魔王だって色々考えてるんですー!②
結局なんの肉だったの?
まさかな……。猪ニクだろ、たぶん……。
「うう~、せっかく待っててあげたのに~! もうアシュたちもいただきますするもん! いただきまぁ~す!」
「ちょ、ちょっと待てアシュ!」
こちらに視線を向けながらも、アシュは切り分けた猪ニクを口に放り込んだ。
「あ~~~~っ!!」
「どほひたほぅ?」
アシュの歯が猪ニクらしきニクを噛み砕き、すり潰す。そうして喉が大きく動き、形を失ったニクをごくりと嚥下した。
お、遅かった……。そうだ、リリン!
「リリン!」
「え?」
唇に手をあてて、リリンが口内のものを呑み込んでから首を傾げる。
「どうかしたの、アルカン?」
「く、食ったのか?」
「ええ。なんだかいつもの猪ニクより柔らかくて味が濃くておいしかったわ。ゴーレムにさせている調理方法は同じなのだけれど不思議ね」
その美しい笑顔ですら禍々しく映る。
ブタ野郎に至っては、すでに完食してしまっている。
「ぷぎ、おいこら、魔王様。厨房まで行って、おかわりとヘブシコーラ取ってくるブヒよ」
「ええ、もうないよぉ。朝食はそんなにいっぱい食べられないもん。食料難なんだからね。ヘブシコーラだってもうなくなりかけてるよ」
ブタ野郎が舌打ちをして、椅子に踏ん反り返る。
おれはリリンに小声で尋ねてみた。
「こ、これ、本当に猪ニクだよな……?」
「あたりまえじゃない。アルカン、あなた何を言っているの? 違うのだったら、料理長のレイン様がすぐに気づくはずだもの」
そのレインが一番信用ならない斬り裂き魔なわけなのだが。
リリンは細かく切り分け、躊躇うことなく口に放り込んでいる。
「そう……だよな……」
でもとりあえずレインに確かめるまでは口に入れるのをやめておこう。どうにもブタ野郎の腹肉が気になって仕方がない。
ここへ来る前、旅をしていた頃は散々魔物の丸焼きなんかも食べてきたけれど、さすがに言葉を喋る二足歩行のやつは食べたことはないし、抵抗もある。
それとなく給仕に石皿を押すと、給仕は黙ったままおれの石皿のニクを下げてくれた。しかしその途中でブタ野郎が無言で皿を奪い取り、これまた躊躇うことなく皿に溜まっていた脂ごと口内へと流し込んだ。
うわあ……。
「ぷご、げぷぅ……。話を戻すブヒよ。オーク族とミノタウロス族が失踪してるブヒが、犯人の目星はもうついてるブヒ」
ブタ野郎とミノ吉の視線が、なぜかこちらに向けられている。
「参謀様、昨夜は何してたブヒ?」
「寝てた。ちょっと待て。なぜおれを疑う?」
ブタ野郎が含み笑いを漏らし、不敵な表情で堂々と言ってのけた。
「前から気に入らんからブヒ! マリカたんも手籠めにしたらしいブヒね!」
「ただの嫉妬じゃねえか。いい加減にしろこのブタども。殺すぞ」
「ぴぎぃ!? ぷぎゃぎゃぎゃ、みんな今の聞いたブヒか!? 参謀様はず~っとオラたちオーク族を目の仇にしているし、参謀様から見ればオーク族はナマゴミカスムシウンコクズブヒよ」
まあ実際ナマゴミカスムシウンコクズなんだがな、この野郎は特に。
だが、それなりに大人の対応をしてきたつもりだ。なのに面と向かって言われるとやはり腹が立つし、気分も悪い。
アシュが首を傾げた。
「テゴメってなぁに~? アルカン、マリカに何かしたの~?」
全員が無視をした。
「オ、オイラは~、ブタ野郎さんがそうだって言ったからだモ~ゥ……」
「貴様は主体性を持て! バカ力なら貴様のほうが上だろう!」
「モ、モ~ゥ……参謀様、怖いモゥ……」
それに証明できる者ならばこの場にいる。
「おれは知らんぞ。おれが部屋にいたことであれば、ゾンビみてえな顔しておれのベッドの下か樽のなかに隠れてたはずのやつが証明してくれるはずだ。そうだろ、アシュ」
「えへ~。昨日はねえ、アルカンの部屋にはいたんだけど、気がついたら樽のなかで寝ちゃってたからわかんないやぁ。ごめんね~」
なんっでやねんっ! 役に立たねえストーカーだなオイ! され損じゃねえか!
