ、いくか?」


 いつもなら軽く流すか適当にする返事が、すぐには出て来なかった。

 それはたぶん、おれが魔王城から去るつもりだったからだ。もしもリリンが同意してくれるのであれば、おれはもうなんの迷いもなく早朝にでも旅立つだろう。

 人類の行く末も魔王軍の飢餓も知ったことか。最低限のことはもうすべて行った。これ以降をどうするかは、こいつら次第だ。

 まっすぐな視線に耐えきれず、おれは返事を濁す。


「早く元気になれよ」

「ぽちこにまかせろ。あした、いっぱいたべる。あそぶ」

「ああ。そういやおまえの小屋だがな、ゴブリン族がもう少し暖かくなるよう改良してくれるから期待しとけよ」


 おれはポチ子の前でしゃがみ、ブラウンの髪を一撫でした。尻尾の振りが倍増する。

 ゴイルは眠ったままだ。ゴーレムと同じく魔法生物だから、おそらく名前を呼ぶとすぐに目を覚ますのだろうけれど。

 律儀で格好良くてお洒落で義理堅い、優しい魔物だ。

 リリンやシエルだけじゃない。こいつらやゴブ蔵がいなかったら、もうとっくにおれは魔王城にいなかったのかもしれない。

 ここにいたら魔王城から去りづらくなっちまうな。


「じゃあ、もう行くわ」

「どこだ? さんぽか?」


 言葉に詰まる。だが、冷静に考えたら今すぐ旅立つというわけではない。リリンに相談してからでなければ決められない。


「中庭でちょっとな。ゴブ蔵とおまえんちの改装の相談だよ。じゃあな、ちゃんと寝ろよ」

「わかった。ぽちこはねるぞー」


 おれは立ち上がって大扉を開けた。吹雪がエントランスに吹き込んできて、一瞬だけ八体のガーゴイル族が瞳を開けた。だが、おれの姿を視認すると、何事もなかったかのように閉ざされる。

 番犬アヌビスに守人ガーゴイル、なかなかに強固な防衛ラインだ。


 ちなみに鎧の勇者だった頃のおれは魔王城の裏の壁を破壊して突入したため、彼らと剣を交えることなく謁見の間にまで到達することができた。

 まあ、魔王様にケツを物理破壊にされた今となっては、それがよかったのか悪かったのかわからんが。それでもゴイルやポチ子と剣を交えずに済んだのは僥倖(ぎょうこう)だった。


