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魔王だって色々考えてるんですー!①

得体の知れない肉が食卓に並ぶという恐怖。

 朝、鳥の声が聞こえる。

 勇者マリカの騒動のあった日から、一ヶ月が経過していた。

 寒さはますます厳しくなり、山で採れる野菜や動物たちのニクも目に見えて減った。同時に倉庫にある備蓄も、徐々に目減りしつつある。


「乾しニクを作っといてよかった……」


 ナマニクではやはり腐るまでの期間が短い。保存食を用意しただけでも、おれがいなかった頃の魔王城とは大いに違っていることだろう。


 もっとも、かつては戦争と略奪を繰り返していたのだから、この程度ではやつらの腹は完全には満たされないだろう。どうにか考えてやらねば、また人間に戦争を吹っかけかねない。

 だが、採取、狩り、漁。現状で可能なことはすべてやっている。これでだめなら魔王城の魔物を減らす方法も考えねばならない。野良になった魔物が人間を襲うかもしれないし、できればやりたくはないが。


「と、そうだ。門番とはいえ、ポチ子もそろそろなかに入れてやらんとな」


 貴重なアヌビス族だ。魔王城ではもちろんのこと、おれは旅の間でさえポチ子以外のアヌビス族を見たことがない。やつらこそ、最も人間と気が合いそうな一族だというのに。

 自室の椅子から立ち上がり、おれはどこにともなく声をかける。


「アシュ、出かけるぞー」

「はぁ~い」


 暖炉のために小枝や枯れ葉を溜めておいた樽のなかから、アシュの顔がニュっと生えた。あいかわらず目の下には濃い隈がある。

 やっぱり忍び込んでやがったか。


「懲りろよ。この前ケツを火傷したばっかだろ」

「したっけ~?」

「はいはい。一ヶ月も前のことなんて、もうおぼえてねえよな。期待してねえよ」


 なんかもうこういうのにも慣れたな~。しかしどのタイミングで忍び込んでいるのかさっぱりわからん。眠らずにそんなことばかりしているから、いつも隈が消えないんだ。

 言っても無駄だから言わないが。

 おれが扉から回廊へと出ると、アシュが小走りで楽しそうに隣に並んできた。


「どっこ行っくのっ?」

「ポチ子ンとこだよ」

「お散歩?」

「いや。……うむ、そうだな。散歩してからエントランスに入れてやるか。ああ、アシュ。今日からしばらくポチ子をエントランスに棲まわせるが、いいか?」

「いいよー。他ならぬアルカンの頼みだもんねー」


 やはりシエルと同じで、おれの言うことは聞いてくれるようだ。

 エントランスは暖炉の設置された回廊と繋がっているため、常に暖かい。ゴイルたちガーゴイル族の住み処になっているが、隅にポチ子が住み着く程度であれば問題ないだろう。

 回廊を歩くうち、やたらとミノタウロス族とオーク族が多くうろついているのが目についた。やつらは柱の陰からおれたちを覗き、互いに耳打ちをしている。


「何か用か?」

「……な、なんでもないモゥ」

「……ケッ、行くブヒよ」


 様子が変だな。だがまあ、やつらには嫌われているのだから今さらか。

 それにしても多い。全オークと全ミノタウロスが回廊をうろついているのではないだろうか。おれたちに気づけば警戒するような視線を向けてくるし、そうでなければ何かを探しているかのような仕草をしている。

 台座で石像化して眠っている八体のガーゴイル族の間を通り、おれは魔王城大扉を開けた。


「わあ、すっごい積もってるね!」

「おお」


 一面の雪景色。もはや雪以外は見えない。ここまでくると感動よりももはや恐怖を感じる。

 こりゃあ、野菜の収穫も減るな……。

 身を切るような寒さに首をすくめたおれを尻目に、アシュが裸足で雪を踏みしめた。


「おまえ、足、冷たくねえの?」

「……? 冷たいよ?」

「靴履けよ」

「めんどい」

「あ、そう……」


 雪の降りしきる中庭を歩き、正門の左隣の雪で埋もれかけている犬小屋の前で立ち止まる。もはやポチ子の犬小屋は、かまくら状態だ。


「ポチ子、いるか?」


 しばらく待っても返事がない。

 遠くのほうで見え隠れする小さな黒い影はゴブリン族だ。しばらく続いたこの大雪で、畑の手入れが大変らしい。


「ポチ子?」

「見てくるー」


 アシュがなんの躊躇いもなく雪の大地に両手をつけて、犬小屋へと潜り込んだ。

 ちなみに犬小屋の大きさは、入口こそ小さくとも背の低いポチ子が立ち上がって頭がぎりぎりあたらない程度の高さの天井と、大の字に寝そべっても足が壁につかない程度の広さはある。