心なしかブタ野郎とミノ吉、そしてなぜかスラッサンまでもが、おれを見る目を訝しげなものにしている。他のやつらは黙り込んだままだ。
いつものようにおれを弁護してくれるゴイルや、雰囲気を和ませてくれるポチ子はいない。
「おい、本当におれじゃねえぞ」
ミノ吉がおろおろしながら、おれとブタ野郎を見比べながら口を開いた。
「参謀様には~、他にアリバイがないモ~ゥ……?」
すかさずスラッサンが吐き捨てる。
「ふ、おれじゃない、か。皆そう言うのだ。犯人というものはな。そうであろう、参謀様?」
「貴様――」
カッとなって思わず立ち上がり、おれはスラッサンを睨みつける。
「おお、怖い怖い」
スラッサンがどろどろと溶けて口をつぐんだ。
このクソ不定形生物が。なんの役にも立たんくせに、ほんとに鬱陶しいスライムだ。
「落ち着いて、アルカン」
リリンがおれのマントを引いて着座させる。そうして空のような色の瞳を細め、透き通った声で言ってのけた。
「アリバイがないのはここにいる全員が同じではないかしら。ブタ野郎もミノ吉も、容疑者からは外されないわ。ブタ野郎は農業で活躍しているミノタウロス族を妬んで、ミノ吉は傲慢なオーク族を恨んでのことかもしれない」
声を荒げかけたブタ野郎とミノ吉を手で制して、リリンは言葉を続ける。
「もちろん、あなたたちが犯人だと言っているわけではないわ。その可能性は限りなく低いもの。けれど、そういうこともあり得るかもしれないと考えたら、あたしも含めて全員が容疑者になり得るとは思わないの?」
リリン~……。絶対に天使の生まれ変わりだ……。
勇ましくおれを弁護してくれる純魔の姿に、ちょっと涙が出そうだ。
「そもそもの疑う理由が“参謀から嫌われているから”だなんて、稚拙にも程があるのではなくて? そのようなことが理屈として成り立つなら、あたしはこう言うわ。そもそも、この食料難の状況であなたたちがそんなにおいしそうな肉体をしているのが悪い、ってね」
「ぷご!? リリン将軍は、オ、オラたちオーク族が……食べ、食べられた、と……?」
「モ、モ~ゥ……オイラ、おいしそうなの~?」
今頃気づきやがったのか、こいつら。
ミノ吉は飼い葉だからともかく、オークが猪を平気で食ってる時点でおかしいんだ。
「そうかもしれないということよ。そんなにも姿が似ているんですもの。たぶんあなたたちの味も、猪や野牛と変わらないでしょうね。……ふふ、とてもおいしそうよ?」
リリンは石皿に残った一口サイズの猪ニクにナイフを突き刺し、ブタ野郎を見つめながらそれを口へと運んで咀嚼した。
「ほら、あなたにそっくりな猪ニクからは、こんなにもニク汁が溢れて――」
「――ぴぎぃ!? ぷご、も、もうやめてブヒ……聞きたくないブヒィ!」
ちょっと怖い。でも、ありがたいな。こんなにもおれのことを庇ってくれるなんて。
ふいに、テーブル下でおれの手にぬくもりが重ねられた。リリンの手だ。
おれにだけ聞こえる程度の声で、リリンが静かに囁く。
「…………あなたをバカにするやつは誰であってもゆるさない。…………あなたが望むなら、あたしは今日ここでの暮らしを捨ててもいい…………」
おれは感動で喉が詰まり、礼を述べることさえできなくなった。
結局のところ、その日の朝食はそのまま解散となってしまった。
おれはぐったりと食堂の椅子に座ったまま、扉から出て行く魔物たちを眺めていた。
バカバカしい。すべてがだ。なんかもう、どうでもよくなってきた。よかれと思ってこいつらのために頑張ってきたのに、いつまで経ってもこんな扱いだ。
リリンがいなかったら、どうなっていたことか。大した動機もないのに、ただアリバイがないだけで犯人にされていたかもしれない。アリバイなんて誰にもないのにだ。
やつらも本能で、おれだけが魔物じゃないって気づいているのかもしれないな。
リリンが今日、自分の国を造る旅に戻るなら、おれは今すぐにでもこの城を捨てたい。もう人類の行く末も魔王城の安定も知ったこっちゃない。何もかもがどうでもよくなってきた。
「……疲れたな……」
気を張りすぎていたのかもしれない。勇者に任命されて以来、安寧などどこにもなかった。魔王城なんかにそれを求めようとしたことが間違いだったんだ。
おれはため息をついて背もたれから身を起こした。
「戻るか……」
「ア、アニキ」
瞬間、テーブル下からかけられた声に驚いて、おれは椅子を蹴って飛び退いた。
石テーブルの下から這い出てきたのはゴブ蔵だ。
友だちだと思っていたのに、先ほどの議論の間はおれの弁護をしてくれることもなく、やけに静かだと思っていたら。
構えを解いて、おれは肩を落としながら尋ねる。
「どうした? ――ああ、犬小屋のことか。ポチ子の犬小屋を、もう少し大きくして暖かくしてやってくれ。暖炉の設置も頼みたい」
「う、うッス。そいつぁ了ッス」
「じゃあ頼むわ」
立ち去りかけたおれに、ゴブ蔵があわてて声をかけた。
「あ、待って。あっしの話をミニマム聞いてほしいんス」
正直もう面倒くさい。どうせおれは魔物連中からは仲間だと思われていないのだからな。おまえだってそうだから、おれを庇ってくれなかったんだろ。
もうリリンさえいればそれでいいよ。
「オナシャス、アニキ! ここじゃアレなんで、夜中に新しい厨房――は、だめッスね。ゴーレムがいる」
「……もういいか? 帰りたいんだが」
立ち去ろうとしたおれの前に回り込んで、ゴブ蔵がおれを止めた。
「ま、待ってくださいッス! オナシャッス、オナシャ~ッス!」
うぜえ……。
「わかったよ。二人で話せる場所なら中庭で待ってるよ。ポチ子は今ぶっ倒れててエントランスで寝てるから聞かれる心配もねえだろ」
「アザ~ス! アザ~ッス! したら、犬小屋前に夜行性以外の野郎どもが寝静まった頃にヨロシャ~ッス!」
それだけを告げると、ゴブ蔵はがに股でばたばたと走って出て行った。
一人残された食堂で、おれは誰にともなく呟く。
「ああ……めんどくせ……」
あらら、雲行きが怪しくなってきましたよ。