「くく……」


 一人笑って大扉から出ると、大扉は自動的に閉ざされた。

 身を切るような寒さだ。吹雪のせいで遠景が空の黒を吸収して、真っ暗になってしまっている。

 まずったな。こんななか待たせてしまったかもしれん。


「ゴブ蔵、いるか?」


 声をかけるも反応はない。おれは雪にブーツを埋めながら歩き出す。マントを羽織ってこなかったのは失敗だった。これでは話をするどころではない。

 おれは中庭を正門方向へと歩き出し、消えかけている足跡を見つけた。

 完全に雪に足跡が消える前に急いで辿って行くと、ポチ子の犬小屋で消えていた。


「ゴブ蔵、いるのか?」

「あ。アニキ、いるッス。ちょいとアヌビスン家の間取りを見てたとこッス」

「そうか。すまんな。助かるよ。ポチ子のやつ、寒さで体調を崩しちまってたから」


 ひょいっと出てきた毛むくじゃらの顔を押して、おれは中腰になってポチ子の家へと上がり込んだ。


「歪みねぇ~。さすがアニキッス。その優しさにマックス涙ッスよ、マジで。ヨー!」


 もうすぐ去ると思えば、ゴブ蔵の言葉遣いでさえ穏やかな気持ちで聞ける。

 扉を閉じると、かろうじて耐えきれる程度の寒さになった。


「外は寒い。勝手に使わせてもらってポチ子には悪いが、ここで話そう」

「ア~イッ」


 ゴブ蔵がその場で両膝を折って座ると、おれは壁を背にして胡座をかいた。


「起きている分にはどうにかなるが、確かにこれは冷えるな」

「ッスね。あっしらみてえに毛皮があってもオニ寒いッス」

「風邪をひく前に本題に入ってもらえるか? 秘密の話ってのはなんだ?」

「ア~イ……や、ハイ」


 屈託のない笑みを浮かべていたゴブ蔵の表情が、ふいに曇った。居住まいを正し、正面からおれの目を見ることなく、うつむき加減に口を開く。


「あ、あの、アニキ。怒らないで最後まで聞いてほしいんス……」

「なんだよ、あらたまって」

「あっし、見たんス」

「何を?」


 隙間風邪が寒い。せめて壁の隙間に詰めるものでもあれば、多少はマシなのだろうが。この犬小屋は、ずいぶんと年季が入っている。


「オ、オークとミノタウロスたちを消してまわってる犯人ス……」

「あ……? 見たって、姿をか?」

「へい。そいつはオークやミノタウロスが群れから離れて一体になるのを見計らって、深夜に接触してたッス。んで、鎧の勇者のぶち開けた回廊の穴を通って、あいつらを引きずるようにして一体ずつ外に連れ出してたッス……」


 ざわっと鳥肌が立った。


「バカな、オークはともかくミノタウロスを引きずるだって?」


 やつらは魔力こそ使えないが、恐るべき怪力の持ち主だ。それこそ魔王の部屋の大鉄扉だって魔力を通わせることなしに開けて見せるだろう。ゆえに、その肉体重量もかなりのものだ。そいつを引きずれる魔物など、そう多くはない。


「ほ、ほんとッスよ! なんのためかはわかんないスが、ミノタウロスの角を持って引きずって外に連れ出してたのは間違えねッス。た、たぶん……城内で殺っちまったら足がつくから……ちょ、ちょうど今くらいの時間っした。昨夜のことッス」

「何者だ? 魔王種でなければ純魔種か? いや、また異世界から召喚された別の勇者ってセンもあるな。それならば動機や方法とて――」

「違ェス!」


 突然の大声に面食らって、おれはゴブ蔵に視線を向けた。ゴブ蔵は大きな眼を見開き、興奮気味に吐き捨てる。


「純魔っした」

「どこの純魔だ? 西の魔王軍が入り込んでるのか?」


 だとしたら魔王城全体に警戒態勢を敷かねばならない。ポチ子やゴイルがあの様では、勇者や純魔種を止められるのは、おれかシエル、あとはリリンくらいのものだ。

 もしゴブ蔵の勘違いでそいつが勇者だった場合、シエルと鉢合わせにするのも最悪だ。


「行くぞ、ゴブ蔵。今からすぐに幹部連を叩き起こして――」

「リリン将軍ス」


 片膝を立てたおれは、その体勢のまま思考を停止させた。


「あ?」

「ひ……っ! ス、スイヤセン! スイヤセン! リ、リリン将軍が、ぐったりしてるミノタウロスを引きずって外に連れ出してたんス」


 反射的に睨みつけたおれに脅えるような視線を向けて、ゴブ蔵が息を呑んだ。おれはあわてて表情をやわらげ、ゴブ蔵を嗜める。


「はは、こんなときに冗談を言っている場合か? 恐がりのクセに余裕だな、ゴブ蔵」

「冗談じゃねえッス! リリン将軍がオークやミノタウロスを殺してたんス!」


 血液が逆流する。


「てめえ! 言っていいことと悪いことがあんだろうがッ!!」


 気づけばおれはゴブ蔵の胸ぐらの毛皮をつかみ、犬小屋の壁へと強く押しつけていた。衝撃で小屋が揺れて、屋根から雪の塊が落ちる音が響く。


「あ……が……っ、アニ……っ……信じて……」


 固く閉ざされた大きな瞼から涙が伝った。掌に落ちたその涙の温度があまりに高くて、おれはかろうじて正気に戻る。


「……ッ」


 舌打ちをしながらゴブ蔵の胸ぐらから手を離すと、ゴブ蔵は犬小屋の床に尻から落ちて、苦しげに何度も咳をしながらまっすぐな視線をおれに向けた。


 リリンが魔物を殺してまわってるだって? なんのために!? 理由がない! あいつの目的は新しい国を造ることなんだぞっ!?