「アルカン。ポチ子寝てるよー。お寝坊さんだなー」

「ん? おかしいな、寝ててもいつもならすぐ飛び起きるんだが」


 おれは嫌々ながらも冷たい雪に両手をついて、犬小屋のなかに上半身を入れた。眠っているポチ子の横で、アシュが三角座りをしている。

 おれはポチ子を起こそうとして彼女の腕に手をあて、驚いた。


「熱があんじゃねえか。おい、アシュ、手伝え」

「うん」


 おれがポチ子の脇に両手を入れ、アシュが両足首を持って大急ぎで犬小屋から担ぎ出す。正門をくぐり暖かいエントランスに運び入れてから、おれはあらためてポチ子の額に手を置いた。


「ポチ子、だいじょぶー?」

「おそらくただの風邪だとは思うが。くそ、こんなになるまで気づかんとは」


 自分に腹が立つ。昨夜は雪が少なかったから油断をしてしまった。まさか一晩でこれほど積もってしまうとは。

 ポチ子は苦しげに息をしている。薄目は開けているようだが、おれを見ても反応する元気はない。


「アシュ、おれの部屋から毛布と石皿に入れた水を取ってきてくれ」

「はぁ~い」


 白のワンピースをなびかせて、魔王が裸足で走り出す。


「頭を冷やしてやらなくちゃな……」


 給仕を呼ぼうとしたとき、背後から低く渋い声がした。


「それは私がやろう、参謀殿」


 ゴイルの旦那だ。いつの間にか眠りから目覚め、こちらを見ていた。

 ゴイルが台座から飛び降りてポチ子の枕元へと回り、石の手を彼女の額へと載せた。


「石に温度はない」

「いいのか? ずっとそのままだとゴイルの旦那だって疲れるだろ」


 火のない石の葉巻を噛んで、ゴイルが静かに言った。


「私は石像ガーゴイル。石化して眠っていれば疲れるという感覚もない」

「そうか。助かるよ、旦那」

「気にするな、参謀殿。アヌビスの娘にはいつも助けられている。私だけでは勇者マリカの足止めも満足にできなかったであろうよ」


 それだけを呟くと、ゴイルは優しげな瞳でポチ子を見つめたまま再び石化した。

 ゴイルの旦那は信頼できる数少ない魔物の一体だ。任せても大丈夫だろう。


「ポチ子、飯が食えそうになったらゴイルに言うんだぞ? 焼いたニクを持ってきてやるからな?」


 視線をおれに向けたまま、ポチ子が尻尾を一度だけ振った。


「ゴイル、あんたの分はあとで給仕に運んできてもらうよ。すまんが、頼む」

「かたじけない」


 おれはうなずき、ちょうど走って戻ってきたアシュから毛布を受け取る。


「ポチ子、だいじょぶー?」


 毛布でポチ子をくるんでから、石皿の水を手ですくってポチ子の口へと持っていくと、ポチ子は舌で水をすくって飲んだ。

 掌が少しくすぐったい。


「大丈夫だ。ちゃんと飲んでる」


 犬小屋の改良も必要だな。またゴブリン族の力を借りねばなるまい。今のように木製だと隙間風や断熱性に問題があるから、石造りにして暖炉をつけてやったほうがよさそうだ。


「じゃあ、おれはもう行くからな。何かあったらゴイルの旦那に言うんだぞ」


 また尻尾が一度だけ振られる。

 おれはポチ子の頭を一撫でして立ち上がった。


 回廊を歩き、アシュと並んで食堂を目指す。南の魔王城では、先代ヴィケルカールの時代から定例報告も兼ねて幹部連で食事を摂るのだ。

 もっともアシュが魔王になった現在では定例報告もクソもなく、ただ笑って話して食ってるだけの状態が続いているが、それはそれでいい。報告でなくとも、要は日常会話のなかで情報を共有してゆくことが大切なのだ。


 こうして考えると、セラトニア王国の制度というものにもまだまだ改善の余地はありそうだ。まあ、いつになったら帰れるかはわからないし、故国に戻るよりもやりたいことができたから、そっちに行ければと思ってはいるが。


「あら。おはようございます、魔王様。それにアルカンも」


 考えながら歩いていると、食堂の入口を挟んで向こう側の回廊から金髪碧眼の美しい純魔が歩いてきた。リリンだ。いつものように花びらのようなスカートを揺らしている。


「う……、うんー」


 アシュが会釈だけをして、おれのマントに隠れた。


「アシュ? どうした?」


 リリンに視線をやると、リリンが両手を広げて首を傾げる。

 最近になって気づいたのだが、アシュはなぜかリリンと二人きりになることを避けているような節がある。理由は不明だ。おれがいるときは、そうでもないようだけれど。

 微笑みを浮かべているリリンに、アシュが不安げに呟く。


「おはよー」


 アシュは魔王城の魔物にどれだけこき使われようとも、平気で笑いながら近づいてゆく。下位種族のヘブシコーラやポテチプだって買いに走るし、口を開いてもほとんどの意見は無視され流される。それでも、アシュが自分から魔物を避けているのを見たことがない。

 なのに、アシュを決して無碍に扱わないリリンだけを警戒しているのが不思議だ。


 だがシエル化したとき、二体の関係は真逆になる。むしろリリンが近づくことや言葉を交わすことを避け、シエルが近づこうとしているように思える。シエルがリリンにゴーレム五体を与えたときなどが、まさにそうだった。

 あの瞬間の戸惑うリリンと、凄味のある笑みを浮かべたシエル。


 まさかとは思うが、おれとリリンが仲よくしているのが気にくわないのだろうか。だとしたらこればっかりはどうにもならない。

 だっておれはいずれ南の魔王城を去り、セラトニア王国にも帰らず、リリンと戦いのない国を造るつもりだからだ。きっとやり甲斐があって楽しい仕事になる。

 何より、隣に彼女がいてくれるのはとても嬉しい。


「行こうぜ」

「そうね」


 声をかけると、リリンがおれに腕を絡めてきた。アシュが不安げにおれを見上げてから、もう片方の手を取って歩き出す。

 できれば仲よくしてほしいと考えるのは都合がよすぎるだろうか。

 食堂に入るなりアシュはおれの手を離れて長テーブルのお誕生日席に走り、おれとリリンは腕を組んだまま歩いて隣同士の席に腰を下ろした。


「ん? 少ないな」


 おれは視線をめぐらせる。

 ポチ子とゴイルは仕方がないにしても、ミノ吉やブタ野郎の姿までない。やつらは特に食い意地が張っているから、食事の際に遅れてきたことはなかったのだが。


「ああ、みんな聞いてくれ。ポチ子とゴイルは欠席だ。ポチ子が体調を崩してな。ゴイルの旦那に面倒を看てもらっている」

「……そう……なのです……?」


 水の精霊種ウンディーネのディーネが心配そうに問いかけてきた。水色半透明の手を頬にあて、表情を曇らせている。

 ポチ子は喉が渇けばディーネをペロペロ舐めていたから、仲がよいのかもしれない。


「ああ。ただの風邪だと思うから少し安静にさせておく」

「……あとで……様子を見に……伺います……」

「そうしてやってくれ。今は犬小屋ではなくエントランスに避難させている」

「……はい……。……ミミもご一緒……しますか……?」


 手足のやたら長い不気味なフォルムのミミックが、ガシャコンとうなずいた。

 このミミックのミミに関しては、魔法生物であるということ以外は無口過ぎて未だによくわからない。雄であるか雌であるかすら不明だ。

 スライムのオッサンはおれが嫌いなのだろう。ぶすくれたまま、おれの言葉に反応を示さないのはいつものことだ。


「ちゃーッス、アニキ」

「おう、ゴブ蔵。ポチ子の小屋のことでちょっと話があるんだが、あとで少しかまわんか?」

「もろちんッス!」


 シモネタなんかにつっこまねえぞ。そんなに寂しそうな顔をしても。

 いるのはディーネ、ミミ、オッサン、ゴブ蔵、リリン、おれ、そして魔王アシュ。たったの七体だ。

 ……違う! 六体と一人だバカ! くそがっ、なんでおれがおれを魔物扱いしてんだ!