 なのにおれは、マリカに城内を案内している際に見たリリンの瞳を思い出すんだ。

 魔王の部屋の大鉄扉を見つめていた、あの瞳を。

 そしてシエルはおれとマリカに尋ねた。


 ――おまえたち以外に、この部屋に立ち入った者はいたか、と。


「そんなわけねえだろ、なあ。見間違いだって言えよ」

「ほんとス……ほんとなんス……信じて……」


 脅えた視線を向けて、ゴブ蔵がおれの足にしがみついてきた。


「ああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「ひ――ッ!」


 ごすん、という重く鈍い音が犬小屋内に響く。

 壁に打ちつけた額が割れて、垂れ流れてきた血液が唇に入った。おれはそいつを舐めとって自らの額を割れてヘコんだ木の壁から離し、大きく深呼吸をした。

 冷たい空気が肺に行き渡り、沸騰した血液が冷えてゆく。


「ア、アニキ……血、血が……」

「騒ぐな。頭に上った血を抜いただけだ。これくらいなら魔法で治る。……それより、すまなかった。おまえは大丈夫か?」

「ッス。スイヤセン、スイヤセン、アニキがリリン将軍と特別な仲だって知ってたのに、あっし……けど、アニキが騙されて殺されやしないかって心配ンなって……」


 何度も何度も深呼吸をして、身体中の熱を冷やしてゆく。そうしなければ今にも爆発してしまいそうで。

 おれは悪い夢のなかにでもいるかのような感覚に吐き気をおぼえていた。


「おまえが嘘をついているとは思っていない。だが、何かの見間違いってこともあるかもしれん。だからこの目で確かめる。ちょうど今くらいの時間帯だったと言ったな?」

「ヘ、ヘイ」


 場所は回廊、鎧の勇者――つまり過去のおれが破壊したところ。

 おそらく修繕不能なくらいの規模で破壊したためか、回廊は破壊箇所を避けるように新たに増設され、通されていた。

 つまりおれが破壊した一画は、現在、使用禁止の扉が設けられた歪な空間となっている。

 時間と場所。それだけわかれば十分だ。


「ゴブ蔵、このことを他のやつらに喋ったか?」

「や、喋ってないッス。リリン将軍のことだし、まずアニキに言わなきゃって」

「助かる。おまえへの報告は現場を見てからする。しばらくでいい。誰にも、シエルにもこのことは黙っていてくれ」

「ヘイ!」


 気のいいゴブリンの肩を軽く拳で叩いて、おれは立ち上がり――犬小屋の低い天井でしたたかに頭をぶつけた。


「アイデェッ!? うがぐぁぁぁ…………」


 犬小屋の外で、また屋根から雪が落ちる音がした。


「アニキィ……。しまんねえッス……」

「はは、そう言うなって。おれなんて最初っからこんなもんだ。昔っから何かを成し遂げたことが一度もねえくらいのマヌケなんだよ」


 真正面から魔王は殺せなかった。卑怯な暗殺にも失敗した。立ち向かう心も折られた。魔王城だってかろうじて保っているだけだ。人類の滅亡だってまだ防げちゃいない。

 これがマヌケ野郎以外のなんだってんだ。


「でもあっし、アニキといると楽しいッスよ」

「……ありがとよ」


 その言葉には救われる。本当に。

 おれはゴブ蔵をあとに残して犬小屋を出た。

 もう吹雪いてはいないが、夜の闇から雪はまだゆっくりと舞い落ちてきている。

 魔王城を見上げて考える。

 すべてをあきらめて死んだようにここで生きるか、それともすべてを手に入れてリリンと旅立つか。そいつが今夜決まる。


「行くか」


唐突にシリアス展開?

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