「どうしたの、アルカン? 突然頭なんて抱えて」

「な、なんでもないぞ、リリン」


 慣れというのは恐ろしいものだ。

 とにかく南の魔王軍は、これにブタ野郎、ミノ吉、ポチ子、ゴイルを加えた実質九体の幹部と一体の魔王、そして一人の人間でまわしていると言っても過言ではない。

 むろんその他の種族も魔王城には数多く存在するが、喋れなかったり気が弱かったり著しく知能レベルが低かったりするもので、すべての種族の代表が幹部連にいるとは限らないのだ。

 アシュが珍しく何事かを思案するような表情で呟く。


「う~ん。ブタ野郎とミノ吉、遅いねえ。どうしたんだろー。いただきますするの待つ?」


 スライムのオッサンがヌメヌメしながら吐き捨てる。


「待つ必要などない。遅れるほうが悪いのだ。我が輩は腹が減っている。今宵は猪ニク、野牛などよりもよほどうまいのだ」


 これまでは野牛と野鳥だけだったニク類が、火を通すことによって、それまで食中毒の危険から禁忌とされていた猪ニクや熊ニクまで食えるようになった。

 食料難の昨今では、これは嬉しい誤算だった。もっとも、熊は冬眠中だが。

 そういえば今日は朝からオーク族とミノタウロス族を多く見かけたっけ。何かを探しているかのような動きをしていたが。


「スラッサン、もう少し待とう。気になる」


 スラッサンとはスライムのオッサンをくっつけて短縮したあだ名だ。いちいちスライムのオッサンと口に出すのは面倒くさい。そもそもなんだ、その本名は。ふざけてんのかオイ。

 おれがそう言うと、スラッサンがあからさまに舌打ちをして椅子に踏ん反り返った。


「かっ! せっかくの猪ニクが冷めるではないか!」

「……少し前まで…………冷たいナマニクがいいと…………」


 珍しく水霊ディーネがスラッサンを嗜める。


「うるさいぞ、小娘」

「…………凍り……ますか……?」


 ディーネが水色半透明の腕にいくつもの氷柱を生やすと、スラッサンがどろどろと溶けて黙り込んだ。一番偉そうな物言いをしているが、こやつの戦闘力はゴブリン以下だ。


 勇者マリカの一件で彼女のパーティの魔法使いと僧侶に殺されかけていたディーネは、あの日以来、これまでにも増して積極的におれの指示を守るようになってくれた。

 元々反抗的な魔物ではなかったが、自ら手を貸してくれるというのは実に助かる。ましてやスラッサンは戦場にも来なかったくらいのダメオヤジだ。ゴブ蔵と違って戦闘以外で役に立つこともないとくれば、若い娘であるディーネが冷たくなるのも無理からぬことだ。


 アシュが退屈そうにテーブルに両肘を載せて顎を置いた瞬間、扉が勢いよく開かれる。

 ミノ吉とブタ野郎だ。無言でそれぞれの席に座るや否や、ブタ野郎が踏ん反り返って不機嫌そうな表情をした。


「どうかしたか、ブタ野郎?」

「……しらばっくれてるつもりブヒか、参謀様。ま、それならそれでいいブゥ。ぷご、みんなにも聞いてほしいブヒ。我がオーク族の若い戦士がどんどん行方不明になってるブヒ」

「ミノタウロス族もだモ~ゥ……」


 全員に戸惑ったような雰囲気が漂う。

 そんななか、ブタ野郎はまだ誰も手をつけていない石皿のドーム状の蓋を取り去ると、焼いた猪ニクにフォークを突き刺して口に運んだ。

 アシュがすかさず立ち上がって批難する。


「あ~! まだいただきますしてないんだよ!」

「ぷご! うるさいブヒ! 魔王様だって例外じゃないブヒよ。オラたちはもう誰も信じられないブプ。同じ被害を受けているミノタウロス族以外は、み~んな容疑者ブヒよ」


 いや、ちょっと待てよ。

 おれは皿の上の焼いたニクに視線を落とし、湧き上がったおぞましい思考を振り払うように頭を振った。

 ミノタウロス族も飼い葉をもしゃもしゃ食っているが、こちらは問題ない。問題はオーク族だ。


 なんで平然と食ってんの? このニク、もしかしたら――とは考えないのか?

 おれの脳裏に、楽しげな表情で吊したナマニクに大鉈を叩き込んでいるレイン・アシュタロトの血に塗れた爽やかな笑顔が思い浮かんだ。


食糧難の魔王軍に救いの肉!

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